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体感型ミュージカルFumiko #7

Scene19自宅兼クリーンング店
1941.12.7.ルーズベルトの議会演説がラジオから流れる。

正一
本当なのか?これ?戦争なのか?

鐵三
みたいですね。

正一
なあ、俺たち、大丈夫だよな。

鐵三
どうでしょう。

正一
全くついてないぜ。


どうなるんだろうね。これから。

鐵三
すぐに終わればいいですが。


みんなどうするのかね。

鐵三
帰還船が出るみたいですから。戻る人もいるでしょうね。


商売も家族もあるんだ。出てけと言われて、はいそうですかって別の場所に行けるもんじゃねえんだ。


店の方はどうします?


いつも通り開けるさ。それ以外にしようがねえんだ。


襲われたりしないかね。


とにかく様子を見ながら慎重に。今はじっと耐えるしかねえ。

正一
そんな奴ら、俺が追い返してやる。


無茶しないでおくれよ。


各々荷物はまとめておけ。いつ何が起こるかわからねえ。準備するに越したことはねえ。

鐵三
はい。

正一
・・・。

鐵三
大丈夫ですか?

正一
ああ。どうってことねえ。このくらいどうってことねえ。

Scene20劇場
舞台上にはセットが運び込まれていく。劇場スタッフたちが行き来している。

支配人
君の言いたいことはわかる。・・・けどね。

David
言ったよな、キャスティングも任せるって。

支配人
でもこれは特別だ。

David
そんなの関係ない。

支配人
あるさ。責任者として放置できない。

David
キャスティングだけは譲れない。

支配人
いいか、君のことは信頼してる。けど今回だけは話が別だよ。戦争なんだ。

David
だからって。

支配人
何人か資金を引き揚げるって言ってきた。そうなったら公演中止だ。

David
そんなの間違ってるだろ。

支配人
子供みたいなこと言うなよ。これが世の中だよ。今は公演全体のことを考えよう。

David
・・・。

支配人
事態が収束すればすぐに彼女の復帰を考える。

David
本当だな。

支配人
約束するよ。

David
・・・。

支配人
彼女には僕から伝える。同席する?

David
・・・いや。君から伝えてくれ。

支配人
わかった。ちょっと君。

劇場スタッフ
はい。

支配人
Fumikoを呼んできてくれないか。

劇場スタッフ
わかりました。

David
リハーサルルームだ。暇さえあればいつも練習してる。

劇場スタッフ
了解です。

劇場スタッフ、退場。

David
今回、クビにするのはそういう奴だ。

支配人
胸が痛むよ。

David
誰よりも練習してる。今まで見た誰よりも。

支配人
好きでクビにするわけじゃない。仕事なんだ。

David
ああ、そうだな。仕事だ。ただ若い頃を思い出したんだ。

支配人
君はよくサボってた。

David
そうだな。神様は公平じゃない。

支配人
放っとかないよ。必ず誰かが見つける。そういうもんさ。きっと乗り越えるよ。彼女を信じよう。

David
行くよ。

支配人
ああ。

David、去ろうとする。
Fumiko、登場。

Fumiko
あ、ちょうどよかった。後でちょっと確認したいことがあるんです。

David
後でな。

David、退場。

Fumiko
呼ばれましたか?

支配人
すまないね、練習中に。ちょっとだけいいかな?

Fumiko
はい。

支配人
ハワイのことは知ってるね?

Fumiko
はい。ラジオで。

支配人
それで、あんなことがあった後だからしばらく休みを取ってもらえないか?

Fumiko
え。

支配人
今はこんな状況だし、中には過激な連中もいるから。ほとぼりが冷めるまででいいんだ。

Fumiko
それは。

支配人
君や他の出演者の安全を守るために協力してもらえないか?

Fumiko
いつまでですか?

支配人
それはなんとも言えないが、状況が許せばすぐにでも復帰してほしいと思ってる。

Fumiko
わかりました。

支配人
すまない。助かるよ。

Fumiko
はい。失礼します。

支配人
気を落とさないようにね。

Fumiko
・・・。

支配人、退場。
舞台上には作りかけのセット。
Fumiko、姿勢を正し。一つ一つ型を確かめるように踊り、踊り終え、お辞儀する。
David拍手しながら登場。FumikoはDavidを一瞥し、目をそらす。

Fumiko
・・・。

David
見事だ。

Fumiko
ありがとう。

David
すぐに開演しても大丈夫そうだな。

Fumiko
・・・知ってたの?

David
さっき聞いた。すまない。何もできなかった。

Fumiko
・・・。

David
そんなに暗い顔するな。身につけたものはそう簡単になくならないし。ほんの少しの辛抱だ。

Fumiko
・・・やめて。

David
今は耐えろ。

Fumiko
やめてよ。

David
やめないよ。

Fumiko
こんなことってある。全部なくなった。あっという間に。びっくりする。昨日と全く違う。別の世界に来たみたい。何がいけなかったんだろう。何か間違えたのかな。ねえ、何が違うの。私。違わないよ。あなたと変わらないよ。

David
わかってる。わかってるよ。

DavidはFumikoに触れようと手を伸ばす。Fumikoはそれを振り払う。

Fumiko
いらない。全部なくなった。それだけよ。

David
余計なお世話だと思うかもしれないけど。ちょっとだけ聞いてくれ。

Fumiko
・・・。

David
ずっと探してたんだ。この仕事を始めてから。ずっと。綺麗なもの。キラキラしたもの。子供の頃、上は三人、みんな女の兄妹だから。人形遊びをして遊ぶんだ。いろんな役を演じたよ。お父さん、お兄ちゃん、王様、王子様、犬・・・。それが普通だと思ってたけど。案外そうじゃなかった。知らなかっただけで。でもそうやって育ったから。それに好きだったから。演じることや物語が。それで探し始めたんだ。自分の物差しを持って。ずっと探して。それでやっと見つけたと思った。君だよ。君を見つけたんだ。

Fumiko
・・・。

David
だから、諦めるな。お願いだ。続けるんだ。

Fumiko
ここにはもういられない。

David
いつか立つんだ。ブロードウェイの真ん中に。偉大なアーティストがここにいるぞって。確かに存在しているぞって。

Fumiko
私はただ流されて舞台に上がることを選んだだけなのかもしれない。

David
普通に生きたって構わない。けど、もうどうだっていいんだそんなこと。君には責任がある。美しいものが纏う責任が。

Fumiko
私バカだな。今日まで気が付かなかったよ。みんなとは違うのに。

David
おい。何を言ってるんだ。

みんな優しいから。勘違いしてた。どうして教えてくれなかったの?お前は舞台に上がれないって。

David
やめろ。そんなこと言うな。

Fumiko
だってそうでしょ。そういうことじゃない。知ってたら、目指したりしなかった。

David
頼むから。そんなこと言うなよ。

Fumiko
終わりにする。

David
どこか別の場所に行こう。どこだっていい。遠くへ行こう。誰もいない、どこか遠くへ。何もかも終わるまで。

Fumiko
夢から覚めたのよ。

David
待ってるから。

Fumiko、退場。

Scene21自宅兼クリーニング店
鐵三、駆け込んでくる。

鐵三
大変です。強制収容が始まるって。


強制収容?


本当か?

鐵三
はい。


店はどうなる。

鐵三
わかりません。すぐに持ち出せるように準備しないと。


ついに来やがったか。畜生。


正一はどこだい。


あいつ、こんな時に。

鐵三
探してきます。

つづく 6月3日から7月29日まで毎週月曜に3シーンくらいずつ公開予定

劇作家。演劇、ミュージカル、オペラの台本作家です。