大局観をもって予想する

今から10年ほど前、私は将棋の研究をしていたことがある。実際に将棋を指していたわけではない。ほぼ無限の可能性の中から1つの手を選んでゆく思考プロセスにおいて、将棋と競馬(の予想)には通底するものがあり、一流棋士たちの考え方から何かを得ようとしていたのだ。

その中で知った“大局観”という言葉がある。“大局観”とは、物事の全体的な状況や成り行きに対する見方を意味する。つまり、全体を俯瞰すること。将棋でいうと、目の前の1手1手の良し悪しを吟味する“読み”に対して、盤面全体の状況や流れを把握することが“大局観”と呼ばれる。一流棋士たちは、“読み”と“大局観”をセットとしながらも時と場合によって使い分け、それらの比率は年齢や経験によっても変わってくる。

棋士の羽生善治氏は“大局観”についてこう語る。

一口に大局観といっても2通りあります。一つは序盤で使う大局観。対局の始まりからその時点までの流れを見て、次の一手としてどれが最も一貫性があるか、自然なものか、つじつまが合っているのかということを考えています。もう一つは終盤で使う大局観ですが、この時は「何となくこういう結末になるんじゃないかな」とイメージを浮かべています。(「ライフネットジャーナルオンライン―羽生善治さんに「大局観」の真髄を訊く―より」)

競馬の予想にも“大局観”はある。1頭1頭の力差を綿密に比較検討してゆくのが“読み”だとすれば、競馬界全体の流れやそのレースや馬が置かれている状況を見極めるのが“大局観”である。“大局観”を意識して予想をしてみると、レースの全体像がより鮮明に映ってくる。たとえば、今週行われる中山記念の2003年以降の勝ち馬と2、3着馬を見てみたい。

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大局観をもって予想する

治郎丸敬之

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