【映画レビュー】「スパイダーマン2」(2004年) ~ヒーローとして生きるか、自分の人生を生きるか~

「スパイダーマン2」(2004年 アメリカ 127分)
監督 サム・ライミ
脚本 アルヴィン・サージェント
出演 トビー・マグワイア、キルスティン・ダンスト、ジェームズ・フラン、アルフレッド・モリーナ

【あらすじ】
 ノーマン・オズボーン(グリーン・ゴブリン)が死亡してから、数年後。
 周囲にスパイダーマンであることを隠しつつ、スパイダーマンと大学生の二重の生活を送るピーター。

 バイト中であっても、事件が起きるたびにピーターはスパイダーマンになるため、バイトはすぐクビに。アパートの家賃も払えず、大学では欠席が多く教授からは冷遇される。

 想いを寄せているMJは舞台俳優として活躍するも、彼女が出演する舞台を観に行けず、MJからも距離を置かれていた。
 更に友人のハリーはスパイダーマンが父(ノーマン・オズボーン/グリーンゴブリン)を殺したと誤解しており、八つ当たりの標的になってしまう。
※ハリーはスパイダーマンの正体がピーターだとは知らないのだが、ピーターが生活費のためにスパイダーマンの写真ばかり撮っているので、ピーターがスパイダーマンの知人だと誤解している。

 プライベートも人間関係も上手くいかずに疲弊するピーター。
 トドメと言わんばかりにMJから「(違う男性と)結婚する」と言われる。
 ピーターは自分がスパイダーマンでいる限り、ピーター・パーカーという自分の人生を生きれないと嘆く。

 そんな苦悩の日々を過ごしていたせいか、ある日、ピーターは突然、蜘蛛の能力が使えなくなり、スパイダーマンとしてもスランプに陥ってしまう。


 同じ頃。人工太陽を作ろうとしているドクター・オットーことドクター・オクトパスは、作業用の大型アームを背中に装備して最後の実験を行っていたが失敗。その影響で妻を失ってしまう。
 しかも、アームが体から離れなくなり、次第にそのアームに搭載された人工知能に精神を支配され、悪業を犯してでも再び人工太陽を作ろうと暴走を始める。

 スパイダーマンでいることよりも、自分の人生を選んだピーター。
 自我を失い、暴走するドクター・オクトパス。

 ピーターにとって最大の試練が訪れる。


 たぶん、本作はスパイダーマン映画最高傑作ではないでしょうか。

 ここからはネタバレになりますが、自分の人生が生きれないと嘆き、蜘蛛の能力を失ったピーターはスパイダーマンを辞め、ようやく平穏な日常を過ごします。
 だが、ある日、火災現場に遭遇。子供の命を助けることは出来たが、まだ火災現場には人が残っていて助けられなかった。
 ピーターは自分がスパイダーマンを辞めたことによって、犠牲者が出たことを悔いる。

「僕は、僕の人生を生きられないのか……」

 叔母さんの言葉とMJの危機により、再び力を取り戻したピーターはスパイダーマンに戻り、ドクター・オクトパスと電車の上で戦う。
 ドクター・オクトパスは電車のブレーキを破壊。
 スパイダーマンは暴走した電車をなんとか止めることは出来たが、力尽きる。
 電車の中に居た人々は、マスクを外したままで力尽きたスパイダーマンを救出。
 そして、人々はスパイダーマンの素顔を見て驚愕する。

「まだ子供じゃないか……」

 そう。ピーターは蜘蛛の能力を持ってしまっただけの普通の若者なのだ。
 そんな普通の若者が自分を犠牲にし、毎日、多くの人々を守ってきたのだ。
 目が覚めたピーターはマスクがないことに気づく。
 だが、電車の中の人々は誰にも正体を言わないと約束する。
 そして、ドクター・オクトパスが再び現れた時、電車の中に居た人々は「(スパイダーマンを捕まえるなら)俺を倒してからにしろ」と次々と立ち上がる。

 このシーンで、私は泣いた。

 街の人々を守ってきたスパイダーマンが、街の人々に守られたのだ。
 等身大の若者が、ヒーローになってしまった苦悩を描き切った本作はスパイダーマン映画最高傑作ではないかと思う。


 ラスト。MJに正体がバレたピーター。
 スパイダーマンで居続けることを選んだピーターは、これ以上、MJを危険な目に遭わせられないと彼女との決別を選ぶ。
 だが、MJは自分の結婚式から抜け出し、ピーターの元へ。

「ヒーローだって救われるべきよ」

 MJは危険であっても、ピーターと共に居ることを選んだのだ。
 孤独に戦い続けたピーターが、ようやく報われた瞬間だった。
 その直後に事件が起き、ピーターはスパイダーマンになって街を駆け巡る。

 スパイダーマンの背中を見つめるMJの表情はやや曇っていた。
 この時の彼女は、なにを思っていたのか?

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