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【 小説 】 「 春嵐 」 #12 ( 全文無料 )( 投げ銭スタイル )

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最終章 松田吾郎の在外研究


松田が東西医科大学産婦人科教室の助教授になって1年が過ぎたとき
松田の在外研究の話がもち上がった。
期間は2年間で、行き先はアメリカ合衆国ハワイ州である。
節子は、助産婦学校に転職して1年。
何とか担当の教務をこなしながら
岐阜中央学院大学の通信教育学部の勉学の日々を送った。
履修は、社会福祉コースで、様々な課題を学習し論文を提出した。
課題の論文に合格すると、夏と春の各3日間のスクーリング出席のため
岐阜市の大学キャンパスに行った。
節子は、高評価の成績で課題のすべてをクリアし
大学卒業の資格が取得できた。
東西医科大学附属助産婦学校は、あと1年で
看護学部の別科である助産婦コースの課程に移行する段階になっていた。
節子は、手にした大学の卒業証書を吉川蘭子教務主任に見せて
感謝の意を伝えた。

そのついでに、松田の在外研究の話が出ていることも話した。
すると師は、思いがけない言葉を発した。
「 多川さん! 松田先生に同行してアメリカに行きなさい 」
今の助産婦学校の講師の件は何とかなる。新設の助産婦コースのことも
どうにかなる、と言う。
「 多川さん! アメリカ行きのチャンスは今しかありません 」
吉川師は、さらに大事な言葉を重ねた。
「 夫婦が2年間も別れて暮らすことは、縁が切れるもとになりかねません。
   やっと松田先生と一緒になれたのですから
   一緒にアメリカに行きなさい。
   行って松田先生と共に学びなさい。
    今、あなたが受け持っている助産婦学校の教務と
    新設の助産婦コースの方は、大変だけど何とかなります。何とかします。
    あなたの2年間の学びは、戻ってから、きっと、新しい助産婦コースの
    教務の役に立ちます。このチャンスを逃がさないで! 」
吉川師の指摘である。
節子は、松田との家庭というものを忘却していたわけでないが
目の前の新しい仕事と通信教育の課題を夢中になって追いかけていた。
吉川師の言葉で節子の気持ちが一瞬にして決まった。
( 夫の在外研究というチャンスを逃してはいけない )

「 在外研究に、私もご一緒させてください 」
節子は吉川師の言葉を添えて松田に申し出た。
松田は一も二もなく賛成した。
2人はめまぐるしい展開の中で諸準備を整えて
慌ただしくハワイへと出発した。

松田は、ハワイ大学医学部産婦人科の研究員となり
主として、妊娠中毒症の研究に取り組むことになった。
ハワイの人々は肥満体型の人々が多い。
スレンダーな日本人でも移住して現地の食生活に順応すると
肥満になっていくと指摘されている。
年齢が進むと、高血圧、心疾患に悩まされることになる。   
松田は、オアフ島を中心に、
カウアイ島まで妊産婦を見て回ることになった。
現地の人が半分、2世と3世の日本人が半分、その比較と研究をしていく。
節子はその間、現地の留学生のための英会話学校に通った。
英語を使う人々しかいない土地で暮らすと会話はあっという間に上達する。
産科学については聴講生として医学部に編入した。

節子は、12月の始めに出産した。
ハワイ大学の病院では、出産後は一晩泊まりで
分娩の翌日には退院となる。
正常出産の場合は当然であるとの考えである。
アメリカでは出産費用の負担は大きい。
節子が助産婦として働いていた船山産婦人科クリニックの院長は
正常の出産なら、産後3日の滞在でいいと考えていた。
ハワイではそれよりも短い。

節子は、ベビーシッターと家事手伝いの人手を頼んで
産後2週間で、英会話学校と聴講生の生活に戻った。
ワクワクする学びの機会に恵まれ
日に日に変化を見せる我子との暮らしがある。
それは何ものにも代えがたい喜びである。
節子は我子を抱きかかえて、ふと思った。
吉川師は、松田と節子の子供の誕生まで思い描いていたのではないかと。
おひとり様で頑張ってきた吉川師の、思いのこもったアドバイスであった
かもしれない。
松田の研究生活は多忙であったが自宅のあるオアフ島にいる時は
積極的に家事、育児をした。
2人で考えて、長男を翔馬と命名した。

2年間の研究期間を満了して松田一家は3人家族となって、日本に帰国した。
松田吾郎には、長崎市内に新設のゆりかご会総合病院の院長のポストが
用意されていた。
節子には、東西医科大学看護学部の別科である
助産師コース教授の椅子が待っていた。


ムベは、蔓を伸ばし、花を咲かせ、やがて実を付ける
そして、いつも、あなたを見守っている





「 春嵐 」 全12話 完
全小説お読みいただきましてありがとうございました

著:田嶋 静  Tajima Shizuka
【オリジナル小説】「春嵐 #12」 最終章 松田吾郎の在外研究 【終わり】

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