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『分かってる』と『分かってる風』

今日のテーマは「人は何を見て相手が『分かってる』と判断しているか、です。

『ああ、分かってるな』と感じるポイント

我々が人とやりとりをしていて、相手が自分の話を分かっているかどうかはそこそこ分かります。それは相手の反応、つまり目線、相槌、返答、仕草など諸々を見て判断しているからです。言語表現全般においても同じことが言えるのですが、我々は相手が出す「サイン」を逆翻訳して『理解していそうだ』と判断しているのです。
つまり、上手くサインさえ出せれば、『分かってる感』を相手に感じさせることができます。

サインとしての反応

ここで言いたいのは自分たちのリアクションの研究ではありません。子どもたちを見る時に「内容の理解度の推定」と「理解度のサインとしての反応」をごっちゃにしてはいけない、ということです。
よく小さい子どもが大人びたことを言って、大人が「実は分かってるんだな」と感心することがあります。しかしその子が行動レベルでは分かった風なことを言えても、言語能力的には高いのに考え方そのものが幼い場合は、出来事の本質が分からないまま言語パズル的に答えている可能性があると思っています。
あるいは、知的障害のある高校生くらいの生徒で、日常会話がスムーズにできる子の場合。支援学校に行っていてIQが60台くらいだとしても、『なんかちゃんと分かってそう』な感じがします。
その感覚は、正しいでしょうか?

表出の向こう側を想像する

やはり、彼らのプレゼンテーションから受ける印象に比べて、実際には分かっていないことも多いと考えています。
できる風に見えることは悪いことではないのですが、結果的に求められるハードルが過剰に高くなったり、本人が分からないまま話が進んでいったりするのは良いこととは言えません。
彼らが外に出しているもの以上の情報を読み取ってあげたいものです。

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