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2021年推したいマンガ9作品 『三拍子の娘』『メダリスト』『奈良へ』等

今年の振り返り

ふだんWeb系編集プロダクションで働くかたわら、マンガに関するレビューやインタビュー記事を定期的に書いたり編集したりしています。

2021年は4月に出た『BRUTUS』のマンガ特集号で「何かここ数年ですごかったマンガ表現を紹介して下さい!」とご依頼を受け、「目に見えないものを描いた傑作マンガ」として『シオリエクスペリエンス』『バジーノイズ』『BLUE GIANT』の音楽表現を紹介させていただきました。

シオリとバジーノイズは何かしらの賞をもらってほしいとおもうほど画期的な表現を行っていたので、人気雑誌で取り上げる機会があって本当によかったです。

その勢いでねとらぼでシオリの作者お二人にインタビューを企画・取材しましたが、あのケレン味あふれる音楽表現は町田さんと長田さんの素晴らしい打ち返しで生まれていたことがよくわかり、こちらもアーカイブ化できてホクホクしています。

年末には『サ道』の「ととのう」表現はどれほど偉業なのかをサウナとマンガそれぞれの縦軸で語ってみるレビューを、日本一のサウナ情報サイト「サウナイキタイ」で書いてみましたが、1万字というやべー量になってしまい本当に反省しています(あと締切もだいぶのばしてもらいすみませんでした・・・)

マスメディアのマンガ発掘が増えている

2021年、芸人さんがマンガを紹介する番組が本当に増えましたね。

「アメトーーク!」のマンガ好き芸人特集は定期的に放送されていましたが、「川島・山内のマンガ沼」「まんが未知」「あの子は漫画を読まない。」と、こんなにマンガのレギュラー番組が同時にあるのは自分が生きてきたなかではありませんでした。
先述した『BRUTUS』も去年に続けてマンガ特集号を組みましたし。

コロナ禍における巣ごもり生活と可処分時間の限りとの兼ね合いで、外れを引かずに良作を読みたい人が増えたがゆえ、マンガのキュレーションに対する需要も高まっているんだと思っています。

あと好きな人がすすめる作品を買うのって、中身が自分好みでなかろうとその人のことをよく知った気分になるし、回り回ってその人へ投資しているので立派な推し活になる。
自分の感性のみで買うよりはいろいろと理があって、キュレーションに頼りたくなる気持ちも大いにわかります(自分も信頼する人がすすめたら迷わずポチる)

やはり芸人さんはプレゼンというか“べしゃり”がうまく、好きな作品のことを喜怒哀楽うまく織り交ぜて実に魅力的に紹介しますよね。
あと自分たちで「ネタづくり」という創作に励んできた人でもあるから、他者が魅力的に感じるようなマンガの要点のピックアップもうまい(麒麟の川島さんとか末恐ろしい)。

クリエイターへのよき理解者であり、プレゼンもめちゃくちゃうまいので、キュレーターとして重宝されるのも人気がでるのも当然でしょう。

マンガ好きとしてはこの状況は大歓迎です。
芸人さんのおかげでライトなマンガ好きがますます増えて、マンガにお金を払うハードルが徐々に下がっていき、自分なりに好きな作品を探す人がちょっとでも増えていけば、さらに多様で楽しいマンガが出てくる。
自分みたいなサブカル野郎はその好循環の甘い蜜を引き続き吸い続けたいです。

それでも独善的に好きなマンガを探すのも推すのもやめられねぇ

それはそうとて「このマンガがすごい!」や「マンガ大賞」、こうしたキュレーション番組&特集にもなかなかあがってこない作品はあるわけで。

だけど自分以外にもきっと刺さる人はいるであろう、間違いなくおもしろいor尖ったマンガに出会うとめちゃくちゃうずうずしてくるわけです。

そんなこんなで今年もマンガ漬けの1年だったので、2021年に人にすすめたい作品を紹介していきたいと思います。

町田メロメ『三拍子の娘』(1巻~、DU BOOKS)

『三拍子の娘』表紙より

イラストレーター出身の町田メロメさんがWeb媒体「ebookjapan」で連載している、1話8ページくらいの短編連作。

母親の四十九日が終わるや、音楽教師をやっていた父親が「世界をピアノしながら旅したくなっちゃった」と三姉妹を残して出ていってしまった。
それから10年後、長女すみ(28)、次女とら(22)、三女ふじ(18)の3人が同じマンションの1室で、「父親に捨てられた」という理不尽を感じせない、たのしくあかるい日常を送る――という作品です。

とにかく「日常における幸せな瞬間」のつくりかた、センスが鬼。

帰宅するやなぜか高笑いする次女。首をかしげる三女。北海道のばかうまい銘菓「マルセイバターサンド」をライオンキングばりに高く掲げられると、三女が一気にひざまずき、夕食の当番を引き受けます。

『三拍子の娘』「ベント・ザ・二ー!」より
『三拍子の娘』「ベント・ザ・二ー!」より

共同生活では「家事の当番を交渉材料に別の対価をもらう」ことがよくある。その騒動のタネがマルセイバターサンドっていうチョイスがめちゃくちゃいいんです。

そんな感じで、教会の掲示板に書かれた教訓、公園の屋根つき砂場、近所に生えていたタチアオイ。
誰の町にもありそうな題材をうまく切り取って、『三拍子の娘』は地味で楽しいドラマをつくりだします。

自宅からの散歩圏内に、こんなに楽しみは転がっているのか。
コロナ禍での自粛生活にユーモアと視点、活力をもたらしてくれました。

あとイラストレーター出身なのもあってか、画力と構成力が抜群に高い。
特に、描き文字を図案的に配することで、三姉妹の日常をより躍動的かつ軽やかにしているのが素晴らしいです。

好きなマンガ家は横山裕一や近藤聡乃、とインタビュー記事で答えてましたが、近藤聡乃『A子さんの恋人』や吉田秋生『海街diary』に、横山作品や西村ツチカが組み合わさったような感覚を受けていたので、なるほど~!となりました。

加えて、ちゃんと物語にサスペンス性もある。

三姉妹、特に長女のすみの軽やかさの根っこには、自分たちを捨てていった父親があることが要所で描かれます。
すみたちは、血やルーツからどう解き放たれて個人の生き方を獲得するか。

むしろそれを包括して背負って自分として前を向いていくのか。
ただ「たのしい話」に終わらない人間のテーマがあり、本当に総合力の高い作品です。

つるまいかだ『メダリスト』(既刊4巻~/講談社)

『メダリスト』1巻表紙

フィギュアスケーターが夢に打ち込む努力と葛藤を、コーチ目線(大人)とプレイヤー(子供)両視点からまっすぐに描くド根性ものなんですが、2021年の東京五輪の際にこれが読めてよかった。

5歳からはじめないと世界は見えてこないといわれるフィギュアスケート。
中学から始めたものの最終的にはアイスダンスの日本代表止まりで、その後の人生をどうするか悩んでいた27歳の司。
そこに偶然、小5にして親に見放されながらもフィギュアスケートに強い憧れを抱く少女・いのりと出会う。

環境に恵まれずともリンクへの執念が誰よりも強かった二人が、フィギュアスケートで世界を目指していきます。
画力も物語もセリフもキャラクターもどれもピカイチ。
これが作者にとっての商業誌初連載って本当にすごい。

個人的には「二人が迷いながらも金メダルに手を伸ばす姿」がよかった。
一心不乱じゃないんです、迷いながら。

このコロナ禍、五輪や音楽フェスなどいろんなアスリートやミュージシャンが夢を簡単に口にできないムードに包まれていたと思います。

『メダリスト』の世界にコロナはない。
けれどもいのりは「親もまったく期待していないのにお金のかかるフィギュアをやってもいいのか」「小5からはじめても無駄に終わるんじゃないか」「しかも同世代にはとんでもない天才がいる」――いろんな不安や障害になんどもくじけそうになります。

『メダリスト』1巻より
『メダリスト』1巻より

こういう「ものわかりのいい子」は多い。
なかなか夢を口にできず、合理的判断を下してきたケースは世の中にあふれているんじゃないでしょうか。

そこをコーチの司は、金メダルを目指していいんだよ、必ず優勝へ導くよ、と強く背中を押してくれる。
夢に敗れたけど、たゆまぬ努力で培ったフィギュアの知識と経験をいのりにしっかりと託し、いのりの目はどんどん力強くなっていく。

『メダリスト』2巻より

恵まれた環境にいない二人の、不安や恐怖に悩む姿がしっかり描かれた上で、頭を働かせ、練習し、金メダルという夢へがむしゃらに向かっていく。
アスリートの心の強さが凝縮されたような作品です。
自分も30代ですが、やってみたいことには素直に挑戦しつつも、下の世代や子どもたちに「大丈夫だよ」を言える大人になろう、と強く思いました。

フィギュアの学習マンガとしても秀逸なので、冬季五輪にあわせて読むのも大おすすめ。
いのりちゃんの成長にいちいち感激する司の親バカっぷりも最高なので、子どもができた友達にもよく推しています。


以下、文字数がやばい&年越しに間に合わなさそうなんで、短く紹介していきます。

川勝徳重『アントロポセンの犬泥棒

『アントロポセンの犬泥棒』表紙

令和に、70年代の劇画やバンドデシネを融合させてホラー漫画を描くやべー新人マンガ家です。
でもキャラクターは令和のタッチが入ってきたり、YouTubeでホラー映像を流すスマホ画面をコマの連続で描いたりと、完全に2021年じゃなきゃできない表現。

収録話『野豚物語』より

前作『電話・睡眠・音楽』のアート色が強かったところから、お話も絵もポップネスを獲得しつつあり、川勝さんはさらに化けていくだろうとめちゃくちゃ期待しています。というかファンです。
ガロ系とチェンソーマン、ゆらゆら帝国や園子温が好きな人は全員読んでください。

近所の仲のいい本屋さんがこれを面陳してくれたんですが、通りがかった女性が「わーこの表紙かわいい!」とページをめくってみたところ表情がなくなっていったそうです。最高だね・・・。

大山海『奈良へ』

『奈良へ』表紙

2021年読んだ中で一番とがっていた。
奈良の寺を舞台に、いろんな社会不適合者の「寺っていいな」を描くブルース&パンク短編連作です。

寺巡りしている最中に突如、「失われた奈良」の象徴なのか、鹿の死体を引きずるせんとくんが出てくるのがよかった。

第2話「東大寺」より

あと、中盤で異世界転生モノをおっぱじめる作者の脳のバグり方がやばかった。
作中に登場する寺、仏像は劇画のような細かさで描写されていて、『火の鳥』鳳凰編みたいな絵面の気持ちよさもありました。

こういうオルタナティブな作品を深夜に泥酔しながら読むのが最高なんだよな。

深山はな『来陽と青梅』(2巻~、秋田書店)

『青梅と来陽』2巻表紙

陽キャグループにいた中学女子が、自分は女性が好きであることを自覚していく過程、カミングアウトすることの難しさを丹念に描いている作品です。

その子と付き合っていた幼馴染の男の子、陽キャグループにいた女友達など、同性愛に理解のないシスジェンダー側の反応もリアルに描いているのもいい。
いろんな視点から同性愛の社会的生きづらさ、どう解消していくべきかを見つめています。
決して百合マンガのジャンルにひとくくりにしちゃいけない。

深山さんは前作、女性の同性愛者をテーマにした短編連作『一端の子』も素晴らしいのでぜひ。

真造圭伍『ひらやすみ』(2巻~、小学館)

『ひらやすみ』2巻 表紙

酔っ払った帰り道、甲州街道を2駅分、歩いて帰る。
初夏、にわか雨に濡れないよう二人で全速力で走る。
人生の中で忘れないであろう美しい瞬間は、喧騒だらけの都会にもある。
それを過去作で培ってきた画力と構成で、真造圭伍さんが見開きで美しく、ドリーミングで描き出してくれるのが最高です。

真造さんは群馬の僻地でやっていた原画展に行ったことがあるほど昔っから好きなんですが、前作『ノラと雑草』でネグレクトや虐待、SNS時代の援交、など現代の社会問題、打ちひしがれている人々の心の闇をとことん描いていました。
そこを経たからこそ、『ひらやすみ』では社会に心をなくしている人のキャラ造形もリアルで、本質をついていて、より一層主人公の純朴さに心があたたまる作品になっていると思います。

ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』(2巻~、KADOKAWA)

『作りたい女と食べたい女』1巻表紙

注文した大盛りの皿を、店員が何も聞かずに女性側ではなく男性側においてきたのに、違和感を感じたことがある人はぜひ読んで下さい。
シスターフッドとアンチホモソーシャルの要素がふんだんにあります。

『このマンガがすごい!』オンナ編一位おめでとうございます!
けど男も読めよ!!!

タバブックス『LUMBAR ROLL 04』

『ランバーロール』04 表紙

タバブックスという下北沢の出版社さんが不定期に出している雑誌の、第4号。
コロナをテーマに新進気鋭の作家がさまざまなマンガ作品を寄せていて、時代性を感じる1冊になっています。

収録話 山本美希「COVID-33」より

『かしこくて勇気ある子ども』の山本美希さんが描きおろした一編は、パンデミックが激化して「会話はすべて手話で行う」架空の世界を舞台にしているんですが、ハンドサインを二色刷りで生かした新しい表現をやりつつ、「コロナ禍にアートは必要なのか」に自分なりの答えも提示していて素晴らしかったです。

熊倉献『ブランクスペース』(2巻~)

『ブランクスペース』1巻表紙

片思いの男子と会話をしたくて最初に声をかける一言目が「犬派? 猫派?」という残念女子高生の狛江ショーコ。
失恋した帰り道、クラスの地味な女子・片桐スイが「空間上に透明な物体をつくる」ことができることを知ってしまう。

秘密を共有しながら二人は仲良くなっていく、ほっこりSF日常作品……と思わせて、3話目から一気に物語に事件性が増していく、癒やしとミステリーが交互に迫ってくるのが新感覚でたのしい。

雲行きが怪しくなってもちゃんとほのぼの友愛路線もキープする、バランスが天才だなと思いました。

おわりに

まだまだ取りあげたい作品はいっぱいあるし、積んでいるマンガがたくさんあるので、年末年始できるだけ読んでまたまたマンガ漬けの年をおっぱじめたいと思います。

品川区の銭湯・東京浴場さんが棚貸しをしているので、2022年は銭湯やサウナに関するマンガをそこで売ってみるつもりです✌

あと全然マンガと関係ないけど、コロナマスクを仮面の民俗学から見つめるZineをつくって5月の文フリで売ってみるつもりなので、奇特な方はお手に取りください。

2022年もよろしくです、みなさんよいお年を~!


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