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体感型ミュージカルFumiko #5

Scene13
自宅兼クリーニング店。正一の部屋。

正一
他には?俺のことは?書いてあるだろ。

鐵三
追伸。兄から目を離さないでください、きっと何かしでかします。だから先に謝っておきます。ごめんなさい。兄のことどうぞ宜しくお願いいたします。

鐵三、手紙を兄に渡そうとする。

正一
いや、いい。

鐵三、手紙を懐にしまう。

正一
まあ、元気そうで何よりだな。

鐵三
返事はどうします。

正一
書いてやれ。

鐵三
僕が?

正一
他に誰が書くんだよ。

鐵三
いや、しかし。こういうことには疎くて。なんと書いていいものか。

正一
ありのままを書けばいいだろ。

鐵三
今日は遅くまで仕事をして、くたびれました。夕飯は煮付けでした。美味しくて・・・。

正一
馬鹿野郎、日記じゃねえんだから。もうちょっと興味をそそるようなものが書けないのか。

鐵三
例えば?

正一
ちょっとした事件とか、日常の変わったことを探してだな。

鐵三
お兄さんは何やら怪しい集まりに足繁く通っています。

正一
馬鹿野郎。余計なこと書かなくていいんだよ。

鐵三
じゃあ何してるか教えて下さいよ。夢を語り合った仲じゃないですか。

正一
今度な、新しい店を出そうと思ってな。

鐵三
本当ですか?すごいじゃないですか。

正一
この世界を支配しているのは資本家である。わかるかね、諸君。労働者でいる限り、君たちは搾取され続けるのである。

鐵三
なんですか、それ?

正一
この世界の真実とでも言っておこう。

鐵三
はあ。

正一
まあ、俺も大海原に漕ぎだす時が来たってことかな。夢を抱いているのはFumikoやテツだけじゃないってことよ。

鐵三
他の人には?お父さんにはもう話しました?

正一
いや、折を見てきちんと話す。だからそれまでは。内緒な。

鐵三
わかりました。

正一
じゃあな、頑張れよ。俺も頑張る。

鐵三
手伝ってくれないんですか。

正一
資本家は忙しい。忙しくなり続けるのだよ。

鐵三
いってらっしゃい。気をつけて。

正一
おう、俺のことは書くなよ。町中を俺の店で埋め尽くして驚かせる計画なんだ。

鐵三
きっとうまくいきますよ。

正一、退場。
鐵三、手紙を書く。

鐵三
親愛なるFumiko様・・・。少し硬いかな。親愛なる。親、愛。あい。いや、違う、いや、違わない、違う。いや・・・。

照明変化。高見移動。

Scene14スタジオ
劇作家が椅子に座っている。
俳優と女優が紙束を手に横並びに立って演技をしている。その脇には女優の頂を目指す候補者たちがずらりと並んでいる。列は長く伸び続けているように見える。その中にFumikoも加わる。途中で一人の男、Davidが部屋に入ってくる。

俳優
おい、オールドNo7を頼む。

女優1
はい、ご主人様。かしこまりました。

劇作家
ありがとう。次の人。

女優1、退場。女優2スタンバイ。

俳優
おい、オールドNo7を頼む。

女優2
はい、ご主人様。かしこまりました。

劇作家
よかったよ。次の人。

女優2、退場。女優3スタンバイ。

俳優
おい、オールドNo7を頼む。

女優3
はい、ご主人様。かしこまりました。

劇作家
いい感じだ。次の人。

女優3、退場。女優4スタンバイ。

俳優
なあ、ちょっと休まないか。

劇作家
いい考えだ。そうしたいが後・・・50人程候補者がいるんだ。

俳優
そんなに?すごい競争率だな。ちゃんと文字が読める奴らなのか?何か別のオーディションと勘違いしてないか?

劇作家
すごい競争率だよ。ブロードウェーには引力がある。だからマシーンのようにこなしてくれ。

俳優
なあ、明日にしないか?それか少し休ませてくれ。

劇作家
いいアイデアだ。そうだな、5分休憩にしよう。その後にマシーンのように。

俳優
オーケー。

David
やあ。

劇作家
ああ、David来てたのか?

David
新作の調子は?

劇作家
見ての通りだよ。マシーンのように進めてる。

David
ずいぶん苦労してるみたいだな。

劇作家
ああ、いい俳優はどこにいるのか、教えて欲しいよ。君はどこで見つけるんだ。まったく。

David
それは企業秘密だね。

俳優
なあ、ちょっといいかな。

劇作家
どうした?

俳優
やっぱり今日は切り上げよう?この暑さだし。

劇作家
あと少しの辛抱だ。残りを試さないと。マシーンのように。

俳優
ちょっと用事があるんだ。今日はもういいだろう。必要なら明日続きをしよう。

劇作家
このプロジェクトは絶対に失敗できない。今後のキャリアに関わるんだ。

俳優
頼むよ。妻の両親が来ててさ。わざわざヤンキース戦のチケットを取ったんだ。君も知ってるだろ。うちの厄介な状況。

劇作家
それはわかるけど。

俳優
頼むよ。

劇作家
ベストを尽くしたいんだ。

俳優
それはわかるけど、ちょっと神経質になりすぎだよ。正直誰を選んだって変わらないよ。そうだろ?

劇作家
わかったよ。今日は終わりにしよう。

俳優
助かるよ。また明日。

俳優、退場。

劇作家
みんな申し訳ない、今日は終わりだ。お疲れさん。

壁際の女優たち、各自の荷物をまとめ退場。

Fumiko
あの。

劇作家
悪いけどまた明日来てくれ。

Fumiko
私、明日は別の予定があって。今日だけしか。

劇作家
そうか。それは残念だったね。

Fumiko
そこをなんとかお願いできないでしょうか。

劇作家
そう言われても、相手役もいないんじゃなあ。

David
手伝おうか?

劇作家
待てよDavid。

Fumiko
ありがとうございます。

劇作家
でしゃばるなよ、ここは君の現場じゃない。

David
いいじゃないか。ちょっとした余興だよ。

劇作家
今日は振り回される日だな。よかったね。準備はいい?

Fumiko
はい。

劇作家、紙束をDavidに渡す。

劇作家
大金持ちとその召使いのシーンだ。君はウィスキーを持ってくるように彼女に言う。

David
了解。

劇作家
さっさと済ませよう。いいね。

Fumiko
はい。

劇作家
じゃあ行くよ。用意、はい。

David
おい、オールドNo7を頼む。

Fumiko
はい、ご主人様。かしこまりました。

劇作家
ありがとう。おしまいだ。

Fumiko
はい。

David
よかったよ。

Fumiko
ありがとうございます。

劇作家
こちらこそ。

David
もう少しだけ聞きたいんだけど。いいかな?

劇作家
もちろんさ。いいとも。どうぞどうぞ。少しだけならね。

David
女優さん?

Fumiko
ええ、まあ。

David
だと思った。

Fumiko
いつもそうやって口説いてるの?

David
いや、そうじゃないんだ。そういうことじゃなくて。

劇作家
そうだよな。そうだと思ったよ。

Fumiko
あなたは?

David
僕はDavid、今は新作を作ってる途中。

Fumiko
へえ。

劇作家
私と同じだ。

David
興味ある?

Fumiko
役があるなら。

David
なければ作るさ。

Fumiko
どんな役?召使い?

David
いや、それも悪くないけどもっと別の何か。

Fumiko
決まったら教えてください。

劇作家
私にも連絡くれ。手数料をもらうことにしよう。

David
ダンスのキャリアはどれくらい?

Fumiko
気が遠くなるくらい昔から。

David
歌は?

Fumiko
もう歌うなと言われるまでは歌います。

David
芝居はだいたいわかった。他を見たい。この後の予定は?空いてる?

Fumiko
ええ。はい。

David
じゃあ一緒に来て。

David、Fumikoを連れ出す。

Fumiko
ちょっと。

劇作家
David。

David
悪いね、インスピレーションなんだ。

劇作家
どうぞ、お幸せに。

Scene15クリーニング店

正一
だから親父にとってもいい話だと思う。どうだろう。


気に入らねえな。

正一
そう言わずに詳しい内容を聞いてくれないか。


いらねえ。

正一
いい条件なんだ。立地も最高だし、2号店を出すならここしかないと思う。一度見てくれないか。見ればきっと・・・。


俺が言ってんのはそういうことじゃねえ。筋の話だ。

正一
筋?


そうだ。何で全部決まってから俺のところに持ってきた。

正一
それは・・・。


この店は俺の店だ。お前の店じゃない。

正一
そんなこと言わずに。


重要なことだ。俺にとってはな。

正一
もういろんな人に話してあるんだ。みんな乗り気だ。今なら・・・。


それが気に食わねえんだよ。

正一
・・・。


・・・。

正一
そうかよ。わかったよ。


どこへ行く。

正一
この話をなかったことにしないとな。


そうか。

正一
あんたは自分のことしか考えてないんだな。


なんだと。もういっぺん言ってみろ。

正一
いいや、もうあんたと話すつもりはない。

正一、退場。
母、登場。
沈黙。


あんなに厳しく言うことなかったんじゃないですか。


そういうわけにはいかねえ。こう言う些細なところに気が廻るようでないと商売が立ち行かなくなる。いつかはあいつも独り立ちしなきゃいけねえからな。


それならそうと言ってやればいいじゃないですか。


優しく言ったってダメなんだ。こればっかりは痛い目にあって、骨身にしみて初めてわかることなんだ。この国じゃ俺たちは外国人だ。それを忘れちゃいけねえんだ。


あの子なりに頑張ってますよ。


あいつは足も悪い。だからいっぱしの商売人になるには人の二倍三倍の努力がいる。


そうですね。


晩飯はあいつの好物にしてやれ。


はい。

つづく 6月3日から7月29日まで毎週月曜に3シーンくらいずつ公開予定

劇作家。演劇、ミュージカル、オペラの台本作家です。