声劇台本『ラプラトニック』

#声劇 #台本

紫檀

比率♂1♀0不問1

男 ♂
店員 不問


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<とある宝石店のショーケースの前、一人の男が立ち止まり店員に声をかける

男:いや、綺麗な指輪だね。これはサファイアかな?

店員:はい、イタリアの職人による一点物です

男:凄いね、一つの宝石のために一つのショーケース、特等席だね

店員:ええ、一点物ですから

男:いくらなの

店員:三十万円です

男:うわぁ、すごいね、石ころ一つに三十万円

店員:一点物ですから

男:でもね、買えなくもないよね

店員:そうですか

男:うん、僕ね、お金はあるんだよね、別に

店員:ならお買い上げなされますか

男:いやね、思うんだけどね

店員:はい?

男:やっぱり宝石ってのはね、こうやって特等席を貰って、ショーケースの中で、誰の所有物でもない、誰の手にも届かない場所で飾られているのを見るのが、一番輝いて見えるものじゃないかな

店員:そうでしょうか

男:うん、魅力的だよ、とても、魅力的だ

店員:御自宅で飾っては如何でしょう

男:いや、それだとね、手が届いちゃうからね、きっとくすんじゃうよ

店員:はぁ

男:きっとね、三日眺めたらもう机の引き出しにでもしまっちゃって、それっきりじゃないかな

店員:そういうものでしょうか

男:やっぱりこう、手の届かないものって、それだけで一つのステータスというかね、とても魅力的に目に映るよね
でもそれは裏を返すと、手が届いてしまうといずれは何も感じなくなっちゃうってことだとも思えてくる

<店員を尻目に、男は空虚に向かって話し続ける

男:いやでもね、全く手が届かないとそれはもう自分に関係ないものだからね、むしろ興味を持つことすらないんだけど
でも、このサファイアは僕が本気で手に入れようと思えばきっと手に入れられる

男:例えるなら彼女は…そう、僕からの熱烈な恋心をある程度汲み取ってくれている
でも、勿論彼女はショーケースの中のアイドルだからね、他の人の視線も無視は出来ないわけ、だから僕のことだけを見てくれているわけじゃない
それでもだ、それでもその一方で、やはりそれなりに僕のことも意識してくれている

男:だからもし僕が本気で彼女を振り向かせようと思えば、彼女はきっと振り向いてくれる
そうに違いない

男:けど手に入れてしまったら…彼女に申し訳ないじゃないか!

店員:申し訳ないのですか?

男:だってきっと僕はだよ、彼女を愛してはいないんだ…
あくまでショーケースに入っている彼女という、彼女の今の性質を愛しているに過ぎない!

店員:そうでしょうか

男:だから僕はこの宝石を買うことは出来ない、たとえお金があっても…不幸にさせるだけじゃないか!

店員:実は先日、この宝石を買いたいという方が現れまして

<店員の言葉に、男は思わず息を呑む

店員:非常に熱心な様子でした。ただ、どうやらそこまで経済的に豊かではないようで

男:な、なぁんだ、じゃあ、その、買えないんじゃないか

店員:だから宝石を買うのはこれを最初で最後にしたいと、方々を当たって金を見繕うことが出来たら必ず買いに来ると仰っていました」

男:………

男:それは、い、いつの話だ

店員:半年以上前になるでしょうか

男:あ、諦めたんじゃないかな

男:それか、もう心が移ってるとか、ははは、最近の世の中薄情な奴が多いですからね、一時の感情で物を言う奴なんていくらでもいるじゃないか」

店員:そんな方には見えませんでしたよ

男:見えなかったって、キミね、そんな、見た目なんて信用ならないよ

店員:先程の言葉を仰られるまでに数ヶ月もの間、週に一度は必ず宝石を見に来ていらっしゃいました
何度も、じっくりと、まるで対話でもするように…
それからはっきりと決意をなされたようです
おっしゃる通りあまり裕福ではない様子で、他の装飾品の類は一切身につけておりませんでした

男:そんな、へへへ、そ、そんな…

男:ひ、ひひひ、まるで本気じゃないか、へ?

男:そんな奴がいるのか、え?そんな、宝石一つ買うのに、これで最初で最後だなんて、え?

男:じゃあここ数ヶ月、毎日この店のショーケースの前を通る度に彼女を目に留めて、時には帽子を外して御辞儀をしたりもした、僕の気持ちは一体なんだったんだ!?

男:いつか君がそのショーケースから離れたら、時が移って流行りが移ってその特等席から移されたら、僕がひっそりと買ってやってもいいかも知れないなんて…そう思っていたのに!

男:1年近く前から君を熱烈に愛していただって!?それじゃあ君がそこに座る前からじゃないか!しかもそれでいて…君が最初で最後だって!?

男:そんな奴がいんのか!?

男:待ってくれよ…ちょっと待ってよ!

店員:今お客さまが買われればよいと思いますが

男:いや…いやいやいや、その、さ

男:僕が買っちまったらさ、その男はどう思うのかな
ショーケースからいつの間にやら居なくなった彼女に気付いてさ、半年以上かけてかき集めたウン十万を握りしめてどう思うの

男:僕に買われた彼女はどう思うの?
きっと僕は彼女を買ったらすぐに彼女に背を向けるよ
ああそうだ、そうに違いないさ、だって僕はそういう人間だから、そうに決まってるんだ
それで…可哀想にも華々しいショーケースから机の引き出しに移された彼女はどう思うわけ?

店員:しかし、もうその方の気が移ってるかも知れないのでしょう?

男:そんなわけないだろ!絶対そいつは本気だ、今本気で働いて本気で金をかき集めて、本気で彼女を買うつもりで、彼女のための場所を用意して整えているに違いないんだ!

男:どうすりゃいいんのさ僕は、もう祈るしかないじゃないか、そいつが…来ないことを!

男:僕と彼女は今の距離が一番なんだ、ショーケースを挟んだこの距離が、あとちょっとで手が届かないこの距離が

男:でもそいつと彼女は違うんだ、これからの方が良いんだよ、絶対、今よりこれからの方が幸せなの、彼は彼女だけを見て、彼女は彼だけを見て…

男:確かに僕だってねぇ、彼女に直に触れたいよ
自分の首に掛けたり、手で握りしめたりしたいよ、でもそうなったら終わりなんだよ、他の人から彼女が見えなくなったら終わりだ
何故って?僕がそういう人間だから…

男:前も…そうだった
エメラルドをね、貰ったんだ、もうみんな欲しがってたきれいなエメラルドをさ、ある婦人からね、これは貴方にこそ相応しい物よって、譲られたんだ

男:貰った直後は嬉しかった、幸せだった、僕ら永遠だねって思った

男:でもね、違ったんだ
僕はすぐ彼女に見向きもしなくなっちゃった
いつも通り宝石店に通ってショーケースに並ぶ宝石達を見てさ
他のそういった宝石よりも彼女を愛でる時間が多いとか、彼女だけを愛でるなんてことは無かった

男:それに気付いたら、なんか辛くってさ

男:結局手放しちゃったんだ、今は誰が持ち主なのかも知らないよ

男:だから僕はクズなんだ…宝石を持つ資格なんてない
それでね、だからね、このサファイアとはそうなりたくない一心で…

男:でももう終わりじゃないですか、そんな男がいるって聞いたら

男:きっと僕は明日から何日か眠れなくなりますよ

男:悶々としてね

男:あぁ…でもやっぱりその方がいいのかなぁ

男:永遠に手が届かなくなれば、僕の恋慕も永遠になるのかなぁ

男:へへへ、もう帰ろうかな

男:きっとここに居て彼女に対する想いを語ったって、彼女を困らせるだけだもんな

男:さようなら

男:店員さんも、ありがとね

男:ひひひ、惜しいなぁ、ひひひ

男:さようなら、へ、へ、……へ…

男:へ、へ…尚更好きに…ひひ、なっちまったよ…


終幕

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