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講演マシーンの憂鬱

仕事。

私(品川)は、3年前からフリーのライターになった。マーケティング畑の経験を活かし主にビジネス系の記事を執筆している。今回は、いつもお世話になっている湊町経済マガジンさんからの依頼で、セミナー講師の朝田さんにインタビューする事になった。

朝田さんは、元々大手コンサルティング事務所出身で、独立後に起業家支援の会社を立ち上げ、4000人以上の起業家育成に関わってきたという人(どういう計算だろう?)。現在は、主にセミナー講師として年間150本以上の講演をこなし20冊以上の本を出版する起業家界隈では超がつく有名人だ。

今回、あるビジネス誌が主催する起業セミナーにゲストスピーカーとして朝田さんが登壇するのだが、その1本目の登壇と2本目の登壇の間の休憩時間にインタビューに応じてもらう事になった。


当日

当日、セミナー会場となっている新宿のホテルの控え室へと訪れた。扉から中に入ると、メインルームらしきだだっ広い部屋の真ん中に10人掛けくらいの長方形のテーブルが配置されていて、その一番手前に朝田さんが座っていた。朝田さんは、青と白のストライプのスーツに赤のネクタイに赤のフレームの眼鏡をしていた。

私が軽い挨拶に続き自己紹介を始めると、朝田さんが勢いよく立ち上がり明るい声で挨拶してくれた。挨拶する口元を良く見ると、口の端からオレンジ色が若干はみ出ているので、リップでカラー入れているっぽい。そして、多分だけど肌にもファンデーションに加え、血色を良く見せる為にチークもしてるっぽい。っていうか、赤いフレームの眼鏡の縁の向こうの眉毛もペンで色を足している。近くで見ると濃いのだが、講演台からの聴衆の距離を考えると丁度良い濃さなのかもしれない。

 「プロだな~」って思った。こういうの大事だと思う。ホント見た目で左右するからね。この前、古巣の先輩が主催した大学生誑かし系(学生起業)のセミナーで、二日酔いに寝癖のまんま講演しちゃったけど、ああいうのダメだよな。私も見習わないと。


インタビュー開始

その後、メインルームに接続する8畳くらいの部屋に移動し話を聞く事になった。朝田さんの子供時代の話しから入り、大手コンサルタント会社勤務時代の話、30代で独立した際の苦労話、起業家支援の仕事でぶつかった大きな壁の話、出版社から依頼されたセミナーで才能が開花した話、それをキッカケに、複数のビジネス系チャンネル(ネット系の番組)のコメンテーターを務めつつ、年間150本以上の講演をこなす人気講師になるまでの経緯を伺った。

私の聞き方が上手だったのか(自画自賛)、朝田さんも楽しそうに話してくれて、質問してない事まで色々と話してくれた。続けて、専門でもある「起業」について尋ねてみた。もう圧巻だった。とにかく良い台詞、耳に優しい台詞が次々と出てくる。

私のヨイショも冴え渡り、気付くと朝田さんが講演時と同じようなしゃべり方になり、やがて私の呼称が「品川さん」から「皆さん」に変わった。 

「皆さん、どう思いますか?」って……、目の前は私一人なんだけど。


怒濤の講演

結局、品川さんが皆さんに変わってから40分くらい怒濤の講演が続いた。良い言葉、耳に優しい台詞を乱れ打ちし続けていた。多分、良い台詞を吐き出すプログラムかマシンになっているんだと思う。この後、1時間半の講演を控えている人とは思えない名調子ぶりだった。結局、マネージャーらしき人に、次の予定の時刻を告げられるまで、喋り続けていたのだから本当に凄い! 天職なんだろうな。

だが、私一人の贅沢な講演会を終え、時計を外し、眼鏡を外し、胸ポケットに入れたテレコ(音声を即座にテキストに変えるタイプのメッチャ高いモノ)をオフにした途端、一気に朝田さんのオーラが消えた。最後まで見送ろうと思い、私も廊下まで出るのだが、歩く後ろ姿がどこか寂しそうだった。ここからは勝手な予想だけど、多分本人は厭々だけど講演マシン(良い台詞吐き出しマシン)を続けているんじゃないかな。

時計にしろ、眼鏡にしろ、胸ポケットのテレコにしろ、オンオフのスイッチのような役割を果たしている。あの乱れ打ち式に良い言葉を吐き続ける事が出来る秘密は、結局自らをマシン化した事にあると思う。


大人の夢

だって普通無理だよ。具体的な事とか実態とか裏ってモノを喋りたくなっちゃう。朝田さんはそういう事を一切しないんだから。「大人の夢を壊すな」って一線をずっと守り続けている。だからこそ人気講師に成り得たんだと思う。マシンになる事で、心に浮かぶ疑問を無視する。そして、自分の言葉で自分の内面から出てくる言葉で喋る事を諦めた。あの寂しい後ろ姿から、そんな覚悟を決めた人の哀愁というか闇が伝わってきた。

セミナー講師の朝田さんに取材した翌日、録音した音声を文字起こしアプリでテキスト化して記事にまとめていた。プロのセミナー講師だけあって、発音とか発生がしっかりしているので、漢字の変換ミスの問題はあるものの、私の喋りをテキスト化する時に比べたら、実にスムーズにテキスト化出来た。

ただ、テキスト化した文章を読むと、朝田さんの話している内容がバラバラというか、何というか短い良い言葉・良い話が乱れ打ちされていて、1つの流れを作る事が出来ないのだ。何しろ、後半は殆ど独演状態だった為、そもそもがインタビューの態を成していない。それをインタビューっぽく仕上げたかったのだけど、ちと無理だなこりゃ。


リフォーム

早々にインタビュー形式(会話形式)は諦めて、Q&A型にリフォームする事にした。まずは依頼主(湊町経済マガジンの編集のAさん)に録音データと共に「Q&A」形式にしても構わないか一応確認する。まあ、先方もガチガチのメディア作ってる訳じゃないから、まず間違い無く大丈夫だとは思うけど、一応ね。こういう些細な事でも確認の連絡を入れるって大事だから。

という事で、編集のAさんに確認。30分後に電話が掛かってきて「それでお願いします!」との事。あまりに脈絡が無いのと、よく聞くと内容に矛盾があるとの事で、Q(質問)の文章を上手く足す事で、「矛盾が消えるようにお願いします」との事だった。

Q(質問)作りも難しかった。同じ質問で括れるような内容も多く、編集のAさんの言う通り、良く見ると矛盾している。例えば、一方で「恐れずに一歩踏み出す事で自然とチャンスが舞い込んでくる、起業の女神は勇気をもって踏み出す人に味方するのです」と主張しながら、一方で「ただ前進するだけでは運も縁も商機も訪れません。起業の世界はシビアです」とも言ってる。という事で、読者からの質問という形式にして、読者の質問を捏ち上げる事にした。

編集のAさんに確認したところ、「いいんじゃないかな。一応、朝田さんにも許可取っておいてください」という雑な返答。電話の向こうが超騒がしかったので、多分忙しいんだと思う。(『どうなってんだよ!』って太い男性の声と『何なのこの人!』という高い声が聞こえてきたから何かトラブルに見舞われていたのだと思う) 

もちろん朝田さんにも許可を取るつもりだけど……、完成させてからにしよう。渋った場合は、「完成しちゃったんで!」「もう編集からOK頂いちゃったんですよ!」という汚いやり口で押し通そうと思う。何となくだけど、朝田さんはそれでOKしてくれる気がする。後は、完成品を見せた上で、さもこういう改変は当たり前ですよ!という雰囲気を出しながら、「どうしても修正が必要な場所があれば」とか言って押し通しちゃうのもありだな。うん、そうしよう。

しかし、エンタメ系セミナー講師は、文字に直すと、あれっ?ってなる事が多い。


講演マシーンの覚悟

インタビュー記事改めQ&A記事を完成させると、朝田さんにデータを送付し、確認してもらうようお願いした。

夜、メールをチェックすると、朝田さんから返信が来ていた。「何でも良いですよ。どうせ僕が喋ってる事なんて、実践には何の役にも立たないものなんで」「むしろ、実力以上の良い回答にして下さり、ありがとうございました」という何とも謙虚な回答だった。(謙虚というより投げ遣りって言った方がいいかな) 

先日、インタビュー後の、あの去って行く後ろ姿の寂しい感じから、厭々やってるのかもしれない、と思ったが、やっぱりそうだったみたいだね。私が、「ありがとうございます。朝田さんのインタビュー、良い話ばかりだったので編集も楽でした」などとヨイショしたら、「ありがとうございます。それしか能が無いので (^_^;)。 皆さんが自由に編集したり解釈できるよう耳に優しく温かいだけの空虚な内容を心掛けてます。(●´▽`)ナハハ」との返答。

なるほど。やっぱり講演マシーンになるって覚悟した人だった。まあ、しゃあないよね。仕事だし、儲かってるだろうし、そこは我慢だよね。(●´▽`)ナハハ って開き直ってもいるし……。

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物語内に登場する人物・場所・施設等は全てフィクションです。


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