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#014 希望

1982年11月14日、静岡県浜松基地上空でブルーインパルスの展示飛行が行われ、そこで悲劇が起きた。演目のひとつである下向き空中開花のさなか、6機のうち1機が機体の引き起こしに間に合わず墜落。パイロット1名が死亡したのだ。

その時なにが起きたのか、要因はどこにあったのか、迫る地上を前にパイロットはどうしたのか。それがありとあらゆる角度から描かれているのがこの本である。

著者の武田頼政氏が、事故に関する取材を本格的に開始したのは‘08年からだという。つまり、その時点で事故から26年もの月日が経過していたことを意味する。

‘82年当時、氏は航空専門誌『航空ジャーナル』の記者を務めていたため、一般的なジャーナリストよりも事故の核心に迫れる立場にあった。にもかかわらず、四半世紀以上も動かなかったのである。

なぜか?

それは、著書の中に登場する事故関係者全員が定年を迎え、退職するのを待っていたからだ。そうでなければ事の真相を、あるいは本当の心情を話してはもらえないと考えたのである。無論その数は10人や20人ではない。一冊の本を書き上げるため、心に留め置き続けたその強固な意志と人の立場に立った思慮の深さ。なによりそこに身震いした。

対象者に会い、話を聞き、周辺の事象と繋ぎ合わせ、文字を通して人に伝える。そうした行為を生業にしている者のひとりとして、氏がどれほど真摯に「書く」ことに向き合ってきたか。それを思い知らされ、強烈に襟を正された気がしたのである。

航空自衛隊という組織の立ち位置やブルーインパルス設立の経緯、それまでも幾度となく起きてきた事故。それらを縦糸とするならば、そこに携わった人々の信念、自負、矜持、懺悔、対立、見栄、嫉妬・・・・・・といった様々な心情が横糸になり、壮大な人間模様としてつまびらかにされていく。人と人が織り成す数十年分のストーリーが一気呵成に、しかし最後まで敬意をもって描かれていく様に、ただただ引き込まれるのである。

そしてもうひとつの側面として、本書は事故以外の様々な事柄にも触れている。ブルーインパルス(=青い衝撃)という名称は、広島に投下された原爆の閃光がメタファーになっていること。その一員になることは、対外的には選ばれしトップパイロットだが、組織の中では最新鋭の戦闘機に乗る機会を失った終着駅のように疎まれていたこと。アグレッサーと呼ばれる飛行教導隊への配属こそが戦闘機乗りの誇りであることなど、意外性に富む事実の数々がそれだ。

本書はそれらすべてを含めた群像のドキュメントであり、至るところに絶望、怒り、悲しみ、とまどいが滲んでいる一方、確かな救いもある。
だから何度読み返しても、希望を見出すことができるのだ。いつか自分の手でこうした熱量の本を書き上げたい。これは、そういう思いの礎になっている1冊であり、仕事に対するモチベーションになっているのである。

(初出:『ahead』 2019年1月号 vol.194)

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