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セルフコントロールと自己責任論

今日、下記の記事を読みました。
「肥満は自己責任」と言われるようになったワケhttps://president.jp/articles/-/30419

アメリカでは太っていると管理職で昇進できないみたいな話が昔からありました。この記事を読むとその背景には「本来自分でコントロールできる体型が良いものになっていないのは、本人の努力が足りないからだ」という考えがあるようです。

なんでもコントロールしたがる現代人

太ってる痩せてるの話は時代背景によるものなのでまあどっちでもいいとして…
引っかかるのは、こういうふうに様々なものを「コントロールしようとする」考え方です。
いま、自分の体重から地球の気候まで、どんなものでもコントロール可能だと考える風潮が強いように思います。

一方、それとは違う考え方として、先日の台風の時のニュース記事で「日本人が何回災害に遭っても対策不足なのは『自然災害というのは仕方ない、コントロール不能なものだ』という無意識の前提があるからだ」というものがありました。
災害対策としての良し悪しはここでは論じませんが、僕はその話を読んだ時に「日本人の自然観」とともに「コントロールできる・できないという感覚に基づく受容」という考え方を感じました。
コントロールできないものは仕方ない、という感覚です。

身体・精神はコントロール可能か?

現代においては、人間は自分の身体や精神などいろんなものをコントロールできるのだという前提で物事を考えているふしがあります。なので、様々な行動が自己責任論的に扱われているのではないでしょうか。
しかし我々は、自分自身に対して全くコントローラブルではありません。やらなきゃいけない仕事を後回しにしたり、ダイエットに失敗したり、感情に振り回されて思ってもみない行動を取ったりします。
なので、それを完璧にコントロールすることが是というのも、なんだかしっくりこない気がします。
だって、そんなことできる訳ないから。

コントロール可能だと思うことは幸せか?

そういう視点で物事を見てみると、「人間は自分をコントロール可能である」という考え方は、果たして幸せなのか…?
皆が「できるはずなのにできない」の自責に苦しめられて、辛くなってしまうのではないでしょうか。
ある種の「諦め」「ゆるし」のようなものが、もう少しあってもいいのかなと思います。

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