天皇賞・春では長距離適性と多様性のある馬を狙え
天皇賞・春を3200mのレースとして行う意味はあるのか。世界的にスピードが重視されている流れの中、3000mを超える距離のG1レースを勝つことに価値はあるのかという問いがある。私はあると考えているし、天皇賞・春を勝つ馬こそが、真の名馬であるという想いがある。
私が競馬を始めたのは、オグリキャップがラストランの有馬記念で奇跡の復活を遂げて引退した年であり、そのあたりの時期から競馬をたしなんできた競馬ファンは、私の気持ちを少しは分かっていただけるのではないか。メジロマックイーン、サクラローレル、マヤノトップガン、スペシャルウィーク、テイエムオペラオーなど、その時代の名馬たちは必ずと言ってよいほど、天皇賞・春でその強さを見せつけてくれた。ごまかしの利かない舞台で、力と力をぶつけ合い、死力を尽くすからこそ名馬たちはより輝くのである。
時代は移り変わった。かつての名馬像にあまりに固執してしまうと、その想いが偏見に変わることも十分に承知しているつもりだ。現場のリアルな風を感じながら指揮を執る角居勝彦調教師は、著書の中でこう語っている。
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