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「めちゃくちゃ美味い店」には二度と行かないようにしてるんだ

ごく稀にではあるけれど、なんじゃこりゃ!!!と思わず唸るほど「めちゃくちゃ美味い店」に行き当たることがある。
それは頑固おやじがやってる蕎麦屋だったり、海外の名の知れた店だったり、地方の駅前にひっそり佇む店だったり色々なんだけれど、その店の名物料理を一口食べた時の驚きは何にも例えがたい。

でも、僕はそういう店に行き当たった場合、やむを得ない理由でもない限りは、二度とその店に近づかないようにしている。もちろん、あの味食べたさについ足が向くこともあるけれど、大抵の場合、後悔することになる。理由は簡単で、二回目が初回の味を上回ることは、ほぼ確実にないからだ。むしろ、初回に衝撃を受ければ受けるほど、二回目に行った時は「あれ?こんなもんだったか…?」と感じてしまうのだ。

タイにプーパッポンカリーという渡り蟹を卵とカレーで炒めた料理がある。
(タイ料理は、国民の14%程度が華人系なこともあり、タイ古来の民族料理と潮州、広東、福建あたりの中華料理がミックスされているメニューが結構ある。プーパッポンカリーもその一つだ。)
プーパッポンカリーが美味しいとバンコクで評判の店に初めて行ったのは今から4、5年前だと思う。カレースパイスをベースに、蟹から出る出汁と卵、そしてココナッツミルクなどなど。タイならではの味が重層的に重なりあったこの料理を初めて食べた時の衝撃は本当に凄まじかった。

その時は出張だったと思う。その後もあの味が頭から離れず、プライベートの旅行でも同じ店に立ち寄った。そして、待望のその味を再び口にした瞬間、やはり思ったのだ。「……あれ?」と。

確かに待ちに待った正真正銘のプーパッポンカリーなのだが、あの時、自分が感動した味とはどうも違う気がする。こんなもんだったか?いやいや、こんなものでは……。
一度気になると何をしていても気になる。納得できず、その旅行でバンコク中にあるプーパッポンカリーの名店をほぼ全て食べ歩いた。しかし結局、あの初回の衝撃に勝る味に出会うことは遂にできなかった。

結局、「感動」に勝るスパイスはない、ということなのだろう。
特に単品の名物料理で売っている店の場合、だいたいこの「二回目ギャップ問題」が起こる。だから、初回の味に感動すればするほど、そういう店には二度と行かないようにしているのだ。想い出の味が一番美味しい味。失望するくらいなら、想い出のままそっとしておきたいのである。

では、それでもなお、何回も足を運べる美味しい店とは、一体どんな店なのだろう。おそらくそれは、単に「めちゃくちゃ美味い店」というレベルを超えた、「毎回驚きをくれる凄い店」たちのことだ。
季節ごとの素材を仕入れ、それに合った調理をし、その上で新しい素材や調理法を常に模索し続ける店。「今度はそう来たか!」と客を驚かせ続ける店。

これは何も高級店に限ったことではない。
以前、木場に住んでいた時、正に「凄い」と言える店が近所にあった。
決して高くない、むしろ下手なチェーンよりもリーズナブルな居酒屋だけれど、市場に季節ごとに出回る美味しい魚を刺し身と寿司にし、焼き物・揚げ物も旬のものを多く揃え、しかも板前さんたちが随時新しいメニューを生み出していた。
それだけでなく、女将が日本酒の蔵元と異常に仲が良く、全国各地の、東京では見つけることすら難しい銘柄が常に並んでいる。この店で、僕は本当に多くの日本酒を教えて貰った。
(ちなみにそこは、大変惜しいことに一昨年で閉店してしまった。「毎回驚きをくれる凄い店」でありつつ、「経営がうまくいく店」であることは、更に難しいことのようだ。)

そしてこれは、料理店に限ったことですらないのだ。
「相手に常に驚きを与える存在であり続ける」ということ、少なくともそれを目指すということは、あらゆる仕事にとって、いや、コミュニケーションや人と人の関係全てにとって、とても大事なことなのだと思う。
「自分は今日、相手の何に驚けるんだろう?」という期待と、
「自分は今日、その人にどんな驚きを与えられるんだろう?」という自問。その二つを持って、今日も人に会いに行きたい。

(ちなみにプーパッポンカリー、実はその後、意外にも日本国内でバンコクを上回る味に遭遇した。でもそれは、また別のお話。)

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