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第二十回:定価? そんなものはない

前々回、原稿を書きながら「ここから先を説明すると、ちょっと長くなりすぎるな……」と思った私は、そこでぶった切って倉下さんへぶん投げるという荒技を仕掛けました。往復書簡的連載ならではの強引さ。今回ばかりは、素直に打ち返していただきました。ふふふ。

とはいうものの、冒頭のこの一節で、私は盛大に笑ってしまいました。

まず、前回鷹野さんが丁寧に解説してくださった商業出版での本の値付けは、セルパブではほとんど参考になりません。

いきなり全面否定か! ……いや、きっと、私が途中でぶった切ってしまったため、なぜわざわざ商業出版の説明から始めたのか、という説明が足らなかったのでしょう。ちょっと反省。というわけで、今回は復習と補足をしてみます。

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前々回私はまず、一般的な商品価格の決定要因として「自分の視点」「顧客の視点」「競合の視点」の3つがあるという話をしました。そして、商業出版においては主に「自分の視点」すなわち製造コストの積み上げで価格が決められているという話もしました。

それで商業出版がこれまで成り立ってきたのは、原則として定価販売であることが大きいでしょう。つまり「競合の視点」をあまり考えずとも、一定のロジックで販売価格を決められ、それでそこそこ成果が出る、という商品だったのです。ただ、出版市場が20年間縮小し続けていることを考えると、もはやそのやり方ではダメなのでは? とも思うわけですが。

ところが、商業出版は電子書籍についても「紙の八掛け(20%オフ)」といった、一定のロジックに基づいて販売価格が決められている、というところが前々回のポイントです。セルフパブリッシングあるいはセルブズパブリッシングされた本(面倒なので以下「セルパブ」)は、「Kindleストア」や「楽天Kobo」「BOOK☆WALKER」「iBooks Store」などでは商業出版された本と同じ土俵に並べられ、比較対象とされるのです。

つまり、商業出版がどういうロジックで価格付けしているか? は「競合の視点」に関わってくる、ということになります。基本的にまったく同じ本は存在しませんが、類書があるなら「どっちがいいかな?」と比較されます。すでに商業出版されている本の類書をセルパブで出す場合、必然的に販売価格は影響されるでしょう。

小説ならどうか? こちらももちろん、同ジャンルの商業出版の値付けを意識せざるを得ません。たとえばライトノベルなら、商業出版で一定以上の品質である(はず)の文庫本が、600円~700円くらいで売られているわけです。同じようなボリューム——ざっくり10万字前後の本を、それより高い値段にするのは勇気が要ります。

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さて、厄介なことに商業出版の電子版は、単行本と、あとから出た文庫本が、なぜかどちらも売られているようなケースがあります。文庫本には解説が付いていて、付加価値が上がっているはずなのに、なぜか単行本より圧倒的に安い、みたいな。なぜそんなちぐはぐな値付けになっているのでしょう?

一般的に、商品は「プロダクトライフサイクル」というプロセスを辿ります。市場へ投入されてから、認知・支持され売れたのち、だんだん売れなくなり、いずれ消えていきます。長く市場で売られる商品は、プロダクトライフサイクルが長い、というわけです。

本の場合これを、ブック・ライフサイクルと言うそうです。一般的な商品は、売れなくなってきたら価格を下げる場合もありますが、商業出版は原則として定価販売が書店に義務付けられています。そのためたとえば単行本1800円として売り始められたら、売れなくても勝手に値下げできません。となると委託販売制なので、在庫スペースを無駄にしないため、書店は売れない本を返品します。最近は、どんどんブック・ライフサイクルが短くなっているようです。

ただ、作品としてはまだそれなりに人気があるなら、安くすれば売れる可能性があります。そこで出版社は、値下げの代わりにパッケージを変えた廉価版——文庫本を出します。解説のようなオマケも付いて800円! お値打ち! といった手法がこれまで用いられてきたわけです。

さて、この手法はいまどういう状況か? 出版科学研究所『出版月報2018年3月号』によると、2017年の文庫本推定販売額は、前年比5.1%減の1015億円。4年連続で5%以上のマイナスを記録しているそうです。つまり、この「廉価版商法」は、だんだん通用しなくなってきている、と言えるでしょう。

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電子書籍市場が広がり始めたことにより、単行本とその電子版、文庫本とその電子版が同時に売られる、という事態が起こるようになりました。電子書店には事実上、無限の本棚があります。そして、出版社とホールセールモデルで契約している電子書店は、小売価格を自由に設定できます。

もし私が、出版社とホールセールモデルで契約している電子書店の店員で、単行本(の電子版)から数年後に、単行本の約半額の文庫本(の電子版)が入荷してきたらどうするか。文庫本には解説という付加価値も付いているわけですから、単行本の価格を文庫本より安くしたいところです。

また、単行本から数年後に文庫本が入荷するというサイクルもわかっているわけですし、単行本と文庫本の値付けもだいたいパターン化されていますから、文庫本が出る時期を見越して、単行本のセールを断続的に行い価格を徐々に切り下げる、といった手法を採ることでしょう。

セールで需要を喚起しつつブック・ライフサイクルを伸ばし、付加価値の付いた新パッケージ投入時期に合わせ、さらに売り伸ばす——こういった価格調整をアルゴリズムでやっているのが、アマゾンです。

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さて、「では、我々が小さな出版社(者)としてセルフパブリッシング、もしくはセルブズパブリッシング、あるいはチームパブリッシングを行うときは、どのように価格付けを行えばいいか?」という、前々回最後の問いかけに戻ります。

私の答えは、類書や同ジャンルの価格を意識しつつ、最初はあまり安すぎない価格で市場へ投入、あとは折を見てセールを打つなど情勢を見ながら調整していく、です。定価なんてないんだし、「顧客の視点」に沿って自由に変えちゃえばいいと思うのです。ホールセールモデルで契約しているなら、価格調整は電子書店側に任せてしまう、というのも手でしょう。

電子書籍は商業出版と違って、1冊の長さにとくに制約がありません。短くてもいいし、長くてもいい。だから私は、文字モノなら1万字あたり100円くらいというところを目安に、最初の市場投入価格を決めています。これはいちおう、「競合の視点」による目安です。

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さて「Price(価格)」の話が長くなってきましたが、このまま続けるか否か。今回はボールを投げずに終わってみます。~♪

倉下さんの原稿へ続く

最後までお読みいただきありがとうございました。