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「優秀」という魔法の言葉

【トピック】

・はじめに

・優秀病は怖い

・絶対王者≒井の中の蛙

・優秀という言葉から得られる意外なもの

・良い意味での馬鹿は強い

・どう生きていけばよいか

・さいごに

ーはじめにー

就活をしていて、よく耳にする言葉、なんだか気になった言葉をただひたすらと集めていた時期がありました。

その中で、今回ふと書きたくなったのは「優秀」という面白くて深い言葉についてです。

ちなみに僕は「優秀」という言葉があまり得意ではありません。

調べてみると各所で色々な優秀の定義、優秀な人の特徴についての議論や投稿が見受けられます。

その多くが客観的に書かれています。そのため今回は完全に僕の主観だけで書いていこうと思います。

ー優秀病は怖いー

※「優秀病」とは、周囲から優秀と言われることで気持ちよくなって、今まで前のめりでやってきた人が急に意欲を失い(本人に自覚はなし)今まで以上を目指さなくなる病のこと。また、今までうまくやってきた(評価されてきた)人が、今までのやり方(自己の成功法則)に固執して、次も同じやり方でうまくいくはずだと錯覚すること。

いきなり創作語で申し訳ありません。

創作なので意味とか言葉は僕が勝手につくりました。あと僕は見事にかかりました。

今でも当時を思い出すと「調子乗ってたな。痛かったな。」と思います。

さて、これにかかっていると非常に損ばかりします。例えば以下...

・せっかく素敵な方と話す機会があっても自分のアピールばかり

・自分にはないものを見たり教えてもらっても無視

・熱くなることはカッコ悪いと思う(凄い冷めた目で物事を見る)

・すぐ誰かと比較する

・自分の尊敬してる(認めている)人の話は無条件で鵜呑みにする

…などなど。要するに、優秀病にかかると非常に狭く浅く生きることになります。しかも無意識(だから怖い)。

ちなみに僕は某企業の選考に落ちてはじめて気が付くことができました。

この病から抜け出す方法は「穏やか[素直]になる(最初は演技でもいい)」それだけです。

優秀病は「穏やか[素直]になる」というスタンスを奪う病なので、とにかく我慢して穏やかに生きてみてください。例えば、友人と話している場面。友人の話を聞いている時、矛盾や間違いに気がついても割り込んで指摘はせず、全部話を聞き終わった後に「僕は〜と思ったんだけど、なんで君はそう思ったの?」と聞いてみるとか。冷静ではなく穏やかになることを目指すと、少しずつ治っていくと思います。

—僕らの絶対王者≒井の中の蛙—

 昨年の夏、結構多くのIT企業の短期インターンシップに参加しました。日数にすると40日くらいはインターンシップしてました。その多くがコンテスト形式の新規事業提案型インターンシップでした。結果はというと夏休みが終わった時点で6回か7回優勝しました。インターンシップ自体は凄く楽しくて、優勝は素直に嬉しかったです。しかし、4社目のインターンシップ先の出来事です。同じ参加者から「うわ、水谷だ」、初めましてのはずの仲間からは「君いるから優勝やね(笑)」と言われました(この世界ほんと狭いと思いました)。その先も、人事から同様のことを言って頂くことも何度かありました。今、当時の僕に声をかけることができるのであれば「全部無視しろ」と言いたいです。

 特に短期インターンシップって本当によく出来ています。学びや気付きの機会、その会社の伝えたい文化や風土、事業づくりに関するエッセンスを短期間に凝縮させた企画を人事をはじめ事業部長、会社によっては役員までが何日も掛け、工夫に工夫を重ねて作り上げているんです。だからほとんど面白くて難しいんですよ。でも幾ら難しい中、結果を出したからといって自分が凄いわけではないですし、なんなら一人じゃ結果は出せないわけです。それをまあ、たまたま幾つか結果を出せたからといって勘違いして「自分はできる」とか「勝って当たり前」と考えてしまうのは非常にナンセンスだと今は思います。またそうなってくると他人の意見を批判的にしてみることができなくなるんですよ。極端に言うと「自分の意見は正しいはず(根拠なし確証ゼロ)」とか。いわゆる謙虚な気持ち、他人の意見に乗っかる「負ける勇気」が持てなくなります。そうなると当然チームとして機能しなくなって分解します。加えて、覚えておかなければならないのが、周りはほとんど経験値同じの同世代という、言ってしまえばもの凄い限られた狭い集団の中で起こっている事象だということです。

だから僕は「そこで結果を出して終了」にだけはなりたくない、なってたまるもんか〜と思います。今自分がどこに居るのか、もし「ここなら安泰!」と思う世界に居るのであれば勇気を持ってギリギリできないくらいの世界へ、これを意識し続けなければいけないと感じました。

ー優秀という言葉から得られる意外なものー

そもそも「優秀とはなんぞや」と思うわけです。

学生が言う「優秀」の定義を多くをよく聴いてみると「社会人の予習(経験)をしている」「立派な功績を残している」という類が多かったりします。誤解を恐れずに言うとすれば、「立派(に見える)コンテンツを持っている(ように見える)」じゃないかと思います。

僕はそれも間違っていないと思います。「自分には無いものを持っている」「自分にはできないこと、思いつかなかったことを実際に行動に移している」という視点で言っているのであれば。

要するに何が言いたいかというと、コンテンツの表層だけを見て「優秀」とひとくくりに言ってしまう思考停止はナンセンスだということです。「なぜその人を自分は『優秀』だと思うのか」、この考えをほんの少し取り入れるだけで自分の大切にしている価値観や生き方の哲学について知ることができます。思いの外出てくる答えは意外とシンプルだったりします。

ー良い意味での馬鹿は強いー

何も余計なことはせず、考えず、とにかく自分が信じることを目指して(行動に移して)、しかも「外から見たら努力」を当の本人は努力なんて思っていない、むしろめっちゃ楽しそうで前のめり…..

就活をしている間、こんな方に何度も出会いました。正直「化物かよ!馬鹿かよ!なんなんだ!」と思いました。

今もその気持ちは変わりません。

そういう人に共通しているのは「成長」とか「お金稼ぐ」、「他人からの評価」とか二の次で「今やっていることが最高におもしろい」と本気で感じていることです。

ある日、活動的でいつも楽しそうな同期から「明日死ぬかもしれないんだよ?やりたくないことやってて楽しいの?」と言われたときは流石に「どこのジョブスだよw」と思いましたが、そんな言葉が堂々と言えるのは凄いな…と考えれば考えるほど「彼には敵わないな」と思いました。

詰まるところ「優秀とかそんなことどうでもいい」と本気で考えていて、しかも自分自身に素直な人間こそが、僕の中の「優秀」の定義なのかな、と思います。

僕も彼らを見習って、もっともっと毎日を楽しく過ごさないといけないな「自分を持って行きよう」と感じました。

—どう生きていけば良いかー

とはいっても、自分が思う「優秀」の定義が分かったから、「同じ志を持って行きよう」と決意したからといって、

自分がその人になることができるわけではありません。むしろ行動しなければ昨日の自分と同じです。

参考になるかはわかりませんが、凡人の僕がやったことは「きちんと準備する」です。いきなり「大規模な事業をする」とか「素晴らしいコンテンツを作る」なんて高カロリーなことはせず、「今すぐできて、しかも効果ありそうな戦略」が準備じゃないかと思いました。例えばメディア系のインターンに行くのであれば、ネットで調べられる範囲で良いのでメディア関連の前提知識は頭に入れとくとか、「前回グループディスカッション失敗しちゃった」と思うのであれば、「次は同じ失敗しないために、最低限コレだけは心掛けよう」だったり、一見地味だけどあんまり行動カロリー高くなくて簡単なこと、いわゆる一人でできる作業をすればいいと思います。要するに「前回の自分、昨日の自分よりはちょっとだけ”デキる”ようになった〜」を繰り返していけばいいんじゃないか、という考えに僕は行き着きました。

ーさいごにー

ここまで読んでいただいてありがとうございました!

この投稿は昨年の色々と悩んでいた自分宛に書きました。

あの時変なプライドとか捨てて素直に相談できていたらもっと楽な生き方ができたのかな、とも思います。

この投稿を通して少しでも「優秀」という言葉の奥深さを伝えることができていたら嬉しいです(笑)

おしまい。

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