変わりゆくもの、縁側の風景。

宿を経営している。

90年の年月を経た建物を引き継いで、「ずっと引かれてきた線をそのまま延ばすように宿をつくろう」と決めて、僕たちはtoco.というゲストハウスをはじめた。


“来年、再来年と順々に年をとるなかで、
変わらないものに囲まれながらも、
訪れる人たちの手や目や会話や空気感で、
ちょっとずつ変化し、形作られていく。
そんな風になってほしい。”


そう纏めて改装のブログを切り上げたのがもう三年と半年も前のことだ。当時視ていた「来年、再来年」の、その先の未来に今立っているということになる。あの時そう書いた僕の思いは、果たしてどう変わったろうか。


昨日と今日、toco.では宿泊の予約を取らずに工事をしている。水回りをはじめ、各所修繕が必要になってきているので、改装時からお世話になっている大工さんに来てもらい、普段営業をしながらでは出来ない大掛かりな修理をしている。

ここまで大きな修繕工事はオープンしてからはじめてだけれど、庭に並んだ材木や床に貼られた養生シートを見ると、むしろ三年半前のあの暑かった夏に舞い戻るような気持ちだった。それは大工さんたちも同じであるらしく、昨夜会った大工さんは皆、どこかあの日の顔をしていた。


toco.をつくるとき、棟梁として現場を取り仕切ってくれた大工のなべさんは改装中の数ヶ月、現場で僕らと寝食を共にした。

toco.の完成を目前になべさんが

「ずっと完成しないってのも、俺は、それはそれでいいんだよな。ちょくちょく見に来て、ずっと工事し続けてる。完成したら、そこで、終わりだからさ」

と、そう言ってくれたのを今でも覚えている。


結局toco.はいちおうの完成を以て無事にオープン日を迎えることができた。一時は十人前後出入りしていた職人さんたちもひとりずつ、また次の現場へと移っていき、最後には僕たちだけが残った。あの時の、寂しいような張りつめるような感覚はちょっと他では味わえないように思う。

大工さんたちは別れ際も口数多くは話さない。出来たものを見て、ただ笑顔で頷いて、「そんじゃ、また!」と言ってさっぱりと帰って行く。でも、口には出さなくても、「あとはよろしく」というメッセージを、その短いやりとりから僕たちは確かに受け取った。そのことがずっと、見えないかたちで僕たちを後押ししてくれている。

「完成したらそこで終りだからさ」って台詞も、もしかすると単にtoco.の建物のことだけではなく、僕たちへの激励の言葉だったのかもしれない。今になってそう思う。


あの時から、あの頃から、toco.はたくさん変化してきた。多くの人の到着を迎え、幾度も旅立ちを見送り、何千という人生に触れて、季節が三度も巡った。もしかしたら今ある空気は、つくったばかりのtoco.とはまるっきり違うものなのかもしれない。

でも、それでいい。

スタッフが変わり、訪れる人が変化し、それでもそこにいた人たちの思いは必ずどこかに引き継がれている。僕たちが歴史を受け取ったように、大工さんたちがそっと伝えてくれたように。そういうかたちで変化し続けている。


昨夜は宿泊の予約を取っていない代わりに、スタッフが自由に泊まれるようにした。今はNui.という二号店もあり、そちらで働いているスタッフが、初めてtoco.にやって来たりもした。

そんなふうに、今となっては何十人にも増えたスタッフのみんなが縁側や庭石に腰掛けて大工さんと酒を飲んでいる。その風景が何より、僕に月日を感じさせた。


みんなで飲み始める前になべさんが「ここに来ると、自分の仕事の仕方を思い出すよ」と僕に教えてくれた。穏やかで気持ちのいい笑顔だった。僕は何も言わず「はい」とだけ答えた。単純に嬉しかった。

夜も深まり、「明日は和室で飲もうか」と大工さん達と緩やかな約束事をして、僕はtoco.を出た。縁側のスタッフたちは、まだしばらく飲んでいくらしい。ここで働くみんなが、変わらないものの一つとして、これから先も今日みたいな風景をもし思い浮かべてくれたなら、それはすごく嬉しい。




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