影の男
大窓から差しこむ朝日をあびた大男が、ひろびろとしたコンコースのど真ん中で突っ立っている。
肩幅は広くたくましい。逆光にうかびあがったシルエットは、力強さそのもの。だが、影は大きいけれど、弱々しい。
強と弱が一緒になった男の光と影は、世紀末アメリカを象徴しているかもしれない。いまなお世界最強だが、衰退の兆しを見せる黄昏の大国アメリカ。
グランドセントラル駅、午前9時。
朝の通勤客が急ぎ足で行きかうコンコースを見張る。
人の良さそうな黒人の警官がそばにいる。安心してカメラを取りだした。
マンハッタン中心部にあるペンステーションとともに、ニューヨーク二大駅のひとつ。
1931年完成、アメリカの黄金時代を見つづけてきた壮麗なルネッサンス様式の建築だ。
ヒッチコックのサスペンス映画「北北西に進路を取れ」では、主役のケイリー・グラントがここから特急二十世紀号で旅立った。
イギリス出身だが、彼ほど良きアメリカを体言した映画俳優はいないだろう。
アメリカ全土と結んでいた長距離列車が数年前この駅を出て以来、高さ40mのドーム型天井も通勤客を見下ろすだけだ。
だからであろうか。この駅には何か言いしれぬ哀切感がこもっている。
警官の無線が何やらがなり立てたとたん、彼はコンコースの左手へすっ飛んでいった。人の集まる所だけに、スリや置き引きの名所なのだ。
ニューヨークに着いた6日まえにも、この駅で同じ光景に出会った。
治安の悪さにマイナス点をつけても、この街にエネルギーと多様さに魅了される人は多い。
僕もそのひとり、ニューヨーク中毒と言っても良い。
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