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平成最後の小さな旅で思い出した記憶

GWに、かつて逃げ出すように後にした街を再訪しました。平成の終わりにやっておきたいことでした。その時の出会いについて書いておきます。平成に残す、自分の大事な思い出について。

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9年前、街を去る日、あの街で過ごした数年の間にできた小さなつながりを確認しに、引っ越しの荷物を詰め終わった後、街の中を周りました。街についてすぐに行きつけになった小料理屋のご夫婦、いつもおまけをくれた八百屋さん、好きだったパン屋のコーヒー。もう二度と帰ってこないだろうという確信があったから、その全てを記憶の奥底に焼き付けるように、一瞬一瞬を覚えます。もう二度と思い出したくないからこそ、大事に、記憶の奥底に刻み込むように。

一番最後に回ったのは、街の中央通りにある肉屋さんでした。その肉屋さんにいつから行くようになったのかはよく覚えていません。ちょうど駅から家までの帰り道にあったので、自然と揚げたコロッケの匂いにつられて入ったのだったか。すべてのお肉をそこで買うようになるのにそう時間はかかりませんでした。

一家で経営されている肉屋さんで、とても良い高級なお肉も扱ってらっしゃったんですが、20代最後の時期の薄給の僕が買えるのはせいぜい豚の細切れと一番安いコロッケくらいなもの。使うお金といって、せいぜい数百円の客です。でも何度も通ううちに、いつ頃からか僕のことを「兄ちゃん、いらっしゃい!」とおぼえてくれるようになりました。

肉を買う間に少しずつ交わす世間話。誰に話すわけでもない話の断片が、お肉屋の一家と僕の間に積み重なっていきます。大学の教員をやってること、英語を教えていること、いつか文学作品を教えたいこと、滋賀県の出身のこと、とある理由でこの街に来たこと。そして街を去る頃までには、大事な話も出来るようになっていました。僕の運命を大きく変える物事が起こった経緯について、自然と肉屋のご一家には話をしていました。僕は人にあまり心を開かない性質をしていますが、気づけば僕は、自分にあった多くの物事をそのお肉屋の皆さんと共有していたように思います。

9年前のあのお別れの日、肉屋のおばちゃんが涙を浮かべていたのを、今この記事を書きながら思い出しました。「そりゃあしんどかったなあ」と、まるで自分の息子が傷ついて血を流すのをそばで見ているかのように、おばちゃんは僕のために泣いてくれました。

僕は自分が生きるこの世界のことがあまり好きではありません。イヴァン・カラマーゾフが言ったように、罪なき子どもが毎日のように死んでいくこの世界を、僕はやはり肯定できない。でも、あのとき僕は、肉屋のおばちゃんが、まったく赤の他人の僕のために泣いてくれたことで、多分後につながる大事な一瞬を持ち得たのだと思うのです。それはずいぶん後にならないとわからないけど、この世界を生きていくときにものすごく大事なもの、人に対する基本的な信頼のようなものです。あの頃の深い絶望が、僕の心の全部を覆い隠さなかったのは、多分あの日のおばちゃんの涙が、僕のバラバラに割れた心をなんとかつなぎ留めてくれたからだと、今はわかります。

でも、そのときはそんなふうに思える日が来るとは僕にはわからなかった。僕はだから、精一杯の笑顔を顔に貼り付けて「落ち着いたらまたすぐこの街に戻ってきます」と、嘘を付きました。おばちゃんももしかしたらわかっていたかもしれません。おばちゃんもおっちゃんも、その息子のおにいちゃんも。全員、僕がもう戻ってこないことを、もしかしたらもう二度と会えないかもしれないことも、多分わかっていたように思います。

お店を出るとき、美味しそうないちごが店先に並んでいました。おばちゃんはそれを一つ無造作に掴むと、「もっていき!」と、何も買ってない僕に持たせてくれました。なんどもそうやって、「もっていき!」とおまけを付けてくれた、その時のままの感じで。まるで明日にでも、豚の細切れをまたこの子は買いに来るって思ってでもいるように。僕はもう何も買わないのに。

がらんとしたマンションの一室に帰って、それを洗って食べます。とても甘くて美味しいいちごでした。もう流れる涙を止める必要はなく、ガランとした部屋を西日が照らします。それが僕があの街で覚えている最後の光景です。思い出せる最後の光景です。僕はその光の中でぼんやりと、もう二度とあの人達に会えないだろうなあ、あの人たちには会えないなあ、お肉買えないなあ、残念だなあ、そんなことを思っていました。

=*=

それから9年の時間が経ちました。GWにあの街を再訪します。あの日最後にそうしたように、街の中をぶらぶら回りました。

あの小料理屋のご夫婦はあの頃と全く変わらない風貌で、僕のことを覚えてくれていました。パン屋も八百屋さんもそのまま残っていました。八百屋さんの店主はあいにく不在だったのですが、店の人に近況を聞くと元気にやっておられるそう。令和にまた再訪する理由ができました。

最後に、肉屋に向かいます。でも心がひどく重たいのです。何かもし変わってしまってたらどうしよう。もしおっちゃんとおばちゃんが僕のことを覚えてなかったら。いや、それは仕方がない。だって9年も経つんだから。でも、もし、もうお店にいらっしゃらなかったら。あるいは、もっと致命的な変化が、考えたくないような変化があの場所に起こっていたら。9年という歳月は、人間にとってはなかなか重たい時間です。おっちゃんもおばちゃんも、もう結構なお年だったから。

そんな気持ちで、何度も肉屋のある目抜き通りを避けながら、でも最後にはそこを素通りして帰るわけにも行かず、ゆっくりと店先に向かいます。

多分店から数メートルというところで、おばちゃんが急にひょっこり店先の商品を直しに出てきました。予想していない事態に心臓が跳ね上がります。元気でいらっしゃった!もうそれだけで良いやと僕は逃げ出しそうになります。もうこれでいい、これで十分、一番大事なことはわかった、そう思った瞬間、おばちゃんがこちらを向きます。目が合いました。1秒に満たない間、おばちゃんの顔に浮かんだ表情が忘れられません。「あれ、この子は?」から「この子は!」まで。小柄なおばちゃんはいつも表情豊かな人でした。そして声が大きな人でした。

「久しぶりやんかぁ、元気やったか!?」

満面に笑顔を浮かべたおばちゃんの、芯のある強い声が通りに響きます。記憶の底に押し込めた自分の平成の半分が、よみがえります。


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