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体感型ミュージカルFumiko #3

Scene7台所
鐵三、テーブル、まな板と包丁、グラスとマドラーを準備する。
八百屋、バスケットいっぱいのレモンを運んでくる。
Fumiko、それを受け取る。
二人はレモンをカットし、絞り、レモネードを作りながら。

鐵三
さっきはごめん。

Fumiko
うん。

鐵三
内緒だったの?

Fumiko
うん。まあね。

鐵三
着いて早々しくじっちゃったなあ。

Fumiko
二人はいつもあんな感じだから。お父さんとお兄ちゃん。

鐵三
そうなの?どうして?

Fumiko
わかんない。

Fumikoマドラーでグラスを叩く。

M3レモネード作ろう

曇り空 雨模様
苦いレモンの昼下がり

何も知らない人たちは
頑張れって言うけど
どうしても 立ち上がれない
曇りのち雨 そんな日もある

何かがうまくいかない
どうすればいいのか わからない
抱えたレモンに 押しつぶされそう

誰かにぶつけるのはやめて
そんな日には レモネードつくろう

レモンを刻んで魔法をかけて

レモネードつくろう 誰かと一緒に
レモネードつくろう 一人でも美味しい
レモネードつくろう 笑顔に戻れるかも

Fumiko
召し上がれ。

鐵三
いただきます。

鐵三、レモネードを飲む。
Fumikoじっとその様子を見ている。

鐵三
・・・。

Fumiko
・・・。

鐵三
酸っぱくて甘い。とても美味しいよ。

Fumiko
よかった。ずっと黙ってるから。

鐵三
ごめん。

Fumiko
そんなに深刻にならなくても。

鐵三
そうじゃなくて。ステージのこと。

Fumiko
別にいいのよ。気にしないで。

鐵三
でも僕のせいで・・・。

Fumiko
そういうのいいから。舞台に立つのは好きだけど、本気でやってるわけじゃないし。

鐵三
本当に?

Fumiko
・・・。

鐵三
僕にはそうは見えなかった。

Fumiko
やめてよ。

鐵三
・・・。

Fumiko
もういいから。この話はやめにしよう。それよりもお祭り当日はお手伝いよろしくね。

鐵三
うん。

Fumiko調理器具を片付け始める。

鐵三
ふみちゃん。

Fumiko
ん?

鐵三
あの、頑張って、売るよ。

Fumiko
うん、ありがとう。

鐵三、レモネードを飲み干し。片付けを手伝う。
照明変化。高見移動。
祭囃子が聞こえて来る。

Scene8広場
正一、法被姿で登場。

正一
さあ、祭りだ。祭りだ。

盆踊り。観客を巻き込み、櫓の周囲を回りながら踊る。

鐵三
フミちゃん。

Fumiko
何?

鐵三
話があるんだ。

Fumiko
うん。

鐵三
・・・少し歩かない?

Fumiko
いいよ。

Scene9森の中
Fumiko、腰掛ける。
鐵三、距離を慎重に測りながら隣に腰掛ける。
二人の間には少し隙間がある。

Fumiko
ありがとうね。
鐵三
え?

Fumiko
手伝ってくれて。

鐵三
当たり前だよ。困ってることがあったらなんでも言って。

Fumiko
ありがとう。

鐵三
・・・。

Fumiko
・・・。

鐵三
・・・。

Fumiko
・・・。

鐵三
・・・。

Fumiko
聞こえるね。

鐵三
え?

Fumiko
お祭りの音。

鐵三
うん。音は空気の振動だから。

Fumiko
え?

鐵三
空気を震わせて音は伝わってくるんだ。

Fumiko
そうなんだ。

鐵三
ごめん、興味ないよね、こんな話。

Fumiko
鐵三さんは物知りなんだね。

鐵三
テツでいいよ。

Fumiko
物知りなんだね、テツは。

鐵三
役に立たない知識ばかりだよ。実家でも本ばかり読んでいて父に叱られて。

Fumiko
そうなの?

鐵三
本当は学業を続けたかったけど、商売人に学問は必要ないって言われて。言い出したら聞かない人だから。

Fumiko
それでこっちに来たんだ。

鐵三
必死で説得したよ。儲けの種は米国にある。これからは米国の時代だって。

Fumiko
すごいね。

鐵三
そんなことないよ。逃げ出したみたいなもんだよ。

Fumiko
ないな、そういうの。私には。

鐵三
え?

Fumiko
物心ついた時からここにいるから。夢を抱いて、海を渡るぞ、みたいな感じ。ちょっと羨ましい。

鐵三
やっぱりそうだよ。

Fumiko
え?

鐵三、立ち上がり。

鐵三
君は舞台に立つべき人だよ。舞台に上がってみている人たちを幸せにするんだ。本当は気づいてるだろ?怖くても一歩踏み出すんだ。

沈黙。

Fumiko
話したいことってそれ?

鐵三
うん。

Fumiko
そろそろ行こうか。

Fumiko立ち上がる。

鐵三
フミちゃん。

Fumiko
何。

鐵三
僕は。

Fumiko
うん。

鐵三
・・・。

Fumiko
・・・。

鐵三
きっといつか、君の輝きに追いついてみせる。

Fumiko
踊るの?

鐵三
踊らない。立派な商売人になる。いつか君のために劇場を作るよ。

Fumiko
うん。

鐵三
白い大きな建物で、ロビーに厚い赤絨毯を敷く、奥にはバーカウンター。入り口は回転ドア。

Fumiko
それで?

鐵三
席をゆったり並べて、どの席からも舞台に手が届きそうなくらい近く感じるんだ。すごく近くに感じるんだ。まるで僕のために歌ってくれてる。そんな感じの劇場。

Fumiko
叶うよ。きっと。叶う。

鐵三
それから・・・。

Fumiko
そろそろ行くね。夢の話、ありがとう。面白かった。

鐵三
ああ、うん。じゃあ。

Fumiko
頑張ってみるよ。私も。頑張ってみるよ。

鐵三
うん。

Fumiko去り際に振り返って手を振り、退場。
鐵三、手を振り、Fumikoを見送る。
鐵三、ため息。
正一、登場。背後から鐵三に声をかける。

正一
おい。テツ。

鐵三
うわーっ!?

鐵三、驚く。正一、驚いた鐵三に驚く。

正一
うわーっ!?

鐵三
正一さん。

正一
バカ、びっくりさせんなよ。

鐵三
それはこっちのセリフですよ。いつからいたんですか?

正一
君は舞台に立つべき人だよのくだりからいたよ。

鐵三
真似しないでください。

正一
長いんだよ話が。退屈だし。蚊が寄ってくるんだよ。ほら食われちゃったよ。

正一、腕を見せる。
鐵三、ペチペチ叩く。

正一
何するんだよ。

鐵三
何でちょっと嬉しそうなんですか。

正一
え、うん。まあ、兄としてちょっと思うところはあったのよ。

鐵三
あのですね。

正一
あいつには背中を押してくれる奴が必要なんだ。

鐵三
それは正一さんが。

正一
たくさんいた方がいいんだ。だから、ありがとな。

鐵三
思ったままを正直に言っただけです。ただそれだけです。

正一
あいつはこんな世界の片隅で終わる女じゃねえ。俺にはわかる。もっとずっと大きな・・・大きな舞台に立って、たくさんの人を笑顔にする。そうだろ。

鐵三
はい、きっとそうなります。僕も同じ気持ちです。

握手しようとする。

正一
待て、それ以上近づくな。

鐵三
え?

正一
ちょっとばかしちびっちまったんだよ。

鐵三
は?

正一
ちょっとだけだぞ。さっきびっくりした拍子に。

鐵三
嘘でしょ。

正一
思ったよりも話が長いしさ。肝心なことは話さないし。

鐵三
なんなんですか。

正一
誰にも言うなよ。

鐵三
はいはい、わかりました。

正一
俺も誰にも話さねえからよ。

鐵三
何をです。

正一
いや、お前が振られたこと。

鐵三
あのですね。

正一
秘密ができたのはお互い様だな。

鐵三
下の話と一緒にしないでくださいよ。

正一
ほら、いくぞ。

鐵三
はい。

正一
先歩け。

鐵三
わかりましたよ。

正一
待て、一人にするな。

鐵三
はいはい。

正一
夜の森は危険がいっぱいなんだよ。

鐵三
何も出ませんよ。

正一
拳銃向けられたら?

鐵三
手をあげます。

正一
そうだ、それでいい。

鐵三
役に立ちますか?
正一
もちろんだよ。いつか都会に出た時に、きっと役に立つ。いいか、俺だってこの街で一生を終えるつもりはねえんだ。俺たちは自由なんだ。どこだって行けるし、何にでもなれる。そうだろう?

鐵三
ええ、もちろんです。もちろんですとも。

正一
大きな世界ででっかく勝負するんだ。俺はやるぞー。やってやるぞー。

つづく 6月3日から7月29日まで毎週月曜に3シーンくらいずつ公開予定


劇作家。演劇、ミュージカル、オペラの台本作家です。