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あの柳生の剣豪は嶋左近の孫だった

江戸と尾張に分かれながら、
数々の剣豪を輩出した柳生(やぎゅう)家。
その最後の剣豪は、
関ヶ原で勇名を馳せた嶋左近の孫だった。

一瞬の勝負

その日、江戸城内では人ばらいの上、3代将軍徳川家光上覧の剣術試合が行なわれた。

立合うのは将軍家兵法師範江戸柳生(やぎゅう)家の当主・柳生飛騨守宗冬(ひだのかみむねふゆ)。いま一人は尾張藩の兵法師範柳生連也斎巌包(れんやさいとしかね)である。

流派は双方とも新陰流

勝負は一瞬でついた。

3尺3寸の木刀を中段に構える宗冬に対し、連也斎は2尺の小太刀の木刀を右手に下げ、無造作に近づく。

宗冬が打とうとした刹那、連也斎の小太刀はすでに宗冬の右の拳(こぶし)を打ち、宗冬は太刀をとり落としていた。

時に関ヶ原の合戦から50年が過ぎた慶安4年(1651)4月、連也斎27歳であった。

江戸柳生と尾張柳生

これは尾張柳生家に伝わる「慶安御前試合」と呼ばれるもので、従兄弟である柳生宗冬と柳生連也斎が、将軍家光の前で、木刀で試合をしたといわれるものです。尾張に伝わる話では、連也斎の木刀が宗冬の拳を砕いたとされますが、御前試合を含めて、公式の記録は残っていません。

ただし、連也斎が将軍家光の御前で剣技を披露したのは事実であり、家光はその技量を大いに賞したと連也斎は自ら書き残しています。

ところで最近は、テレビで時代劇を見かけることがめっきり減ってしまいました。かつては『水戸黄門』『暴れん坊将軍』のような定番だけでなく、宮本武蔵や柳生十兵衛といった剣豪が活躍するドラマも色々とありました。

そうしたドラマを観ていると、柳生家は大和国(現在の奈良県)の土豪・柳生石舟斎宗厳(せきしゅうさいむねとし)が剣聖・上泉信綱(かみいずみのぶつな)より新陰流を伝えられ、石舟斎の5男・但馬守宗矩(たじまのかみむねのり)が徳川将軍家の兵法師範となって江戸柳生に、また石舟斎の孫(長男の子)兵庫助利厳(ひょうごのすけとしとし)が尾張徳川家に仕えて尾張柳生となり、柳生は江戸と尾張で張り合っていたなどということも、なんとなく知ることができたように思います。

そして江戸柳生の宗矩の長男が隻眼の剣豪・柳生十兵衛(実際は隻眼ではなかったようです)、その末弟が又十郎宗冬であることは、『柳生一族の陰謀』といった時代劇でもおなじみでした。

左近の孫が尾張の麒麟児に

さて、今回ご紹介する柳生連也斎は、尾張柳生の兵庫頭利厳の3男です。幼い頃より剣の天分に恵まれて、父親が隠居すると、兄ではなく連也斎が尾張藩の兵法師範となりました。

しかし、連也斎が柳生姓を名乗ることが許されたのは、実は16歳になってからといわれます。

寛永2年(1625)生まれの連也斎は、幼時は「嶋新六」と名のり、三河国御油(ごゆ)の姉婿のもとで育ちました。その事情は、父兵庫助の継室であった母親の出自にあったとされます。

というのも連也斎の母親は、関ヶ原の合戦で石田三成の右腕として勇名を馳せた、あの嶋左近の末娘・珠(たま)であったのです。

嶋左近は不明な点の多い武将ですが、大和国平群(へぐり)郡の出身で、筒井順慶の重臣であったとされます。その後、豊臣政権の奉行であった石田三成に高禄で迎えられました

柳生家も一時期、筒井氏に仕えていたこともあり、同じ大和の国衆として、親しい存在であったのでしょう。

ただ、左近は関ヶ原で家康をはじめとする東軍を大いに苦しめた存在。尾張徳川家に仕える兵庫助とすれば、左近の娘を室にしていることが主君に対して恐れ多いと、痛くもない腹を探られるようなことがあったのかもしれません。

母子ともに名古屋に移るのは連也斎が10歳の時でした。当初、連也斎は嶋家を再興する予定であったともいわれますが、おそらく兵庫助は家中における自分の立場が、確たるものになるのを待っていたのでしょう。

やがて父兵庫助の陶冶(とうや)で、連也斎の剣は大いに進み、ついには父の跡を継いで「尾張柳生」の剣を完成するまでに至ります。

「尾張の麒麟児」と呼ばれた天才剣士・柳生連也斎の強さは、新陰流正統を受け継ぐ父親の血だけでなく、名将と呼ばれた祖父・嶋左近の血によるところも大きかったのでしょう。まさにサラブレッドでした。

そして彼は、事実上最後の柳生の剣豪となりました。連也斎は生涯妻帯せず、子をなさなかったため、元禄7年(1694)に彼が他界すると、祖父左近の血脈も途絶えたのです。享年70。

ちなみに尾張柳生の剣は、柳生家と尾張藩主が交互に道統を伝え合ったため、今も脈々と受け継がれています。

私はかつて2度、尾張柳生の剣の稽古を取材させて頂いたことがありますが、現代剣道で5段、6段といった有段者が、袋竹刀を構えた当時の宗家を前に、身動きできずに冷や汗を流す様子を見て、驚いたことを覚えています。

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