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02:諦めるって案外難しい。

アパートの入口には一応、朽ち果てた扉がついている。防犯上の物理的な効果は全く無いと思うが、そもそも泥棒だってこんなアパート狙わないだろうし、この朽ち果てた扉を見たら泥棒も侵入する気が失せるに違いないだろうから、気を削ぐという意味では防犯には役立っていると思う。

これもいつもの事だが、入口から細い砂利道の5メートルくらいの通路の端にシーチキンと鰹節が混ざった猫の餌が撒かれている。内の隣部屋の住人は「ネズミ除けかな」などと言ってたが実際は分からない。

ちなみに以前、シーチキンを漁りに来たブチの常連猫が口に鳩を咥えている姿を俺は目撃した事があるので、「ネズミ除け」のシーチキンだとしたら、ブチは食い逃げ扱いした方が良い思う。

とまあ、誰がやってるのかは知らないが、苦情を言う奴も居ないので、もう数年に渡ってこの状態だ。(大家さんがやってる訳では無い上に、大家さんもネズミ除けだと思ってるらしい。by隣の部屋の住人)

そんな「ネズミ除けのシーチキンロード」を過ぎ、ボロボロのアパートの2階へと昇るペンキ剥がれ放題の鉄製の階段の下を潜り、ヒビの間から雑草だらけのボロボロなコンクリの段に上る。コンクリの段の上には、ノブからフレームまで錆びだらけの扉が4つ並んでいる。扉と扉の間には、洗濯機置き場があり、なぜか一番奥の104号室だけ冷蔵庫が置かれている。

洗濯はどうしてるのだろうか?と問いたい所だが、俺の住む101号室も洗濯機は置いてない。基本、3点ユニットバスの体育座りサイズの真四角の浴槽で手洗いするか、近くのコインランドリーで済ませている。恐らく104号の住人もそうだと思う。ただ、冷蔵庫は何の為? 部屋の中に、一応は冷蔵庫を置くスペースはあるはずだが……。冷蔵庫が2つあるのだろうか?

扉の脇のポストから、水道局の封筒、ボロアパートから5~6分の場所に建築中の億ションの「嫌味かよ」ってチラシ1枚と、近所のクリーニング屋の「助かるよ」って割引券付きのチラシを引き抜くと、古い型のペタンコな鍵をさした。

扉を少し浮かした上で絶妙な位置にギザギザを調整しないと開かない微妙な鍵で、いつも数十秒は苦戦する。でもこの扉、プロの泥棒なら10秒で破れるんじゃないだろうか? 

微妙な鍵に苦戦し、錆びだらけの扉を開けて、靴3足と半が限界の玄関で靴を脱ぐと、経年劣化でボロボロの上がり框に足を掛けないよう部屋に入る。

部屋の広さは確か13㎡程だったと記憶している。玄関スグのスペースに、キッチンから、ユニットバスから、古いガス設備からが集中しており、磨りガラスの扉を隔てた向こうが、居間と呼ぶべきか、寝室と呼ぶべきか、何と呼ぶべきか分からん4.5畳の和室になっている。

入口なのかキッチンなのか分からんスペースにはゴミ袋が5つ積もっており、その周囲に空き缶やペットボトルが一応は整然と並んでいる。これまたキッチンなのか、3点ユニットバスの更衣スペースなのか、はたまた廊下なのか分からん、くすんだ茶色の板張りの上には、衣類、お菓子等のパッケージ、チラシ類などが俺的には決まった置き場所に整然と、でも客観視したら間違いなくだが散乱している。

ゴミ屋敷という程酷くはないが、それでも時々粘性の咳が止まらなくなるくらいには汚い。

磨りガラスの扉を開け、メインの和室に入る。和室は、俺的にはゴミ認定してない物達の散らかりなので、整理整頓の途中という判断だ。「汚い」の意味もゴミ屋敷の意味ではなく、引越直後の片付けが済んでない意味での汚い、というか「雑然」としているという状態、という事にしてある。

そんな雑然認定した部屋でスーツからジャージに着替えると、雑然の隙間に座りペットボトルのお茶を飲み一息ついた。

俺も元々こうだった訳じゃない。学生時代から1人暮らしだったが、当時はむしろ整理整頓が行き届いていた人間で、同じく1人暮らしのだらしない友人達の部屋の片付けなどを手伝ってたくらいだった。

こんな風に荒れ始めたのはいつだったか? 

離婚がキッカケのような気もするが、もっと前から、自分を諦めるに連れて、何もかもがいい加減になっていった気がする。でも、それは正確な言い方ではないかもしれない。どこかでダメな自分になろうとしていたのだと思う。俺がダメな理由を、仕事以外の部分で納得いく形で作らないと、自分の存在そのものに矛先が向かいそうで怖かったのだと思う。

要は、「俺だってやれば出来る」という反転した希望というか縋るエクスキューズみたいなモノを守りたかったのだと思う。諦めるってのは結構難しいし、思った以上に大変なのだ。まして、俺は学生時代はサッカー部でそれなりに努力して結果を出してきた人間。変な言い方かもしれないが、こういう成功体験があるせいで、諦めが悪い人間になってしまった。

どこか、まだ自分を信じている。ポテンシャルがあると信じている。この粘性の痰みたいな自信と現状との整合性ってもんをつけようと思ったら別の理由が必要になる。その結果が、この部屋の中途半端な乱れぶりなのだと思う。

<続く>


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