読書録:松浦壮『時間とはなんだろう:最新物理学で探る「時」の正体』(2017, 講談社ブルーバックス)

 時間術というか、時間を有効に活用するという視点から、時間に関するビジネス書を読んだりする。そんな中、本屋さんをうろうろしていたら、こんな本に出会った。まだ読んでいる途中なので、現時点での感想。なお、がちがちの文系である私の感想なので、解釈として誤っている点があるかもしれない。ごめんなさい。

 この本は、物理学の発展の歴史が、時間という概念をいかに捉えてきたのか(捉え直してきたのか)について書かれた本。

 まず最初にあるのが、ガリレオとニュートンの時代の時間観。この時代の時間観では、xyz空間とは独立してt時間は流れており(存在しており)、物体がxyz空間をどのように動こうが、t時間とは何も関係しないというもの。すなわち、物体のx座標、y座標、z座標がどのように動こうが、t座標はそれとは関係なく一定の速さで動いている。この本を読むまで私が抱いていた時間観であり、多くの人がそうであると感じる時間観だろう。

 次にくるのが、特殊相対性理論の時代の時間観(アインシュタイン1)。この時代(時代というよりは時点といった方が正しいか)の時間観では、t時間とxyz空間が交わり始める。すなわちtxyz時空という概念が成り立ち始める。物体が「特殊な」運動(=等速直線運動)をしている状況においては、x座標、y座標、z座標の変化が、t座標の変化につながっていく。「あれ? 等速直線運動をしている俺の時間の進み方って、なんか他の人と違うんじゃね?」という感じ。しかし、世の中で等速直線運動をしている人なぞ事実上存在しないため、実践的ではないというか、理論上はそうだねという段階。とはいえ、時間が伸び縮みするというのは大発見。場合によってマイナス方向に伸びていってしまう=時間が逆行するということが理論的に証明されてしまう。

 その次にくるのが、一般相対性理論の時代の時間観(アインシュタイン2)。等速直線運動という「特殊」さが消えて、あらゆる物体に対して、相対性理論が成り立つ。すなわち、txyz時空において、物体は、x座標、y座標、z座標、t座標をあちこち移動する(慣性系≒重力をどうにかできれば本当の意味で自由に)。t座標をあちこち移動するということは、時間旅行も夢じゃない。ガリレオとニュートンの時代には、xyz空間に対して特権的な地位にいたt時間が、ここにきて、xyz空間のそれぞれの座標と同等の地位についた。

 というところまで。まだ半分くらい残っているので、また楽しく読み進めたい。知らない知識(概念)を手に入れると、世界が違って見えるというが、私にとってあまり馴染みのない物理学は、新しい知識(概念)の宝庫である。

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