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二巡目の無い整体院の謎。

私は新卒で中堅の製薬会社のMRに入社、その後、病院やクリニックの開業支援・経営支援を行うN社に転職し2年前に独立。独立後は、前職の経験を活かし、主に治療院、美容サロン、個人経営のクリニックの経営支援をしている。

独立後は、古巣のN社から流れてくる案件のお陰もあり、収入も安定しており、そろそろ、個人事業主からの法人成りを検討している頃に、ちょっと特殊な案件に関わる事になった。

その特殊な案件は古巣N社のA先輩からの紹介だった。A先輩は、在職中はもちろんだが、独立後も、古巣N社で引き受ける程ではない小さな仕事などを回してくれたり、私だけでは手に負えない仕事を一部引き受けてくれたりと、何かとお世話になっている先輩だ。


依頼内容

依頼内容は、A先輩の中学時代の親友Zさんが経営する整体院の支援だった。

A先輩によると、親友Zさんは天才肌系の治療家で癖が強すぎるのが難点で、「そのせいだと思うんだけど、集客に困っているみたいだから、何とか上手く支援してやってくれないか」という依頼だった。

確かに今の時代、癖の強い人が嫌厭される傾向が強い事もあって、腕が良いにも関わらず集客に悩む先生が多い。

私が古巣のN社でクリニックの経営支援をしていた時にも、そういう例があった。天才肌で、探究心が強く、こだわりが強すぎる余り、愛想良く対応する事が出来ずに患者さんから怖がられてしまうタイプの先生。恐らくだが、Zさんはこんな感じの人なのだろう。

ただ、これも余程人間性に問題があれば話は別だが、そうでないのであれば、広告規制の無い整体院であれば、その独特なキャラクターをユニークポイント、ストロングポイントに置き換えた上で、しっかりアピールしておけば、むしろ、そういうキャラを好む人達が集まってくるので問題はない。

世の中には癖のある人を好む人も一定数居て、この手の人は一度ファンになると、普通の人以上にご贔屓さんになる。
だから、そんなに難しい案件では無いだろう……。

最初はそう思っていたのだが……。


訪問

後日、X県X市駅からタクシーに乗り、Y町にあるZさんの整体院へと向かった。山間部の自然豊かな町で、道路沿いに田畑が広がり、周囲の山々の景色がキレイな町だった。タクシーの運転手さんも親切な方で、私が「知り合いの整体院の支援で訪れた」と話すとX市について色々教えてくれた。

その中でも、特に気になった話が、「チェーン店の牛丼屋と、地元民が経営する牛丼屋があったら、先にチェーン店の牛丼屋が徹底に追い込まれるくらい地元を重視する人が多い地域」という情報だった。

なるほど、確か、Zさんは東京出身。元は有名ホテルで働いており、腰を痛め通った先生に弟子入りし、今の道に進んだと聞いている。A先輩によると、X県X市を選んだのは、X市が主催する移住ツアーに参加して、「X市のY町に一目惚れした」からだと聞いた。

つまり、Zさんは移住者なのだ。それも癖の強い移住者。恐らく、不調の原因は、Zさんの性格と、こういった地域特性の掛け算にあるのでは?

私はそう考えた。


到着

駅からタクシーに乗って約20分。

X市Y町にあるZさんの整体院に到着した。国道沿いに面したロードサイド立地の店舗で、並びにはチェーンの眼鏡店、スーパー、コンビニ、パチンコ、書店、ドラッグストア、飲食チェーン店などが続く。

駐車場4台の奥に、恐らくだがガルバリウム材の黒を基調にしたテナント。イミテーションの煙突に屋根が斜めになっている辺りに、こだわりの強さを感じる。恐らくだが、居抜きではなく、Zさんが1から建てた可能性が高い。

実際、グーグルマップのストリートビュー(3年前に撮影したもの)で調べると、そこには古いプレハブの入口のガラス戸に「有限会社○○」とある。間違い無い。Zさんが1から建てたモノだ。

テナントの入口の扉の重めの黒色もさることながら、入口の扉を開けると院内の壁も漆喰の黒。床と天井はステインがかった焦げ茶の板材なのだが、照明が明るいので、重苦しい感じは無……。いや、あるのだけど、外観の艶のある黒の重さに比べると、相対的に軽く感じる。

「ごめんください!」と声を出すと、施術室の扉の向こうからから「はーい、今すぐ行きます」という低い艶のある声。間もなく濃紺の作務衣に、髪を後ろで結び、整った口ひげに顎髭の背の高い男性が出てきた。

もちろんZさんだ。

僧帽筋が発達した肩に、首筋の皺の感じからして、いかにも職人肌という印象を覚える。昔、彼女と旅行で訪れた、刀鍛冶の見学会で見た親方さんの雰囲気に似ている。そんなこだわりの強そうなZさんが「こちらへどうぞ」と言って、施術室とは別の引き戸の部屋へと私を案内した。

引き戸の奥は琉球畳が敷き詰められた和室だった。


話し合い

靴を脱ぎ、和室に上がる。Zさんの指示に従い紫の座布団に正座で座る。

すぐにZさんが「あ~、足崩しなよ」と言ってくれたので胡坐にする。その後、Zさんこだわりの漢方茶を飲みながら、早速、本題の「集客問題」について話し合った。

これが、また特殊だった。実は集客そのものは上手く行ってるのだ。新規もバンバン来るし、リピート率も上々。

「どこどこが痛い」と訴えやってきたお客さんが、普通に4回~8回はリピートしている。1回切りで来院を辞めるお客さんは数える程しか居ない。つまり、普通に通い続け、痛みを解消し、Zさんの施術を終え通わなくても大丈夫な健康状態に回復している。

だが、そのお客さんが、2巡目は殆ど来ないのだ。通常、1巡目にこれだけリピートしてくれたら、かなりの割合で2巡目も来てもらえるはず。「最近、腰が痛いな~、またZ先生の所で治してもらおうか」ってな具合にだ。


異常な数字

それにしても2巡目の再来院率が異常に低い。コンサルタントに相談し、再来院を促す葉書を複数回送っている。でも、殆ど来て貰えない。

Zさんは、「経営とは関係無い所に問題がある気がする」と感じたそうで、そこでZさんの学生時代の親友であり、私の先輩でもある古巣のAさんに相談したところ、古巣で主に地方でのクリニック開業支援で、地域特性などに応じた対策に詳しいであろう私を紹介されたわけだ。

古巣のA先輩が言うように、テナントの外観に内装を見ると、確かに「こだわりが強過ぎる」気はするものの、いざZさんと接すると、すごく魅力的な人で、整体師として人気が出る条件を全て兼ね備えている。だから、リピートさえしてもらえたら、A先輩が指摘するような問題はクリアーされるはず。

にも関わらず……。

これは詳細調べてみないと分かりそうにない。という事で、まずは経営面のチェックから始める事にした。


チェックしたものの

まずは売り上げデータを見せてもらった。新規一巡目のリピート率は、ハッキリ言って一般的な整体院の平均よりも遙かに高い数値が出ている。これは大繁盛院になってもおかしくない数値だ。

しかし、二巡目以降の再来院率は平均を遙かに下回る数値。これだけ高いリピート率で、二巡目がこの数値ってのは確かに異常である。一巡目で4回~8回も、これだけ熱心に通うのだから、確実に支持は得ているはずだ。

外観も内装も最初は重苦しいイメージがあったが、施術室内はリラックス出来るスペースになっていた。それに、Zさんの印象からすれば、この外観はむしろ合ってるし、差別化ポイントになっているとさえ言える。実際に接した時の、Zさんの魅力からすれば、外観や内装が足を引っ張るとは考えられない。

そもそも、実際に、お客さんがやって来てる訳だから、そこは問題はないだろう。

集客(販売促進)も、特に問題は無さそうだ。都内の勉強会に参加し学んだという、チラシの出来も良い。Zさんの魅力を上手に伝えているし、便益性の訴求の仕方も変にギラギラしておらず自然だし丁寧だ。

実際、チラシの反響も地方都市という特性を考慮したとしても、かなり良い反響率だ。SNSでの専門性のアピールも上手だし、口コミサイト対策も問題が無い程度には出来ている。

Zさんも、「集客はホント勉強したんですよね」と話していたが、Zさんのこの取り組みだったら、都内の激戦区であっても勝ち上がる事が出来る気がする。


謎は深まるばかり

謎だった。本当に謎だった。なぜ二巡目になると突然こんなに数値が悪くなってしまうのか?

そこで経営以外の要因について質問した。

まずはX市Y町の閉鎖性の問題。X市Y町は元々余所者に対して厳しい地区だそうで、余所者が商売をやって成功するのが難しいと言われている。だが、その場合、新規客の獲得に苦戦しているはずだ。

それに、Zさんは地元の消防団にも参加して、地元に尽くしているそうだから、多分その可能性は低い。大体、国道沿いのこの立地であれば、地方とは言っても、そこまで閉鎖性の影響を受けない立地でもある。

Zさんによると、もう1つ有り得るのが町の実力者であるお医者さんJ氏の存在だ。J氏の弟が地元の政治家をしており、ひょっとしたら、お客さんが何かの会合で「Z整体院良かったよ!」なんて言おうものならば、「そんな所に通うな」みたいな具合に変な圧を掛けてくるのかもしれない。

こういう例は流動性の低い地方都市ではよくある事。何となくだが私は、ここに原因があるような気がした。そこで、後日、X市Y町に一泊か二泊しながら、その実態を探ってみる事にした。

A先輩からも、「古巣の美味しい仕事を1つ振るからやってもらえないか」とお願いされたので、こうなったら徹底的にリサーチしてやろう。


リサーチ

翌々週、リサーチのため、2泊3日でX市Y町に訪れた。

町の実力者のお医者さんJ氏の実態を調べるために、地元のタクシー運転手さんへの聞き取りを入口に、地元の青年団の団員、J氏弟の対立政党の元議員、夜のスナック等々、とにかく色々な人に話を聞いてみた。

しかし、皆、実力者J氏について尋ねると、
「いや~、聞かないな~」
「そんなの噂話だよ」
「俺は、知らないな~」
と言った具合に惚けたように口を閉ざす。

狭い町だから、チクったのがバレるとヤバイのだろうか?

だが、J氏の弟が所属する政党と対立候補にあり、年柄年中喧嘩してるらしい元議員のK氏も、J氏の悪口は言うものの、「余所者に圧力を掛けるような事はしてないんじゃないの」と口を濁す。


役所で聞き取り

K氏の紹介で裏で地元対策などを担当している役所の地域振興課の課長Cさんにも話を聞いたが、「確かに、X市Y町に住むお年寄りの中には余所者に対して厳しい人も居るけど、それも山間部の集落の人達の話で、街中の工場街には、そもそも市外や県外からの人が多数務めていて、近所に住んでいたりするので、余所者に対して、むしろ親切な人が多いよ」との事だった。

小さな声で、地元の有力者であるJ氏の圧力についても尋ねたが、振興課のCさんによると、「それはJ氏の先々代の話だよ」との事。先々代は20年前に既に亡くなっており、先代は80歳超えで数年前から県内の中心都市にある高齢者施設に入居中。

当代のJ氏は、人格者でそういう事をしない人で、むしろX市の移住希望者向けのお試し移住(2週間~1ヶ月間試しに住んでみる制度)に、所有する3階建てのマンションをただ同然の価格で提供してくれてるような人だそうだ。

完全に迷宮入りしてしまった。

一応、私は「とある企業から依頼されて」という態で調査を進めていたのだが、振興課の課長Cさんも、こんな問い合わせ、余程珍しかったのか、「どういう企業ですか?」という質問を皮切りに根掘り葉掘り聞かれる事に……。

私は、「実はあるコンサルティング会社から依頼された市場調査なんですよ。ここは守秘義務があるので言えませんが……」と惚けていたのだが、何と、そこに、たまたま私がZ整体院に入るのを目撃した役所の方が居て、「あれ、あなた、先月さ、Z整体院で見掛けたんだけど……、何か関係あるの?」と不意をつかれる。

一瞬言葉を失ったが、スグに立て直し、

「ええ、実はたまたま知り合いだったので、最初にZさんに聞きに行ったんですよ」
「あ~、そうなんだ。でもあの人2~3年前に移住してきた人だよ」
「ええ、だから逆に客観的に評価できるかなって思って……」
「そうかそうか、ずっと住んでいる人は分からないもんね」

上手く誤魔化せた。

「でもさ、あのZ整体院さんね……」
「えっ?」

何と、想定外の事実がココで判明する事になる。

噂を確かめる為に。

想定外の噂を確かめる為にZ院を訪れ、客として施術してもらった。いざZさんの施術を受けてみて理由が判明。単に腕が悪かったのだ。

いかにも天才肌な職人かのような風貌に、堂々とした態度、艶のある低音ボイスの説得力、さらに大学のディベート部で鍛えたという理路整然としたしゃべり……。私自身騙されていたのだ。いや、恐らくX市Y町のお客さんも騙されていたに違いない。何しろ、見た目はもう天才だし無駄に堂々としている。

最初に施術を受けた時に「おや?」と思っても、「こういうものなのかも」と自分の頭の中で修正する。だけど、2回目、3回目と通う内に段々と、「あれ?やっぱり下手じゃね?」となってくる。でも、圧倒的な説得力の前に「あっ、そういうものなのかな?」と再度修正する。が、やっぱり通い続ける内に「これ、口だけだ!」と気付く。

そこで初めて通う事をやめる。だから、データ上は4回~8回も通ってる為、指標的にはリピーターとカウントされてしまう。しかし、腕が悪くて全然良くならない。加えて値段が高めだから2巡目は無い。

こんな初歩的な理由だったのだ。

私は困った。

普通に獲得したクライアントだったらズバリ言えば済む話だろう。それで先方が腹を立てて契約解除を言ってきた所で、別にどうでも良い話だ。ただ、Zさんは、私が尊敬する古巣のA先輩の親友で、先輩の紹介で支援する事になった特別なクライアント。先輩に迷惑を掛けるワケにもいかないし、先輩に本当の事を伝えるのも心苦しい。

何しろ、先輩すら騙されているのだから。

私は悩んだ。


チャンス。

しかし、Zさんオススメの魚料理屋で酒に食事に楽しんでいる最中、私の「これから整体業界も大変ですよね」という何気ない一言に、Zさんから、「これからは自分の事は自分で解決する。自力整体の時代だと思うんだよね」という言葉が発せられた。

私は聞き逃さなかった。

「自力整体」とは要するに体操の事。体操の仕方だけを教えて、体操自体はお客さん自らがする。

私は「コレだ!」と思った。

これだったら、お客さんに直に触れないのでZ先生の腕がバレる事はない。そして、何より天才肌な風貌に堂々とした態度、艶のある低音ボイスの説得力に理路整然としたしゃべり。体操の仕方を教えるだけならば、きっとイケるに違いないと思ったのだ。

その見立ては正解だった。

以後、Z先生は整体師ではなく、いわばインストラクターとして、Z式自力回復体操を指導する事で、予約が取れない先生として大人気になり、ついには出版にまで漕ぎ着ける。

当然、Z先生からも、A先輩からも感謝されたし、Z先生の虚像を守る事にも成功した。

長所を活かす場合、長所を帳消しにしてしまう短所を、「いかに隠すか?」「いかにバレないようにするか?」という事がどれだけ重要か……。

本当に勉強になった案件だった。

(了)

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物語、及び物語内に登場する人物・場所・施設等は全てフィクションです。

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