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不急不要の恋

コロナでだれもが息を潜めて、どうにもならない世界をただ見守るしかなかったころ、

作家としてなにかできないかと思い、ツイッターに毎日連載していたツイッター小説です。

全183話。

不要不急としなかったのは、当時本当に必要な情報のじゃまにならないように。

リアルタイム感を出すために、当時のタイムスタンプは残しました。

特別なことは何もなく、ただそこにあった日常の物語です。





【不急不要の恋】

小学校の卒業式はなかった。
中学校は始まらない。

僕は何者でもないまま、スーパーで玉子が1パック98円であることに心が躍ってしまうようになった。

一日一度のおつかいが楽しい。
多分、彼女もそう思っているはずだ。
近所に住んでいるはずなのに、知らない女の子だった。


2020-04-09 18:08:48

【不急不要の恋2】

僕の通っていた小学校は校門までほぼ一本道。
だから、6年間一度も彼女を見たことがないのが不思議だった。
中学生かな?
引っ越してきたのかもしれない。
最近よく会うなあ。
僕がよく食べる四つ入りのヨーグルトが彼女のカゴに入っている。たったそんなことで親近感がわいた。


2020-04-09 18:25:56

【不急不要の恋3】

僕は一人っ子で、放課後近所をよくうろうろした。
だれか友達がいないか、パトロールみたいに公園を見てまわったり。
でも、彼女は知らない。
もしかして、うんと年上なのかしら。
彼女はおやつ売り場を素通りして、レジに向かう。
僕はあわてて、おまけ付きのおやつを棚に戻した。


2020-04-09 18:39:52

【不急不要の恋4】

お昼すぎ、急におつかいを頼まれた。
ヤバい。
この時間だと、まだ彼女は来ない。
なんとかずらせないか、真剣に頭を使った。
「いつもの時間でいい?」
「いいけどなんで」
「…お惣菜安くなってるから」
お母さんは納得した。
なんだろ、このものすごい達成感。
やってやった感。


2020-04-09 20:01:12

【不急不要の恋5】

僕らは牛乳売り場の前に並んで立っている。
こんなことにならなければ、
僕も彼女も、学校に行っていた時間。

嵐が過ぎ去ったあとは、もう二度と来ることはないんだろう時間。

僕は牛乳を買った。

こっそり家でがぶ飲みした。
はやく、無くなれ。


2020-04-09 21:30:38

【不急不要の恋6】

中学生になり損ねて一週間目。
今日は、レタスが150円以下ならふたつね、と言われた。
「大きくて、スカスカじゃないやつね」と母。
迷っていると、彼女がやってきて、値段を見てレタスを二つカゴに入れた。
(ためらいがない)

この春、僕は正しいレタスの買い方を覚えた。


2020-04-09 22:24:59

【不急不要の恋7】

たのまれたものをカゴに入れて、
時間になると、ソワソワ。
今日は来るかな。
また会えるかな。

ひとがまばらのスーパー。見渡しても彼女はいないようす。
なあんだ。がっかり。
牛乳を買おうとして、
(うわっ、いた!)
彼女がいた。

そうか。
髪型がいつもと違うんだ。


2020-04-10 08:45:36

【不急不要の恋8】

メモを見ながら買い物をしていると、
カートを押して、彼女が通り過ぎた。

片手でスマホを見ながら、次々にカゴに放り込んでいく。

かっこいい。
やっぱり、少し年上なのかも。

お母さんに、次はスマホに送ってとお願いした。
「…もう中学生だし」

うーん、ちょっと苦しい。


2020-04-10 10:40:33

【不急不要の恋9】

四つ入りの納豆と、
四つ入りのヨーグルト、
鯖の切り身も4枚。
トーストはいつも6枚切り。

キウイふたつを買っていく。

4人家族なのかな?

ひっこしてきたばかりなのかと思っていたけど、
インターナショナルスクールなのかも。

英語の勉強、しなきゃ。


2020-04-10 15:23:29

【不急不要の恋10】

こんなときだから、
一日一回だけ許された外出が、すごく特別な時間になる。

買い出しのために出かけたスーパーで、
あ、あの人前も見たな。とか、
あの子たち、前も一緒に来てたなとか、
人の生活の姿が、まえより鮮明に見えてくるんだ。

それと、
もっとまぶしい、人もいる。


2020-04-10 18:33:06

【不急不要の恋11】

ペンギン柄のエコバッグとか、
シャンプーの種類とか、
牛乳は、安いほうを買うんだとか、

知ってることはどんどん増えるけど、

たぶん、これからもずっと、名前も知らないままなんだろう。

そう思うと、なんだか前より近づけなくて、
帰り道は、シュンとしてしまった。


2020-04-11 09:29:43

【不急不要の恋12】

シュンとしてスーパーを出て、信号待ちをしていると、
あの子が自転車でやってきて、僕の隣で降りた。

えっ、
こっち!?
家、こっちなんです!?

いつもは鬱陶しい信号待ちが、
めちゃめちゃ短くて、
もうちょっと、もうちょっとだけ。
青にならないでと。

目を白黒させる僕。


2020-04-11 09:37:02

【不急不要の恋13】

信号が青になると、
彼女は颯爽と自転車にまたがって、
あっという間に僕を追い越して、
一つ目の角でまがって、消えた。

僕は彼女が曲がった角で、ぼんやり立ち尽くして、
こんなに見たことないくらいに、ただの道を見た。

いつもは重い牛乳が重くない。
不思議なことばかり。


2020-04-11 11:54:42

【不急不要の恋14】

今日は雨。
けっこう横殴りで、風も強い。
自転車は危なそうだ。

ばか、雨!
夕方までにあがれ。

念じながら、グーグルマップを見てしまう。

べ、べつに、ストーカーじゃないし。
家、探さないし。
キモいことはしない。

ティッシュと輪ゴムで、てるてるぼうず。
雨、あがれ。


2020-04-11 14:26:16

【不急不要の恋15】

夕方、小雨。
外の空気が吸いたいからと、やや強引に、
たまごひとつのおつかい。

いるわけないとわかっていたけど、
なんとなく、
来ただけでうれしくなった。

ヨーグルトでしょ、納豆とキウイふたつ。
まねしてるみたいで、いつもは選べなかったもの。

帰ったら、怒られた。


2020-04-11 19:23:25

【不急不要の恋16】

チャンスはふいにやってきた。
お米を買った彼女がエコ袋に入れようとして、
袋の取っ手がちぎれちゃったんだ。
「あっ!」
ビリッと音を立てて袋は裂けた。

ぼくは、
「これ、使ってください」
さりげなく、予備の袋を彼女に渡して、
会釈し、先にスーパーを出た。

妄想した。


2020-04-12 10:03:11

【不急不要の恋17】

そう、ただの妄想だ。

実際のところは、
僕が、ああっどうしようどうしよう?!焦っている間に、
彼女は颯爽と左手で米10㎏を抱え、
カートを戻し、
自転車のカゴに荷物を載せ帰ってしまったのだった。

これが経験の差、教養の差であると、
僕は、やや硬いごはんを噛みしめた。


2020-04-12 10:28:03

【不急不要の恋18】

彼女と同じ時間にスーパーにいるようになってから、
できなくなったことがある。

子供っぽいおやつをじっくり選ぶこと。
エスカレーターで二往復すること。
買いもしないガチャガチャをひたすら眺めること。

なんでかわからないけど、
できない。

僕ってかっこつけ。


2020-04-12 23:21:59

【不急不要の恋19】

98円の玉子がなかったので、208円の玉子を買っていいかどうか母に電話。
「ちがうよ、178円のもないんだよ」
電話を終え牛乳ゾーンに行くと、彼女もだれかに電話してた。

「たまには高いやつ買ってもいい? だっておいしいやん」

わかる。

「いろいろ食べたい」

わかる。


2020-04-13 10:59:23

【不急不要の恋20】

朝起きてごはんを食べ、
母のそばでワークを解き、
掃除機をかけて、また食事。

休憩と読書、時々ゲーム。

ループしているような閉じられた中で、
おつかいの時だけが、
僕の中で予測できない刺激になる。

今日は、彼女を最初に見たときと同じグリーンの上着。
また、どきり


2020-04-13 13:42:44

【不急不要の恋21】

びっっっっっ、くり、した……

あのね、

あのね、きいて。

ほんとに、ほんとにびっくりしたんだけど、

彼女と、しゃべった。


2020-04-14 13:43:47

【不急不要の恋22】

スーパに着くと、彼女がちょうど買い物を終えて、こっちに向かってカートを押してくるところだった。

しまった、もっと早く来たらよかった。

ややうつむき加減に入店。
僕は、カートとカゴに手をかけようとして、

「使いますか?」

って、彼女が、僕に、言ったんだ!!!!!


2020-04-14 18:15:43

【不急不要の恋23】

僕はびっくりして、でも反射的に
「あ、はい」
って、勝手に答えてた。

…あれは、僕じゃない誰かが言ったんだ。勝手に!

僕だったら、僕だったら、もっと感じよく、お礼も言ったのに。「ありがとう」って。

「あ、はい」
じゃねえよ。
ばか。

ばかばか、
バーカ。

悔しい…


2020-04-14 21:36:02

【不急不要の恋24】
 
その夜、ふとんの中でずっと考えた。

明日会ったらどんな顔をすればいいのかと。

「昨日はありがとうございました」?

いやいや、カート譲ってもらったくらいでお礼って…
知らないおばさんになら言わない。

いや、でも知らない人じゃない。

つまり、これはチャンスだ。


2020-04-15 08:29:18

【不急不要の恋25】

何度も家でイメトレした。

さあ、いまこそ実行の時。

彼女をさがす。

いた!

さりげなくカートを押して近付く。

彼女がいつも買うおとうふを手に顔を上げる。

僕は……

なにも言わず、

ぺこりと、会釈。

そしたら、むこうも、

ぺこりと、会釈。

大成功!!!!!


2020-04-15 11:58:14

【不急不要の恋26】

動画サイトの、10秒前に戻るボタンを押したみたいに、

僕は何度も何度も、

僕を見て、ぺこっとした彼女のことを思い出す。

自分でも、

ヤッバ!!

って思うけど、

お風呂にいても、スマホをいじってても、

ああ、はやくはやく、明日になればいいのに。

そればっかり。


2020-04-16 12:24:48

【不急不要の恋27】

スーパーに行くだけなのに、
ちょっと自分のにおいを嗅いだりして、

スーパーに行くだけなのに、
夕方までとれない寝癖をキャップ帽でごまかして、

スーパーに行くだけなのに、
何故か、歯までみがいてる。

鏡と何度もにらめっこ。

スーパーに、行くだけ、じゃないから。


2020-04-16 21:42:00

【不急不要の恋28】

その日は、なにか起こる気がしていたのに、

彼女に会えなかった。

たった一日見ていないだけで、心配で、

話したいとか、知り合いたいとか、
考えたことを反省した。

そのとき気づいたんだ。

いま「友達」になれないと、

もう一生、知り合うことはないだろうってことに。


2020-04-16 21:50:31

【不急不要の恋29】

いつか、この状態は終わりを告げて、

僕らは元いた日常へかえっていく。

この時間スーパーには来られないし、

僕も毎日来たりはしないだろう。

どうすればいいのかわからない。

こんなこと、だれにも聞けない。

こんなしんどい気持ち。

どうして始まってしまったのか。


2020-04-16 21:57:00

【不急不要の恋30】

うんと小さいとき、

トイレに行きたいと言えず、我慢したときの気持ちを思い出した。

なぜ手をあげなかったのか、
駆け出さなかったのか、

答えはかんたん。

”できなかったから”

そう、僕はいま、分岐点にいる。

強烈な静けさの中で、

自分で変化を作り出せるかどうかの。


2020-04-16 22:05:34

【不急不要の恋31】

布団の中で考えた。
寝返り打ちすぎて髪がぐっしゃぐしゃ。

午後五時。
僕はキャップ帽の中に髪を押し込んで、家を出る。

世界は急に変わりすぎて、
柔らかすぎるマットの上をいつまでも歩いているようだった。

その日、たまご98円。
思わず、
「やった!」

彼女が笑った。


2020-04-17 09:30:47

【不急不要の恋32】

小学校の卒業式はなかった。
中学校は始まらない。

私は何者でもないまま、スーパーで玉子が1パック98円であることに心が躍ってしまうようになった。

一日一度のおつかいが楽しい。
多分、彼もそう思っているはずだ。
近所に住んでいるはずなのに、知らない男の子だった。


2020-04-17 11:24:10

【不急不要の恋33】

中学校の説明会にいなかったから、ああ、私学にいく子だ、とすぐわかった。

たまご98円、うれしい。
お母さんが朝仕事から戻ってすぐ食べて寝られるヨーグルトは絶対きらせられない。
夕方は好きだ。惣菜が半額になるから。
お弁当にからあげを入れたい。
おばあちゃんには鯖を。


2020-04-17 17:43:50

【不急不要の恋34】

ヨーグルトは全部お母さんが食べる。仕事場にも持って行く。
鯖を食べるのはおばあちゃんと私。
今日はレタスが安い。
最近体重が気になるからおやつは食べてない。
男の子は太らないからいいよね。おやつコーナーを素通りして、レジに向かう。
コロッケ半額をゲットした。


2020-04-17 20:34:21

【不急不要の恋35】

お昼すぎ、急におつかいを頼まれた。
だめだよ。
この時間だと、まだ安くない。
「夕方でいい?げそから、五時に半額になるよ」
おばあちゃんは入れ歯なのに、げその唐揚げが大好きなのだ。
「しかたないね」
と、おばあちゃん。
げそからとビールってそんなにおいしいのかな。


2020-04-17 21:17:36

【不急不要の恋36】

私は一人っ子で、おばあちゃんは私と住めてうれしいみたい。
引っ越してきたのが最近で、こっちに友達はいない。
だから彼を知らない。
携帯電話で「卒業式もなかったし」と話してた。だから同い年だ。
スーパーで見るようになったのは最近。レタスの値段も知らないみたいだった。


2020-04-18 11:56:05

【不急不要の恋37】

私達はいま牛乳売り場の前に並んで立っている。
こんなことにならなければ、
彼も私も、学校に行っていた時間。

嵐が過ぎ去ったあとは、もう二度と来ることはないんだろう時間。

彼は牛乳を買った。

ああー、高くておいしいやつだ。
いいなあ。


2020-04-18 11:57:58

【不急不要の恋38】

中学生になり損ねて一週間目。
今日は、家の大掃除をした。
お母さんは朝帰ってきて、寝ている。最近夜勤ばかり。
生野菜を食べられないって言ってたから、今日は山盛りサラダを作る。昨日、レタスをふた玉買って正解。

掃除して汗かいた。
髪の毛切れない。
伸ばすしかないか。


2020-04-18 12:01:59

【不急不要の恋39】

東京のお父さんとフェイスタイムするために、おさがりスマホをもらった。
ヘアアレンジ動画も見れるし便利。

おばあちゃんが、お母さんが小さいときの服を出してきた。
なんと、私にぴったり。
二人で窓際のファッションショー。
楽しいな。
写メってお父さんに送ろう。


2020-04-19 10:33:42

【不急不要の恋40】

四つ入りの納豆と、
四つ入りのヨーグルト、お母さん用。
鯖の切り身も4枚。おばあちゃんと私。
トーストはいつも6枚切り。家族三人だから。

キウイふたつは、夜勤のお母さんが職場で食べやすいフルーツ。
今日はちょっと贅沢して、ゴールデンキウイ!
毎日特売だといいのに。


2020-04-19 10:36:35

【不急不要の恋41】

こんなときだから、
一日一回だけ許された外出が、すごく特別な時間になる。

買い出しのために出かけたスーパーで、
あの人前も見たな。とか、
あの子たち、前も一緒に来てたなとか、
近所に住む人のこと、ちょっとずつ覚えてきた。

それと、
なぜか、毎日会う男の子もいる。


2020-04-19 10:40:43

【不急不要の恋42】

何十年も使ってなかった、おばあちゃんちの布団部屋から、湿気たふとんを捨てた。

6枚も!

布団がなくなったすっからかんの押し入れは、
秘密基地のようで、
今日はぜったい、ここで寝てやろうと決めた。

あっ、買い出しにいかなきゃ!
今日は自転車で!
おっと、エコバッグ!


2020-04-19 14:42:54

【不急不要の恋43】

今日は牛乳特売の日。
2本買った。
おかあさんはミルクティー派だから。
最近、朝、仕事から帰ってきてすぐお風呂に入るようになった。
寝る部屋も別にしたいって。

そうそう、今日あの男の子が交差点にいた。
いっつもむすっとしてるから、いやいやおつかいにきてるのかな…?


2020-04-19 21:23:18

【不急不要の恋44】

今日は雨。
風もあって自転車は危なそう。

かといって、歩きは距離があるし、
夕方までにあがらないかな。

久し振りに押し入れで寝たら、
むかしほど居心地良くなかった。
成長したから窮屈に感じたのかも。

フリマアプリとにらめっこ。
無料のカーテン、地元で出ないかな。


2020-04-20 10:00:39

【不急不要の恋45】

とか言ってたら、
で、でたー!!ニトリのカーテン!!
しかも、この人、ストッカーも無料で出してる。
憧れの、足つきマットレスも。

即、住所を見る。
となり駅だ!
なんとか運べないかな。

お祖母ちゃんの名前で登録、ログイン。

雨、
せめて雨、あがれ……


2020-04-20 10:05:43

【不急不要の恋46】

結局、やりとりを、起きてきたお母さんと進めて、
昼からカーテンだけ取りに行くことになった。

本当はベッドもストッカーも欲しかったんです、と言うと、
引っ越しの日に家の前を通るから、置いていってあげるよと。

引っ越しは明日らしい。

かみさま!!
ヘ(・.ヘ)(ノ.・)ノ


2020-04-20 10:10:30

【不急不要の恋47】

へへへ~

聞いて~

私の部屋ができたの!

四畳半の布団部屋だけど、ベッドも自分用の服を入れる場所もある。

カーテンは、マリメッコみたいな素敵な柄。
窓にはちょっと長いけど、気にしない!

何度も何度も、ドアを閉めて、開けて、中を見てしまう。

これが私の部屋!


2020-04-20 11:56:46

【不急不要の恋48】

譲ってもらった足つきマットレスベッドは、
置く場所がなくて、
考えた末、押し入れを開けて半分中につっこんだ。

うん、いける!

私のベッド!
ベッドに膝をたてて、窓から身を乗り出す。
景色がぜんぜん違う!

あ、明日お米10㎏2880円の日だ。
忘れないようにしないと!


2020-04-20 21:27:08

【不急不要の恋49】

お気に入りのペンギンのエコバックが、
やぶれちゃった…

今日はお米の特売だったし、
昨日は部屋の片付けで、買い出しに行けなかったので、
買う物が多くて、
油断した。

でも、買えてよかった。

レジで、あの男の子がこっちをガン見してて、
恥ずかしくて大急ぎで店を出た。


2020-04-21 08:56:36

【不急不要の恋50】

5時から売り出しの玉子1パック98円が、今日のおめあて。
お父さんが好きだった、ちょっと高いヨーグルトを発見。
東京の家にいたときは、みんなでよく食べた。

「たまには高いやつ買ってもいい? だっておいしいやん」

お母さんが帰って来る前に食べよう。
証拠隠滅だいじ。

【不急不要の恋51】

学校はないけど、バタバタ忙しい。
おばあちゃんの家はほとんどが倉庫みたいで、
別の意味でマスクが必要だ。

「お母さんにそっくりやね」
 
お母さんの緑色のカーディガンを着たら、
おばあちゃんが、目を細めた。

だから、なんとなく、しょっちゅう着ている。


2020-04-21 22:06:44

【不急不要の恋52】

さっき帰るときちょうどあの男の子が来て、
なんか元気なかったから、
どうしたのかなって思って見てたら、
目が合ってしまった。

びっくりして、なにか言わなきゃと思って、
とっさに「カート使いますか」って言ったけど、
じろじろ見て、変に思われたかな。
気をつけよう。


2020-04-22 09:51:17

【不急不要の恋53】

スーパーから帰ると、お母さんがグラタンを作っていた。
自転車で出勤しなきゃいけない、という話。
お母さんの職場までは電動じゃないとちょっと遠い。

最近ずっと疲れた顔をしているので、話を変えようと、むりやりあの男の子の話をした。
そしたら、お母さんにやにやしてた。


2020-04-22 10:05:50

【不急不要の恋54】

「友達ができてよかったやん」

「友達ちがうし。ほとんどしゃべったことないもん」

「じゃあ、しゃべったらいいやん」

「あのねえ……」

お母さんは、出勤するまでずっとその男の子の話を聞いてきた。

にやにや顔でも、まあ笑ってるうちだから、いつもの顔よりいいかな?


2020-04-22 10:09:02

【不急不要の恋55】

お母さんが出勤した頃、
お父さんから、メールが届く。

私が夜勤ばっかりだって言ったからだろう。

本当は、明日会う予定だった。
月に一回は会おうって言っていたから。

だけど、こんなことになって、
今度はいつ会えるんだろうって、お父さんは言う。

寂しいみたい。


2020-04-23 09:51:31

【不急不要の恋56】

お父さんはいまも、私達が住んでた世田谷のマンションに住んでいるらしい。

本当はこんなふうに、私とメールでやりとりするのも、よくないんじゃないかな。

そんなことを考えていたら、スーパーの時間!

やっぱりあの男の子がいて、

ぺこっと会釈してきた。いつもの恐い顔。


2020-04-23 09:54:26

【不急不要の恋57】

私より背が高いし、

なんかいつも顔がこわばっていて、

よっぽどおつかいが嫌なんだろうと思っていたけど、

礼儀正しい子だな。

朝、起きてきたお母さんにそういうと、

やっぱりにやにやして、「それで?」と聞いてきた。

だから、いやでも探してしまう。あの男の子。


2020-04-23 10:02:09

【不急不要の恋58】

どんな子なのっておかあさんが聞いてくる。

「いつも歩いて来る」

「ふんふん」

「だから、山の手に住んでいると思う。わざわざこっちまで来てるってことは、散歩なんじゃないかな」
「中学校は別みたい」
「トミカのガチャガチャ見てた」
「牛肉の値段見てびっくりしてた」


2020-04-24 08:22:53

【不急不要の恋59】

たまにキャップ帽からすごいツンツンの毛が飛び出してる。
リュックで来る。
スニーカーがニューバランス。
ケーキコーナーでずっとプリンを見てる(けど、いつも買わない)
ふりかけはのりたま派。
ってことは朝は米派?

気になって見ているうちに、結構観察してたんだな私。


2020-04-24 08:38:05

【不急不要の恋60】

「プリンアラモードの前で5分ぐらいプリンを見てるけど、いつも買わないんだよねー」
「男子、かわいいね」
お母さんはめちゃくちゃウケたようだった。

言うか、言うまいかすごく迷ったけど、機嫌よさそうだから言った。

「今日、お父さんと会う日だけど」

顔色が変わった。


2020-04-24 08:47:55

【不急不要の恋61】

あっ、まずかった?!

慌てて続けた。

「でも、こんなときだからしかたないよね」

そう言うと、お母さんは普段の顔になって、

「そうだよね、しかたないよ」

それからは、いつものおかあさんだった。

私はおかあさんの一番の味方じゃないといけない。

当分、禁句だな。


2020-04-25 10:24:20

【不急不要の恋62】

おばあちゃんは事情を知ってるけど、

とくにその話を私としない。

今日もビールとげそからをおいしそうに食べながら、

昔のトラック仲間が、今だけ手伝ってくれないかと言ってきたと話していた。

おばあちゃんのデコトラ連隊の子分のおっちゃんたちだ。

今でも子分らしい。


2020-04-25 10:28:43

【不急不要の恋63】

お母さんが出勤したあと、スマホを持って公園に行った。
コンビニの裏で、wifiが飛んでいてネットが使える。

おとうさんから連絡があった。

こういうときだし会えないよと言ったけど、
今日はお母さんと決めた面会日だし、
電話ぐらいいいはずだと言った。

寂しそうだった。


2020-04-25 10:32:10

【不急不要の恋64】

さくっとすませようと思って居たのに、

お父さんがなかなか切ってくれなかった。

友達ができたかとか、新しい家はとか、

生活に不便はないか聞いてきた。

タダでベッドをもらったという話をしたら、

買ってあげるのにという。

そういう話、こっちにくる前にしたかったな。


2020-04-25 11:02:58

【不急不要の恋65】

いつかこの状態は終わりを告げるけど、

私達は元いた日常へは帰らない。

閉まったままの店はあるだろうし、

お父さんとは他人になるかもしれない。

わたしにはなんの力もない。

中学校がはじまれば、ただの中学生になるだけ。

そして、いつかただの高校生になるんだろう。


2020-04-25 11:09:04

【不急不要の恋66】

母が実家に帰ると言ったとき、

何も言えず我慢したときの気持ちを思い出した。

なぜ自分の意見を言わなかったのか、

答えはかんたん。

”言っても変わらないから”

そう、私はいま分岐点にいる。

強烈な静けさの中で、

落ちてくるナイフのような変化を受け流せるかどうかの。


2020-04-25 11:57:15

【不急不要の恋67】

こういうとき、みんなどうしているんだろうと思った。

だれかに話しても、どうにもならないのはわかっているのに、

話したい、聞いて欲しいと思うのは、なんでなんだろうね。

でも、こっちに友達はいない。

東京の友達には話せない。

……

あの男の子、

知り合えないかな。


2020-04-25 12:03:17

【不急不要の恋68】

ベッドの中で考えた。
押し入れに体を半分つっこんで。

午後五時。
私は髪を一つにまとめて、家を出る。

世界は急に変わりすぎて、
だけど、地面はここが現実だということをわからせるためかひどく硬い。

その日、たまご98円。
「やった!」

彼が照れくさそうにこっちを見た。


2020-04-26 12:31:08

【不急不要の恋69】

思わず、叫んでしまったから、その辺にいたお客さんみんな僕を見た。
しかも彼女も。

うわっ、聞かれてた!?
はっず…

耳まで真っ赤になってるんじゃないかな、僕。

彼女は笑って98円の玉子をとって、

「わたしも」

って続けてくれた。
それから、

「今日は牛乳も安いよ」


2020-04-26 12:35:54

【不急不要の恋70】

家に帰ったんだけど、

……なんにも覚えてない……

なにしゃべったっけ……

話してるときは必死すぎて、

思い返すたびに、ああああ、あああああ~ってなる。

なんでもうちょっと、マシなこと言えなかったんだろう。

反省。

反省会。

ずっと反省会。

反省会が終わらない…


2020-04-27 10:25:16

【不急不要の恋71】

断片的に思い出す。

「今日は牛乳も安いよ」

僕をまっすぐ見て彼女が言った。

ぼくは、

「そうなんだ」

というつまらない返事をした。僕0点。

なのに彼女は、

「最近、一リットル入ってない牛乳あるよね」

と、会話を繋げてくれたんだ。

彼女100000点。

神かと思った。


2020-04-27 10:38:49

【不急不要の恋72】

なのに、僕ときたら完全にパニクって、

「あるよね!180円で特売でも900㎖しか入ってないと、実際は12円値上がりしたことになるから、1ℓ192円の牛乳を買ってることになるんだ!」

と早口で返した。

僕、マイナス一億点。

彼女は一瞬きょとんとして、

「そうなんだね!」


2020-04-27 10:45:26

【不急不要の恋73】

失敗した。

いきなりそんなこというなんて変なヤツ決定やん。

それから、僕は完全にパニくってしまい、

彼女がなにか話してくれたことも、

あった気がするけど…

思い出せない…

なんだっけ。

またねって、言われたことは覚えてる。

また、があるんだろうか。

反省会。


2020-04-28 11:48:24

【不急不要の恋74】

思い出すたびに、

むずがゆさを伴った恥ずかしさが、じんましんみたいに吹き出して、

ウワアアアアアアア!!

って大声を出して思考をストップしてしまう。

そんなことを繰り返していたら、お母さんが、

「あの子、ストレス溜まってるみたい」

とか言ってる。

違うんです!


2020-04-28 11:50:37

【不急不要の恋75】

違うんです!

僕がマイナス一兆点なだけです。

ほっといて、なにも聞かないで。

絶対に言えない。

だけど、だれにも相談できない。

自分でなんとかするしかない。

ど、

ど、

どうすれば……

別冊の解答も、解説もないのに。

思わず”気まずい相手と会う方法”でぐぐった。


2020-04-28 11:53:57

【不急不要の恋76】

今日、おもしろかった。

あの男の子としゃべったんだけど、

牛乳の量が少なくなったとか、チーズが7枚になったとかいうと、実質何円値上がりした、ってすぐ答えるの。

頭いいんだなあ。

そう言うと、照れたみたいにますます早口になって、

「数字化されてると落ち着くから」


2020-04-29 10:08:39

【不急不要の恋77】

一瞬意味がわからなくて、???ってなってしまったけど、
あれから家でずっと考えてる。

評価のわからないものって、たしかに恐い。

いま状況は毎日変わる。

まったく読めない。わからないことだらけで、心が振り回される。

だから、あの子はスーパーが落ち着くのかも。


2020-04-29 10:13:10

【不急不要の恋78】

ただのスーパーで、そんな風に感じてるなんて。

そんな人間、東京にもまわりにもいなかった。

あの子は、どんな子なんだろう。

一気に興味がわいた。

どこの学校に行くんだろう。

私は徒歩通学だけど、電車なのかな。

この状況が終わっても、どこかで会えないかな。


2020-04-29 10:25:45

【不急不要の恋79】

入学するはずだった中学の、オンラインHRが始まった。

ZOOMを使って、会ったことない人々と自己紹介をした。

男子しかいない。

男子校だからあたりまえか……

これから6年間、男子だけ。

そう思うと、いまのこの状況が唯一のチャンスみたいに思えてきた。

いまでしょ?!


2020-04-30 11:49:59

【不急不要の恋80】

お父さんがリモートワークだったので、

家族で昼食をとった。

お母さんが宅配を受け取りに行ったとき、

「お父さん、男子校だったんでしょ。どうやって女の子と出会ったの?」

と聞いたら、

「出会わなかった」

と簡潔な答え。

僕は今日、彼女に話しかける決心をした。


2020-04-30 21:01:48

【不急不要の恋81】

前髪が爆発していた。

静まれ僕の前髪…と唱えながら水で濡らして帽子をかぶった。

うっかり、そのままスーパーに。

なんて話しかけようかシュミレーションしたのに、顔を見た途端ふっとんだ。

そしたら彼女が僕を見つけて、

「今日レタス128円だよ」

レタスに深く感謝ッ!


2020-05-01 09:38:54

【不急不要の恋82】

彼女はレタスを両手にもって、にこにこ笑ってる。

おかげで僕は、「レタス128円はいいね」なんて、
買い物通みたいなことを言いながら、会話を始めることができた。

帰り道は、ずっと頭の中で、

レタスーレタスーレタスーレタスー♪

ほとんど水分でも、大好きだよレタス。


2020-05-01 20:35:23

【不急不要の恋83】

キャベツの適正価格も知ることができた。

「これって安いの?」

って聞くと、彼女が答えてくれる。

夏は夏野菜が安くなるけど、台風が来ると逆に高くなる。

豆苗は年間通して同じ値段なのは、ハウス栽培だから。

知識も増えて、彼女もまぶしい。

すごい、スーパーはオトク!


2020-05-02 12:16:14

【不急不要の恋84】

今日も五時ぴったりにスーパーに行った。

あの男の子はちょっとあとからきて、ちょうど野菜売り場で顔を合わせることが多い。

あとは牛乳売り場。

今日は、いつもあの子が見ているプリンアラモードに2割引きのシールが貼ってて、穴があくぐらい見てた。

私が買ってあげたい。


2020-05-03 22:12:06

【不急不要の恋85】

「ウインナーってなんで二袋が束になってるんだろう」

あの男の子が言ったので、

「前にテレビで、そのほうが売れるからって言ってたよ」

と答えたら驚いてた。

「業務用って書いてある方がオトクに見えて売れるらしいよ」

には、初めてタピオカを見た人みたいな顔してた。


2020-05-04 18:38:24

【不急不要の恋86】

いつになったら学校がはじまるのかなあ、と独り言っぽく言ってみた。

すると、
「週明けから、オンライン授業がはじまるって」
と彼が言った。

じゃあ、もうこの時間には来なくなるのかな。

どうしよう。

お母さんに、知らない人とLINE交換したら駄目っていわれてるけど…


2020-05-05 12:43:16

【不急不要の恋87】

週明け。
GW開けまでに決めなきゃ。
このまま、スーパーですれ違う近所の子になるか、
…ちょっとした知り合いになるか。

「またね」

と言ってバイバイしたけれど、

次はいつになるのかわからない。

押し入れの中で決めた。

明日もプリンアラモードが安かったら、言う!


2020-05-05 12:47:07

【不急不要の恋88】

一大決心をして、次の日。
お母さんの出勤を見送る。
同僚が一人辞め、勤務時間が長くなったらしい。

おばあちゃんはまたデコトラ時代の仲間から勧誘を受けてる。でもデコトラ以外乗る気はないらしい。

スーパーについてすぐ、プリンアラモード売り場に直行した。
2割引きだ!


2020-05-06 11:18:36

【不急不要の恋89】

なにくわぬ顔をして野菜売り場に戻った。

あの男の子がやってきてイチゴを凝視した。

甘い物がすきなのかな。

スマホを取り出し、LINEのメモを見てる。

私を見つけて、ちょっと恥ずかしそうに会釈した。

あのね、今日もプリンアラモード、安くなってるよ!

早く言いたい。


2020-05-06 18:37:45

【不急不要の恋90】

GWって感じしないよね、と彼が言ったので、

本当にそうだよね、と返した。

牛乳売り場が近付いてくる。

ドキドキする。

同じヨーグルトを手に取った。

あ、やっぱりプリンアラモードを見て止まってる。

買っちゃえ。買っちゃえ。

「買っちゃえ」

気がついたら口にしてた。


2020-05-06 18:44:05

【不急不要の恋91】

聞いてください。

聞いてください。

あのね。

……

彼女とプリンデートした。

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


2020-05-07 11:10:49

【不急不要の恋92】

プリンアラモードって、
幸せがつまってる感じがして、
僕の好きなものしか乗ってないし、
堅めで茶色いプリンが好きだし、

なにより、

あの、
あの、

彼女が、

彼女がね。

「買っちゃえ」

って、目をぎゅっとして、笑って、

それでもう、なんにも考えられなくなったんだ。


2020-05-07 17:36:37

【不急不要の恋93】

プリンをかごにいれると、
彼女はうれしそうに目をほそめて、
小さく、「よかったね」と言った。

塾の日用にもらったお金が財布に入っていた。

お母さんに見つかる前に、イートインコーナーで食べてしまおう。

そう思って、二回レジに並んだ。

298円が248円に。

おいしそう。


2020-05-08 10:15:42

【不急不要の恋94】

生クリームが潰れていたけど、

誰もいないイートインで食べるプリンアラモードは、

安かったし、お母さんに内緒だし、いままでずっと我慢してたし、

うっま、って思わず言ってしまった。

そしたら、帰り際の彼女と目があった。

えーって顔して、それから急にどこかへ消えた。


2020-05-08 10:20:32

【不急不要の恋95】

な、なんだろう。なにか悪いことしたかな。

ビクビクしながらも、プリンを食べる手が止まらない。

しばらくして、隣の席にレジ袋が置かれた。

え……、
……このバッグ知ってる。

見上げると、彼女がなぜかしてやったりという顔で、

「私も食べる!」

プリンを取り出した。


2020-05-08 10:24:24

【不急不要の恋96】

こんな急に、

彼女と並んでプリンを食べるなんて、全然予想してなくて、

でも、なんだかミスドでデートしてるみたいな感じで、

「おいし~!!」

と彼女が、グーで口元をおさえてディズニーアニメのリスみたいにくすくす笑うので、

なんだかこっちまで、ディズニーのリス。


2020-05-09 11:12:57

【不急不要の恋97】

お母さんに黙って、スーパーの値引きプリンを、
知ってるけど知らない女の子と食べた。

その日はずっと、
楽しいだけじゃなくて、
ちょっとだけ、胸が痛かった。

だけどすぐ彼女の顔に上書きされて、ふわっと体温があがる。

僕のなかで、はじめて、罪悪感がキラキラ輝いてた。


2020-05-10 11:55:40

【不急不要の恋98】

「買っちゃえ」

って言った。ほんとにあの男の子、買った!

とたんに羨ましくなった。

帰り際に、イートインコーナーで、おいしそうにプリンを食べてるのを発見。

我慢できなくなって、私も購入。

隣に座ったら、ビクってされちゃった(笑)ごめんごめん。そうだよね。


2020-05-11 11:46:41

【不急不要の恋99】

ブラスチックのスプーンで食べる、二割引きのプリンアラモードは、
こんなにおいしかったっけと思うくらい、ずっと一口めの感触が続いた。

私がしゃべって、あの男の子は頷くばかりで、
ちょっとテンション高すぎた。反省。

でも、あんなに笑ったの久し振りで、
今少し寂しい。


2020-05-11 12:00:00

【不急不要の恋100】

明日、どんな顔して会おう。
明日、どんなふうに話そう。

たまごがずっと98円だったらいい。
レタスが128円!

ヨーグルトが特売で、
プリンアラモードが二割引き。

小学生でも中学生でもない、
クラスメイトにもなれない私達は、
あの日からずっと友達になる方法を探してる。

【不急不要の恋101】

GWが終わるね、という話をした。
GWって感じ、しないけどね、とあの子。

非常事態宣言は終わらないみたいだけど、
オンライン授業は始まるんだって。

私の学校は宿題のみ。
家にwifiはない。

コンビニの裏で授業受けることになるのかなあ。

もう、スーパー来なくなるのかな。


2020-05-13 11:27:00

【不急不要の恋102】

おばあちゃんにwifiの話をしたら、
よくわからないって。

自分で調べたけど、一ヶ月3000円くらいかかる。

機材も、5000円くらい。

どうしよう。

こんな話、いきなり知り合ったばかりの子にするのも、重いよね。

そういえば名前も知らない。

プリンくんって呼んでるけど。


2020-05-13 11:31:51

【不急不要の恋103】

お昼、起きてきたお母さんに相談した。

それくらいのお金はなんとかするから、買っていいよって。

でも、お店空いてるっけ。

こんなとき、プリンくんがついてきてくれたらなあ。

きっと、明後日からは彼はスーパーに来ない。

一足早く、日常に戻るんだ。

寂しいな。


2020-05-13 11:35:34

【不急不要の恋104】

今日はたまご98円だったけど、

もう一緒に喜ぶ人がいないと思うと、

あまりうれしく感じなかった。

いつも通り、午後五時すぎにプリンくんはやってきて、

たまごの値段を見て笑った。

せっかく仲良くなれそうだったのにな。

「明日、特売の日だけど、学校有るんだよね?」


2020-05-14 10:19:27

【不急不要の恋105】

うん、とプリンくんは言う。

「体育もWEBでやるから、家で体操服に着替えるんだって」

体育もするんだ、と驚いた。

どんどん離されていってしまうような感覚。

私だけ、古い時代に取り残されてるような。

彼は立ち止まった。

プリンの前だ。

「でも、午前中で終わるんだ」


2020-05-14 10:29:33

【不急不要の恋106】

午前中で終わる、

と言うと、彼女はどうしてか、すごく驚いた顔をした。

「午前中だけなの?」

彼女が息を止めているので、僕はなにか悪いことをしてしまったのかとすごく焦った。

え、え、なんで?なんで?

よくわからない。

彼女が言った。

「明日、牛乳特売、だから」


2020-05-15 13:01:30

【不急不要の恋107】

「牛乳、特売だから、…来れるなら、よかった」

「絶対来るよ!」

 僕はまるで特売大好き人間みたいに言った。

「12時で終わるから、それからはヒマなんだ」

本当は宿題が出るけど。

僕がなにか言うたび、彼女が笑うので、
うれしくて、レジまで一緒に行ってしまった。


2020-05-16 10:38:48

【不急不要の恋108】

やったー!

プリンくんのweb授業、午前中なんだって!

明日もスーパー来るんだって!!

なんだ。

がっかりして損した。

めちゃめちゃドキドキして、なに言おうか、LINE聞こうか、倍速で瞬きしながら考えたのに、

よかった…

カートを戻してまたねって言えて、よかった。


2020-05-16 22:09:08

【不急不要の恋109】

今日は野菜売り場で合流したあと、

クックドゥ売り場でまた会った。

小さい頃からお母さんも働いていて、

毎週一回はこのシリーズなんだって。

「うちもだよ!」って言ったら、驚いてた。

おいしいからこのシリーズが好きだって。

私も作れること、教えたいなあ。


2020-05-18 15:29:40

【不急不要の恋110】

最近スーパーで、業務用冷凍食品の大袋が特売されている。

おばあちゃんに聞いたら、買ってみたら?って。

「飲食店が閉まってるからね」

って。

おばあちゃんはトラックの運転手をしながらお母さんを育てた人。
うちでは冷凍食品は助けであり、ごちそうだ。

まずは餃子!


2020-05-18 15:43:13

【不急不要の恋111】

プリンアラモードが安くならない。

つまり、イートインで彼女と一緒に食べられない。

なんでだ!!

なんでだよプリンアラモード!

前まではしょっちゅう半額になっていたのに!

今日もがっかりしながら牛乳コーナーを通り過ぎ…、

彼女が言った。

「コロッケ食べない?」


2020-05-19 22:20:02

【不急不要の恋112】

彼女がお惣菜コーナーをふんわり指さす。

「五時から安くなってるよ。あと惣菜パンも狙い目」

完全にハンターの目。

正直なところ、僕はパンでもコロッケでも、彼女と一緒に食べられるならなんでもよかった。

でも残念なことに、

イートインコーナーは封鎖されていた。


2020-05-20 11:31:50

【不急不要の恋113】

焼きそばパンを買ったら、塾に通っていたころのお小遣いの残りは、もうあと100円もなかった。

これが最後かもしれないのに、食べるところがないなんて。

しょぼしょぼになった僕の前で、彼女は急に回れ右して、

「仕方が無い。じゃ、ベンチで食べよ」

べべベベべ、ベンチ!?


2020-05-21 09:08:10

【不急不要の恋114】

エスカレーター脇の、いつもはおばあちゃんが座っているベンチ。

ひとつのベンチに並んで座って、パンとコロッケを食べた。

太っちゃうけど、100円引きのコロッケはやめられない、と彼女がリスのように笑う。

5つ入りパックでコロッケを買った彼女が、好きだなあと思った。


2020-05-21 09:11:53

【不急不要の恋115】

好きだなあ、と思ったときは普通だったのに、

家に帰って、何度も何度も思い返していたら、

どうしてなんだろうって、

赤くなったり、青くなったり。

名前も、住んでる場所も知らない相手なのに、

今まで、クラスの女子を好きになったことなんてなかったのに、

どうして。


2020-05-21 17:12:13

【不急不要の恋116】

プリンくんと買い食いをした。

ベンチに並んで座って、さりげなく名前を聞いてくれないかなあと話を振ってみたけど、

彼は夢中で焼きそばパンを食べていた。

飲むようにパンを食べ終わったので、コロッケを半分あげた。

今度お礼をすると言っていた。

名前を聞いて欲しい。


2020-05-22 16:41:42

【不急不要の恋117】

地元の中学校から、登校日のお知らせが封書で来た。

出席番号の偶数と奇数で登校時間が違うんだって。

みたいなことをプリンくんに話した。

プリンくんも、非常事態宣言が解除になったら、時間差登校になるんじゃないかと言っていた。

兵庫県はずっと陽性ゼロが続いてる。


2020-05-23 12:20:24

【不急不要の恋118】

東京はまだ続きそうだけど、

関西は月内解除になるだろう。

いよいよ学校がはじまる。

それまでにもっと仲良くなれなかったら、

私達は友達になれないまま、終わるんだと思った。

なのに、名前すら聞けない。

自分から聞けばいいのに、聞いてほしいと思ってしまう。


2020-05-23 12:53:44

【不急不要の恋119】

今日はお母さんが、休みで家にいる。

にやにやしながら、どうなの?と聞いてきた。

名前も知らないというと、やや驚いたようで、

女の子から個人情報を渡すことは、たしかに抵抗があるから難しいねと言った。

それから少し真剣な顔で、これからこういうことは沢山あるよと。


2020-05-23 13:00:08

【不急不要の恋120】

プリンくんと仲良くなりたい気持ちと、

相手のことをよく知らないという不安が、

ずっと、混ざりきれない水と油みたいに、私の中にあって、
その日はよく眠れなかった。

クラスメイトなら、なにかあったときに先生がいる。
でも、プリンくんは違う。

難しいな。


2020-05-24 17:41:30

【不急不要の恋121】

久し振りにたまごが98円の日、

いつもどおりのスーパーの買い物。

プリンアラモードもコロッケも普通の値段で、ベンチにも誘えない。

がっかりしていると、精算を終えたプリンくんが早足でやってきて、エコバッグからなにかを取りだした。

「これ、お礼です。コロッケの」


2020-05-24 17:46:19

【不急不要の恋122】

一瞬何を言われたのかわからなかった。

プリンくんは私に紙袋を渡すと、ぺこっと会釈してスーパーを出ていった。

私はエスカレーター横のベンチに荷物を置いて、急いで袋の中をとりだした。

紅茶のプチギフトに、メッセージカードが入っていた。

「コロッケありがとう。聡」


2020-05-25 07:52:04

【不急不要の恋123】

「さとし」

読み方がわからないけど、たぶん”さとし”。

さとしだ。

プリンくんはさとしくんだった。

「さとし」

ムレスナのティーボックス。私の好きなももいちごフレーバー。

さとしくんが選んだのかな?

お店あいてたのかなあ。

お母さんには内緒で、一人で飲みたい。


2020-05-26 16:54:09

【不急不要の恋124】

彼女へのお礼を思いついた僕、100点。

何を贈ったらいいかわからなくて、女の子、お礼でぐぐった僕、レベル1。

紅茶かクッキーがよいらしい。

次はお店探し。

当然開いてない。

お父さんに事情を話したら、

なぜか「お父さんにまかせておけ!」とすぐ買って来てくれた。


2020-05-27 13:55:04

【不急不要の恋125】

メッセージカードなんて持ってないから、スーパーに買いに行った。

文面めちゃくちゃ考えた。

「いつも牛乳を買ってるのを見てて…」

ダメだキモい。ストーカーみたい!

携帯番号書くべき?

なんかそれ、ただのお礼じゃないって思われそう。

うーあー言いながら転がった。


2020-05-28 13:58:24

【不急不要の恋126】

僕が転がっていると、お風呂へ向かうお父さんが急に早足でやってきて、

ぼそっと、

「課金が必要なら言え」

と言って去った。

課金…

もう一度、彼女とプリンアラモードが食べたいから、
お父さんの腕を揉もうかな。一回298円。

メッセージは一行だけ。
よし、明日渡すぞ!


2020-05-29 10:16:19

【不急不要の恋127】

今日も、プリンアラモードは値引きになっていなくて、がっかりしたんだけど、

そんなことより、

そんなことよりさ!!!

彼女が半袖で、

ポニーテールにしてて、

化粧なんてしてないはずなのに、目の辺りがきらきらしてて、

ふぁーー、って思ってたら、一日が終わってた。


2020-05-29 10:19:30

【不急不要の恋128】

アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

彼女に手紙もらった……


2020-05-30 08:51:51

【不急不要の恋129】

ど、

ど、

どこで読んでいいかわからない……

ど、

ど、

どうしたらいい、これ……

ハアーーーーーーーーーーーーーーー

あーーーーーーーーーーーーーーーー

晩ご飯、味しない……


2020-05-30 08:56:26

【不急不要の恋130】

なんとなく、心の準備が必要で、

お風呂に入った。

部屋に戻って、開かないよう、ドアの前に椅子を置いて、

深呼吸して、開封。

『気を遣わせてしまってごめんね。コロッケおいしかったね。また食べよ。NAYU★』

なゆ…

なゆちゃん…

そして、

これ、どこに隠せば……


2020-05-31 12:29:42

【不急不要の恋131】

わからないことがあるとすぐググるのが、僕の悪いくせだけど、

彼女からの手紙の隠し場所、とか、だれかに聞けるわけないだろ!!!

ググった。

持ち歩いている人もいたし、

写メって、大事に保管してる人もいた。

祭壇を作ってる人がいた。

祭壇作るってすごい。


2020-05-31 12:32:16

【不急不要の恋132】

彼女からの手紙には「私の好きなアメ!喉にいいよ」という添え書きとともに、中国語?の小袋が同封されていた。

ネットで調べると、台湾ののど飴。

なゆちゃんは国際的!

さて、もらってしまったからにはお返しを考えなきゃ。

お父さんに相談するとめちゃくちゃ興奮された。


2020-06-01 14:05:44

【不急不要の恋133】

聡くんと仲良くなりたいけれど、
お母さんの言うとおり、個人情報を渡すのはまだちょっと恐かった。

お母さんがお守り代わりにもちあるいているのど飴を
同封して、お返事した。

この時代に、手紙の交換なんておもしろいねとお母さんは言う。

プリンアラモード、安くなれー


2020-06-02 10:47:35

【不急不要の恋134】

今日は、プリンく…じゃなかった、聡くんがイチゴをくれた。
千葉のおばあちゃんが送ってくれたんだって。
すごく大きくて甘いイチゴで、それからお返しに一晩悩んだ。
お母さんに相談すると、面白い展開になってると笑う。
「残念ながらうちにはなにもないよ」
そうだよねえ。


2020-06-03 10:37:45

【不急不要の恋135】

聡くんの学校はオンライン授業でどんどん先に進んでいるみたい。
うちはようやく、明日登校日。
どうやら6月からは学校が再開されるらしい。

あと一週間。

一週間後には、いまは不要だからと言われていたものが戻って来る。

私は決断をしなければ。


2020-06-03 10:44:55

【不急不要の恋136】

登校日。
私は引っ越してきたので、小学校からの友達はいない。

それでも、席が近くだった女の子と知り合い、途中まで一緒に帰ってきた。

こんなふうに、なにごともなく戻っていくのかな。

冷蔵庫のいちごは、甘くて酸っぱかった。
ずっと、聡くんのことを考えていた。


2020-06-04 14:13:00

【不急不要の恋137】

昨日、聡くんはスーパーには来なかった。

今日は私が家の用事で行けず。

明日は絶対行かなくちゃ。

解除になって、スーパーは前ほどの特別感はなくなった。

マスクもたまに、棚に見かける。

明日からは、分散登校が始まる。

いま書いている手紙に、
番号を載せなくちゃ。


2020-06-05 15:42:51

【不急不要の恋138】

昨日、体育館シューズを買いに遠出して、スーパーに行けなかった。

今日はなゆちゃんはスーパーにいなかった。

明日は絶対行かなくちゃ。

解除になって、どんどん学校の宿題や予定が増える。

夏休みもほとんどないらしい。

明日から、分散登校が始まる。

明日、会いたい。


2020-06-05 15:45:16

【不急不要の恋139】

6月1日。

自己紹介もそこそこに、授業が始まる。

先生たちの焦りや、半分しか生徒がいない違和感に戸惑っているひまもなく、学校を出る。

今までは、集団登校していたのに、

固まらないように、と言われる。

この世界は、どこだろう。

思わず、後ろを振り返ってしまった。


2020-06-06 21:08:46

【不急不要の恋140】

6月1日。

オンライン授業は終わって、続きをやっと、教室で。

ZOOMで見ていた友達の、生身に会った。

みんなどこか照れくさそう。

他の学年や、高校生はいない。

不思議な学校。

僕らだけ取り残された世界にきちゃったみたい。

思わず、後ろを振り返ってしまった。


2020-06-06 21:11:01

【不急不要の恋141】

ここは二ヶ月前に、卒業式の練習をしていたあの日と本当に地続きなんだろうか?

一度強制的にシャットダウンして、むりやりバックアップしたような世界。

あのとき思い描いていたのと全く違う中学生活。

突然現れた彼女。

今日は大丈夫。スーパーに行ける。

でも明日は?


2020-06-07 22:42:14

【不急不要の恋142】

午前の授業は、12:50分に終わる。
急いで駅まで走って戻って来ても、家につくのは二時。

問題は、午後の日だ。

15:30に終了だから、五時にスーパーに行けるかわからない。
部活がはじまれば、確実に間に合わない。
なんとなく、毎日スーパーで会う習慣もなくなってしまう。


2020-06-07 22:51:53

【不急不要の恋143】

家に着いたら、もう14:00だった。
遅い昼ご飯を食べて、汗だくになったのでシャワーをして、
うとうとしたら、もう17:00!

「お母さん、今日のおつかいは!」

無理矢理買ってくるものをひねりだしてもらう。

お弁当のおかずを買うことになった。

走った。

なゆちゃん!


2020-06-08 18:11:02

【不急不要の恋144】

スーパーまで自転車全速力。

自転車置き場からは涼しい顔。

いつものようにカートをとって入店すると、彼女が特売のトマトを手に取っていた。

僕を見ると、ぴょこ、と顔を上げて、ポニーテールが揺れる。

それだけで僕の心は「アアアアア」ってなるけど、

涼しい顔キープ。


2020-06-09 10:13:20

【不急不要の恋145】

学校始まったね!とたあいない話をして

オススメのパスタソースの話をして

プリンアラモードが安くなっていないのにがっかりして

冷凍食品コーナーでお弁当のおかずを買っていると

給食じゃないんだ、と彼女が言った。

これから、違うことが増えていくんだろう。

きっと。


2020-06-10 10:52:36

【不急不要の恋146】

さとしくんが冷凍食品を買っていた。

お弁当のおかずだと言われて

急に足がすくんだ。

いままで同じ場所にいたのに

きっとこれからは、違う場所へ向かうんだ。

イートインが再開されても

プリンアラモードは二割引きになっても

同じ時間にここにはいない。

きっと。


2020-06-10 11:11:17

【不急不要の恋147】

今日は午後登校の日!

なんとしても

なんとしても

17:00にスーパーにたどり着かなければならない。

大丈夫。

いつも通りやれば、ギリギリだけど問題無いはず。

そう思っていたのに

突然の大雨。

そして、僕ずぶぬれ。

母「雨だし、今日はおつかいいいよ」

よくない!


2020-06-11 10:51:37

【不急不要の恋148】

制服を脱いで、適当なTシャツとデニムに着替えて家を飛び出した。

もう17:00は5分過ぎている。

こんなときに限って、踏切があかない。

少し遠回りして、トンネルをくぐるべきか。

Uターンして、雨の中、必死に自転車を漕いだ。

信号、二回つかまった

もう17:15分!!


2020-06-12 12:38:13

【不急不要の恋149】

カゴも取らずに店に飛び込んだ。

たまごの特売より、見慣れたポニーテールを探した。

いない。

牛乳売り場にもお惣菜コーナーにも。

時計を見ると17:20。

レジにもいない。

もう帰ってしまったか

今日来ていないか

つまり、会えないのだけは確かで

大きく息をついた。


2020-06-13 12:10:48

【不急不要の恋150】

あがった息が収まってくると

店の冷気が雨でびしゃびしゃの体に沁みて

乾物コーナーに避難した。

スニーカーは中まで濡れて、歩くたびにキュッキュッと耳障りな音をたてる。

寒い。

店の中で、寒さなんて感じたことがなかった。

いつも緊張して頭の中が沸騰していたから。

【不急不要の恋151】

お店にいても迷惑だろうと、出口に向かった。

くしゃみがとまらない。

まあ、こんなこともあるだろう。

たいしたことじゃない。

明日は、今までと同じように会えるかもしれない。

でも、もうすぐ部活が始まる。

僕も、彼女も、

スーパー以外の日常で埋め尽くされるんだ。


2020-06-13 12:20:01

【不急不要の恋152】

不思議な二ヶ月だったなあ。

言葉にしようとしてもできない

ただただ、あっという間で、

通り過ぎてからしか、それがどういうものかわからなかった。

必要の無いことは最低限にしないで、嵐をじっとやりすごせ、日本中がそう言われて息を潜めた。

だけど、僕は

僕には。


2020-06-13 12:25:51

【不急不要の恋153】

勉強とか

友達とか

全てのものはそこに止まり続けてくれないから

本当に必要なら
すがりつくしかないんだってことを

いつのまにか変わっていた季節と、人工の冷気の狭間で思い知らされる。

引き返す。

これから一生、こんな風に引き返すんだ僕は。

見つけられなくて。


2020-06-13 12:32:47

【不急不要の恋154】

見つけたいものが見つからない。

そんなことに慣れたくない。

けど

自分の力じゃどうしようもないことがあるってことを

この二ヶ月、ずっと思い知らされてきた。

帰らなきゃ。

変わらない場所に。

店を出ようとして

イートインコーナーに、見覚えのあるポニーテール。


2020-06-13 12:38:14

【不急不要の恋155】

声をかけようと思ったのに、

声がでなくて、しばらく揺れるポニーテールを見ていた。

彼女は解放になったイートインコーナーで、

買い物袋を隣の椅子に置いて、プリンアラモードを食べていた。

スマホの手帳ケースから、

僕が送ったカードを取り出して、読みはじめた。


2020-06-14 16:02:30

【不急不要の恋156】

僕の贈ったカードなんて

ずいぶん前のもので

数秒で読めてしまうはずなのに

なゆちゃんはずっとそれを、何度も何度も、プリンを食べながら見ては、時々ふふっと笑ってた。

僕は、もうとっくに寒さも吹き飛んで

顔が真っ赤になって

なにも言えずに、ただただ立ち尽くした。


2020-06-15 12:01:09

【不急不要の恋157】

他の人が不審に思うくらい、長くそこに立っていた気もするし、
一瞬だった気もする。

彼女はふと、こちらを向いて僕を見つけ、

うわ、というような顔をした。

それから慌ててカードを手帳型ケースにはさんで、

「びっくりしたあ、いたんだ!」

照れ隠しのように笑った。


2020-06-16 11:40:32

【不急不要の恋158】

その日、聡くんはいつもの時間に来なくて、ずっと野菜売り場で待っていた。

同じ場所をぐるぐる回って入口に戻ったけど、やっぱり彼はいなかった。

もう見るところもないくらいウロウロして、牛乳売り場でプリンアラモードを見つけた。
二割引きになっていた。

なんで、今日。


2020-06-17 11:14:02

【不急不要の恋159】

きっと彼はもうスーパーには来ない。

そんなときに、二割引きのシールが貼られていても

ぜんぜんうれしくなかった。

こんなことになるなら

連絡先渡しておけばよかったな。

恐いとか思わずに。

残っていたプリンが、誰にも振り向いてもらえない私のようで、手に取った。


2020-06-18 13:53:28

【不急不要の恋160】

誰もいないイートインコーナーで

多くもない荷物を隣の席に置いて、ぼんやりスマホを見た。

手帳ケースを開くと、聡くんにもらったカードが入っていて、もう何度も読んだのに取り出してまた読んだ。

プリンアラモード、前はもっとおいしかったな。

沁みるほど甘かったのに。


2020-06-19 10:51:29

【不急不要の恋161】

プリンが半分になって、上のカラメルが完全になくなって、
前、ここで聡くんと、プリンは上から食べるか、横から食べるかもりあがったことを思い出した。

話しやすかったな。

学校にも、あんな子いなかった。

チェリーの種を蓋に置いて、ふと出口を見ると、

彼がいた。


2020-06-19 11:01:03

【不急不要の恋162】

思わず、いたんだ!?、って言っちゃった。

だって、いるとは思わなくて。

慌ててカードを隠したけど、見てた……かな?

びっくりしすぎて、自分でももう、なにをやってるのかわからなくて

「今日、プリンアラモード安くなってるよ!」

それから、

「たまごも98円だよ!」


2020-06-20 11:54:39

【不急不要の恋163】

「えっと、それからレタスが……、ええとレタスはとくに安くないかも……、えっと……」

ひととおりまくしたてた私に、聡くんは、

「買ってくるから、待ってて!!」

たぶん、プリンアラモードを買いに行った。

めちゃめちゃくしゃみを連発してた。

だいじょうぶ、かな……


2020-06-20 11:58:30

【不急不要の恋164】

その日、聡くんと、イートインコーナーで話した。

午後に登校の日は、五時半になること。

それから、6月15日からお互いに通常授業になること。

聡くんは水泳部に入ろうと思っていること。

私は、ダンス部。

だから、来週いっぱいで、ここでこの時間に会うのは、終わること。


2020-06-21 09:14:39

【不急不要の恋165】

会えると思っていなかったから、

心の準備がまだできてなかったけど、

「明日も来る?」

って聞けた。

聡くんは、「ぜったい来る!!!」と言って、

それからちいさなくしゃみをはさんで、

「明日も会おうね」

私はおかあさんに連絡先を渡す許可をとらなきゃと思った。


2020-06-22 10:30:13

【不急不要の恋166】

家に帰るとお母さんがいた。

買ってきたヨーグルトを渡しながら、

聡くんにLINEを教えてもいいか聞いた。

「LINE以外の住所や電話番号を教えてくれる相手ならいいよ」

自分を守るには知るしかないと言った。

これから一生。
知り続ける努力をするんだと。
身を守るために。


2020-06-23 10:18:16

【不急不要の恋167】

ふとん部屋だった四畳半は

すっかり私のものであふれていた。

もう世田谷のマンションにあった、私のための子供部屋に帰りたいとは思わない。

それよりも嬉しいことがある。

お母さんは転職先の初給料が出て

「なんとかやってけそう」

と言ったし

明日はたまごの特売だ。


2020-06-23 10:25:39

【不急不要の恋168】

今日、

たいへんなことがありました。

なゆちゃんが、

「LINEを交換したいんだけど、うちのお母さんが知らない人はダメだって。
だけど、相手の電話番号とか住所とかわかるものがあればいいって」

そういうわけで、僕は、いま、人生で初めて、履歴書を書いています。


2020-06-23 10:30:31

【不急不要の恋169】

なんと、僕、経歴がほとんどない。
幼稚園、保育園、小学校、中学校を書いて終わり。

……あたりまえか。

入賞歴とか資格もないので、モンストの大会の成績を書いておいたけどいらなかったかな…

趣味と特技。

これも特にない。

僕って、なんにもないなあと焦ってしまった。


2020-06-24 09:27:29

【不急不要の恋170】

一番困ったのが、写真。

自分の写真なんて撮らないし……

仕方なく、受験の余りを張った。

次の日、午前中の授業を終えて帰って

まじめに宿題をして

お母さんに頼んでお小遣いをもらった。

よし、完璧。

あとは履歴書をなゆちゃんに渡すだけ。

合格しますように!


2020-06-24 09:32:58

【不急不要の恋171】

今日、レタスが安くて78円で

水菜もズッキーニも安い。夏が来た感じ。

買い物が終わって、LINEの件をどう切り出そうか迷っていると

「よろしくお願いします!」

聡くんに封筒をもらった。

帰って見てみたら、履歴書だった。

おばあちゃんとお母さんがのぞき込んできた。


2020-06-25 10:48:59

【不急不要の恋172】

「履歴書もらったの?」

「スーパーの男の子に?」

律儀な子だねえとおばあちゃん。

お母さんは少し笑って、いいんじゃない?と言った。

住所を検索してみたら、聡くんの家は山側でちょっと遠い。

なのにほとんど毎日、雨の日も来てた。

彼のくしゃみした顔を思い出した。


2020-06-25 10:57:30

【不急不要の恋173】

履歴書をもらったなら、私も返さなくちゃ。

写真は、ちょっと加工したやつを貼ってしまった。

小学校が東京なこともバレちゃうな。

経歴欄が真っ白で、趣味と特技の欄がびっしり埋まった。

自分という人間を一枚の紙で表すとこんなふうになるんだ、とびっくりした。


2020-06-26 10:53:45

【不急不要の恋174】

今日の目当ては十㎏2500円のあきたこまち。

お米を抱えて、ぼーっとベンチで待ってたんだけど、

聡くんはまだ来ない。

履歴書を渡したい。

これさえ渡せたら、スマホでやりとりできる!

五時四十五分くらいまで待った。

聡くんは、

………………

学ラン姿で現れた。


2020-06-26 10:59:28

【不急不要の恋175】

見慣れない学ラン姿の人の顔が、知ってる人だったときの驚きたるや。

「ごめん、待ったよね!」

言うなりガバアッと上着を脱いで

「あっちぃー!」

と、ベンチに座った。そして

「なんか、寒くなったり暑くなったり、天気変すぎだよね」

「…う、うん」

顔が見られない。


2020-06-27 12:40:43

【不急不要の恋176】

「昨日風邪っぽくて、今朝寒かったから、お母さんが上着着ていけって」

ちょっと大きめの制服は、あちこち余っている。

「買い物は?」

と聞くと、聡くんは焦ったように

「えっと、……まだ家帰ってない」

つまり、駅から走って来てくれたらしい。

私に会うために。


2020-06-27 15:40:18

【不急不要の恋177】

「今日は、プリンアラモード、安くなかった」

「…あー、そっか」

「コロッケも今日はなくて。でも、渡したいものがあって、待ってたんだ」

 封筒に入った履歴書を取り出した。

「よろしくおねがいします」

紙の中の私より、目の前の私のほうが魅力的でありますように。


2020-06-28 11:50:13

【不急不要の恋178】

聞いてください。
今日は大変なことが起きました。

な、なゆちゃんが

なゆちゃんが

履歴書をくれたのです!!

しかも、メールアドレスやLINEアカウントつきで。

我慢できなくて、スーパーで別れたあと、ダッシュで公園に行って封筒をあけてしまいました。

変な声出た。


2020-06-29 20:23:06

【不急不要の恋179】

すぐに登録したかったけど、

それもキモいかも…?とぐるぐる考えながら帰宅。

なゆちゃんが東京生まれなこともわかったし、

趣味がいっぱいあることも知った。

将来の夢は海外に住むことなんだって。

明日から英語をがんばろう。

目の前がぱっと開けた感じがした。


2020-06-30 14:42:47

【不急不要の恋180】

夕飯を終えて、お風呂に入って、

なんとなく心身共にリフレッシュして、

ついに

ついに!LINEの登録をした。

レタスのアイコンが現れた。

レタスだ。

きっと98円のレタス。

僕はもうなんにも言えなくなって、

自分のアイコンを、プリンアラモードの写真に変更した。


2020-06-30 14:47:33

【不急不要の恋181】

6月15日、
僕らは季節を飛び越えて、ようやく中学生になった。

十年後には、教科書に二行でまとめられてしまう、僕らの始まらなかった春。

いつか懐かしく思うだろう。

「今日はたまごが98円!」

スーパーで、出会った
近所に住んでいるはずなのに、知らない女の子だった。


2020-06-30 15:41:24

【不急不要の恋182】

6月15日、
私達は季節を飛び越えて、ようやく中学生になった。

十年後には、教科書に二行でまとめられてしまう、私達の始まらなかった春。

いつか懐かしく思うだろう。

「今日はたまごが98円!」

スーパーで、出会った
近所に住んでいるはずなのに、知らない男の子だった。


2020-06-30 15:42:28

【不急不要の恋183・最終回】

「まだ部活中ー」

「えー🤔じゃあ、また土曜日ね。あっ、プリンアラモード🍮安い!」

「えっ😭、食べたい!」

「🤔🥺買って待ってようか?」

「待って、待って、………行く🏃‍♂️💨」

「宿題して待ってるね😚」

「……宿題終わった」

「まだかなあ」

「駅着いた!」















2020-06-30 16:01:58

【不急不要の恋・あとがき】

4月9日から始まった、不急不要の恋。
毎回ぶっつけで書いているので、データもとってない、きままなツイッター小説でした。
読売新聞さんにも取り上げていただき、
毎日、ちょっとした気分転換になるよう、
小さな視点を中心に書き綴ってみました。
(続


2020-06-30 16:10:05

二人は日常に戻って行きましたが、
その日常が、日常のままいられるのか、
まだわかりません。
願わくば、せめて子供たちにとってだけでも、このコロナ禍がたんなる「長かった春休み」で終わればいいなと思っいます。
大人の世界に引きずられることがないよう。
子供が子供のままでいられますように。


2020-06-30 16:15:28

約三ヶ月の間、毎日更新を見てくださった皆様。
ありがとうございました!!

なんとか毎日更新を忘れずにすみました(笑)

やったーー。
なんかいろいろ、やりきったぞーー!

いつもは本や映像や舞台にするための物語をつくっています。 ここでは、もう少し肩の力をぬいて、本などの形に仕上げることを考えず、気楽になにかを発表していきたいと思います。 ぶっちゃけサポートほんとうにほんとうにうれしいです。ありがとうございます。お返事しています。