2016年末のSMAPと桜庭和志−あるいは君は今すぐ飛び立てるのさ。

−2016年の12月28日に、ぼくは約10年間勤めた博報堂という広告会社を辞めた。

33歳独身無職という立場で迎えた2017年、酉年にかけると、今年は飛躍の年にしたい。飛躍しないとやばい。ぼくにとって人生の節目となった2016年末、SMAPは紅白歌合戦に出場しないまま解散した。大晦日の格闘技イベントRIZINでは、桜庭和志の試合が組まれなかった。

これはいわゆる退職エントリではない。2016年の終わりに群れを離れるアホウドリが、飛び立つその瞬間に、テレビを見ながらうっすらと考えたことだ。

−夜空ノムコウにどんないいことあるかわからないけどがんばりましょう

SMAPといえば、もちろん2000年代を代表する国民的スーパースターだ。ぼくのような格闘技ファンにとっては、国民的スターといえばもう一人、PRIDE黄金時代の立役者、桜庭和志を思い出さずにはいられない。SMAPも桜庭も、自分の身を削って、多くの人々に夢と希望を与え続けてくれた。ぼくは、大学受験の前日、『夜空ノムコウ』を口ずさみながらファミレスから帰宅したことを多分一生忘れないだろう。徹夜が続けば出社するとき思わず「ガンバりましょう」と口ずさんでしまうし、天気が悪い日も「どんないいこと」あるかなと、前向きになる方法を教えてもらった。困ったときはもちろんGAIAにお願いする。

また、今でも仕事でしんどい時は、桜庭とホイスグレイシーの死闘を思い出す。この試合、桜庭は相手から要求されたありとあらゆる不利なルールを飲んだ上で、90分にわたる凌ぎ合いの末、勝利をつかんだ。当時高校の柔道部の主将だったぼくは、部員全員を率いて、東京ドームで桜庭の応援に出かけた。授業をサボっての観戦だったため、学校からはこっぴどく叱られて停学処分になったが、諦めないこと、工夫し続けること、ユーモアを忘れないことを学ぶのは、どんな授業よりもはるかに大事なことだと確信していた。

−愛と勇気の正しいヒーロー、正義の味方はどこにいるの?

2016年末、SMAPは解散した。その時、彼らはファンに自分の言葉で何かを発信することはなかった。そして、桜庭は2016年大晦日の格闘技イベントに出場しなかった。10年以上続く大晦日の格闘技イベントに、彼が出場しないのは初めてのことだった。

SMAPも桜庭も、単なる人気者を超えて、新しい文化を創る存在だった。SMAPがいなければ日本のテレビでアイドルがお笑いやバラエティを牽引するというエンターティメントの形式は存在しなかっただろう。桜庭和志がいなければ、日本に総合格闘技という文化が根付くことはきっとなかっただろう。そんな一時代を築いたヒーローでありながら、SMAPも桜庭も、表舞台から引くときに花道を堂々と歩く機会を与えられなかった。そこに個人が組織と対峙する姿勢についての示唆をみることができるなんていったら感傷的な大ボラに聞こえるだろうか。

−「さよなら。」といえば君の傷も少しは癒えるだろう?

SMAPも桜庭も、それぞれ大きな組織のエースとして活躍していた。彼らエースの活躍によって組織は圧倒的な成長を遂げた。しかし、その組織が、彼らの活躍に報いることはなかった。できなかったのか、しなかったのか。彼らの果たしてきた成果に比べて、彼らの去り際はあまりにも寂しかった。当たり前のことだが、ぼくたちファンは組織に夢を与えてもらった訳ではない。彼ら自身の生き様に、心を揺さぶられ、生きる力を受け取ってきたのだ。

SNSの普及により、個人が簡単に全世界に発信できるようになった、そんな時代に、ものすごく大きな社会的影響力を持っている彼らは、SNSを通じて、自分の意志で自分の言葉を発信することができない。もし、彼らが組織に属していたとしても、組織と健全な距離を持って、ファンと直接繋がり、世界に言葉を発信することができたとしたら、果たして今と同じ状況だったろうか。一番最初にSMAPが事務所を独立するという噂が出た時、彼らがツイッターやインスタグラムを始めたら、あっという間にマスメディアになるだろうなと思った。事務所の管理下でテレビタレントを続けるよりもずっと幅広く、自由に活動し、今まで以上の大きな影響力を持つだろうと思った。桜庭和志が電撃的に団体を移籍した時、彼の真意を直接聞きたいと思ったのはきっとぼくだけではないだろう。不正行為で大きな試合に敗れた時、彼の肉声を聞いて、彼の苦悩、悔しさを共有したいと多くのファンが願ったはずだ。

SNSは、個人の声を手軽に世界に届けるツールだ。一人の人間が情報を発信することを、肉声を挙げることを誰も止めることはできない。しかし、SMAPも桜庭和志も、SNSで声を挙げることができなかった。時代を代表するスターであるにも関わらず。多くのファンが彼らの声に耳をすましていたにも関わらず。

−俺たちに明日はあるし、君は君だよ。

かつてタレントは大きな事務所に、一般人は大きな会社に、と言うように大きな組織に所属することがリスク回避、安定の手段だった。個人の価値をレバレッジしてくれるのが組織だったから。しかし、今の時代、個人は個人としてその価値を成長させることができる。いい仕事をして、成長し、いい仕事をする。そしてそのことを発信し続ける。優れたプレイヤーは発信し続ける限り、いずれ世界が発見してくれる。もちろん今だって、組織は、成長の機会を提供してくれることはあるだろう。だが、その一方で、組織に所属していると、成果の帰属が曖昧になり、信頼や評価が個人に蓄積しない可能性がある。また、組織と個人の志向する方向性が同じうちはいいが、個人の成長や社会の変化によってその方向性が別れたとき、個人が望んでいる方向性に進んでいくチャンスを失ってしまうことだってある。今の時代において、個人が成長し続けるとき、組織に所属し続けることは、信頼や評価の蓄積、そして信念をを貫くと言う観点からは、リスクとさえ言える。少なくとも、組織に所属していようがいまいが、仕事を通じて成長し続けること、そしてSNSなどを通じて、自分の声を上げ続けることは現代のプロフェッショナルにとって、生きていく上での最低限の手段なのだろう。何ができる人なのか、何をしたい人なのか、国民的スターでさえもうまく伝えられないのだ。ぼくたち一般人がどれだけ工夫し、どれだけ声を張り上げても、十分とはいえないだろう。

SMAPと桜庭和志、彼らは自身の人生を賭けて、組織の成長に貢献した。そしてそれ以上に、僕たち一般人に夢と希望を与え続けた。彼らが、2016年を乗り越えて、2017年の始まりの今、どこでどう過ごしているのかは知らない。願わくば、ただの個人になっている彼らが、彼らの意志で世界と繋がり、あるいは繋がりを切り離し、自分の意志と肉声のみで語れるようになっていることを祈る。

−シブトク強く明るくいきましょう

一方、国民的スターとは程遠いぼくはぼくで、2016年に10年間お世話になった大きな組織、博報堂を飛び立つことになった。独立の経緯は色々あるけど、会社に対する不満は全くない。組織とは少しだけ異なる方向に向かって飛び立っと決めただけだ。SMAPや桜庭和志と比べるのはあまりにもおこがましいけど、いつか自分も自分の仕事で時代を築きたいと言う野心だってもちろんある。
今年は酉年。冒頭で鳥にかけて「今年は飛躍の年にしたい」なんて言ったけれど、飛躍とは突然遠く高く飛び立つことだ。実際は鳥は飛躍なんてしない。ただただ、前に進むために羽ばたき続けているだけだ。懸命に筋肉を動かして。たまに自分と群れと目的地との距離感を測るために、鳴き声をあげながら。

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三浦崇宏

The Breakthrough Company GO 代表取締役 PR/CreativeDirector 新規事業のプロデュース/スタートアップのブランディング・PR/キャンペーン・コンテンツの企画制作
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