見出し画像

愚者(The Fool)

ある旅の男が一人。

右手に袋を付けた棒を担ぎ、左手には杖を持ち。
傍らには犬が一匹。

その男は巷でまことしやかに噂されている
「完全なる黄金」を求めて旅に出た。
噂では「完全なる黄金」を手に入れたものは
すべての英知を手に入れるらしい。
永遠の命を手に入れるらしい。

男は「完全なる黄金」を求めて旅に出た。
自分こそがすべての英知を手に入れた「賢き者」になれると信じて。
自分こそが永遠の命を手に入れた「永遠の存在」になれると信じて。

旅の男は西へ東へ、南へ北へ、
あちらで「完全なる黄金」の一端を見つけたと袋にしまい込み。
こちらで「完全なる黄金」の鱗片を垣間見たと袋にしまい込み。

旅の途中で見つけた「完全なる黄金」の欠片は、
袋の中で大事に、大事に。
大切な、大切な、宝物。

ひたすら歩き続け、
もはや一歩も歩けない。
自分の命もこれまでかと進退窮まった時、
今まで集めた大切な宝物、今わの際に一目見ようと袋の中を覗いたら。

「完全なる黄金」の欠片がひとつ残らず消えていた。

絶望のあまり天を仰げば、
どこまでも続く、たかく、あおい、「空」。

旅を始めた時も、
旅の途中も、
そして今も、

見渡せば三百六十度、どこまでも広がる
深く澄み切った青い「空」。

いつもそばにあったのに。
どんな時も静かに見守っていてくれたのに。

もはやこの愚か者には欲しい物など何もない。
欲しがる必要もない。

ある旅の男が一人。

右手に袋を付けた棒を担ぎ、左手には白い花を一輪。
傍らにはお供の獅子が一匹。

「おや、あちらから何やら楽しげな音がするぞ」
「おや、こちらからは何やら旨そうな匂いがしてくるぞ」

さあ、今日はどっちに行こうかな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?