カミングアウト〈3537文字〉

平成最後の日(2019/4/30)に
Twitterのリア垢で多汗症であることを
カミングアウトしました。

思い切った。
ネットだから友達のリアルな反応は
すぐには伝わってこないけど
ツイートする決心がいったし
【ツイート】ボタンを押す手が震えた。

本当に震えた。
心臓もドキドキ止まらなくて体も震えた。
でももう覚悟というか決心はしていたから
ツイート文打ってからは案外すぐ押せた。

その日は映画キングダムを観て
心がドラマチック(笑)になっていて、
1人暮らしの部屋を申し込んで1つ達成感みたいなものがあって、
午後5時からの天皇陛下の退位の様子を
テレビ中継でボーッと観ていたら、
(平成が終わるのかぁ。いよいよ令和になるのかぁ。)
(何か自分なりに記念じみた事できないかな?)
みたいなことを自然と考えていて、
ぽんっと頭に浮かんできたのが、
(あ、多汗症カミングアウトする……?)。

もうずっと隠すのもしんどいから
徐々に親しい友達とかから話していこうかなと
思っていた今日この頃だけど、
必ずしも口頭で伝える必要はないんじゃない?と、
口で言うかSNSで軽くバーっと伝えるか迷ってた。

そのタイミングでの
元号が変わるっていう良いチャンス。
ツイートも、平成最後ということで…
みたいな感じで呟いた。

みんなからの反応は驚くほどになかった。
看護科の友達1人と
2回くらいしか会ったことない男友達(?)が
いいねしてくれて、
中学校の同級生からはリプライが。

「中学のときタオル持ってたのはそれ?」と。
「そう。笑」と答えると
「拍手👏恥じることではない」と言ってくれた。
普通に涙ポロリした。

その子はスキンシップの激しい子で
中学時代、私の手を触っては
「なんでそんな手汗かいてんの?」と
超どストレートに聞いてきてた子。笑

当時の私はどう受け答えしてたんだろう。

今になって思えば
「こういう病気なんだ」と一言いえてれば済む話だった。

看護科の友達や幼馴染、
中学校の同級生や元同期。
たくさんの知り合いが私のツイートを
見たはずだけど、とくに反応はなかった。

見てないかも知れないし、
見ても(ふ〜んそうなんだ)くらいなのかも知れないし、
反応が取りづらかったのかも知れないし、
引いたのかも知れない。

幼馴染に関しては
そのツイートには触れずにLINE来るし
別のツイートにリプ送ってくるし
(どう思ったんだろう?)と本当に不思議。笑

カミングアウトは固定ツイートにして
しばらく晒すつもり。

周りの反応が見えないところは
SNS発信の良いところでも悪いところでもあるね。

でもカミングアウトしてから3日。
あまりの反応のなさにモヤモヤしつつも(笑)、
カミングアウトした事については全く後悔していない。

卑怯というか、
今まで必死に多汗症を隠してきた過去の自分に
甲斐性のない(?)行動だったかなとは思うけど
結果オーライ!

心がだいぶ軽くなった気がしてる。

私のツイートを見て気になったら聞いてくるだろうし、
次会った友達に何も聞かれなかったらそれでいい。
自分からはとくに聞かないことにしよう。

え?多汗症ですけど何か?
的なスタンスでいこうと思う。

汗は不潔なものだし
汗かいてる人に近づきたくないとか
その人が触ったもの触りたくないとか言う
偏見というか差別は受け付ける。

だって汚いもんね。当たり前。
誰でも人の汗は触りたくない。
汗かいてる人に触られたくない。

でも病気なんだから仕方ない。

今までこの病気を隠してたのは
汗をかいた状態で人のもの触ったり
人の家にあがったり
そういう自分の【罪】がバレないため。

多汗症だと言ってたら、
常に汗をかいてる病気だと知られてたら、
すべての【罪】がバレるから、見逃されないから、
それがしんどいと思ってたから隠してた。

だけどそれよりも、
誰にも【罪】がバレてなくても
自分にはバレてて、【罪悪感】が積もり積もって、
白状したらラクになれると思った。

同じ多汗症患者の人には
攻撃的な文章かも知れませんがお許しください。
私自身が自分に対して思っていることです。

汗をかいてしまう病気だから仕方ない。
だけど、それと
他人のものを自分の汗で汚す事を仕方ないと思うのは違う。

それは、病気だから仕方ないでしょ、とは違う。

足の臭いに対しても
病気なんだから仕方ないじゃんと思っていたけど
他人に不快な思いをさせていることは確か。

社会で生活するなら、
共同の場で生活するなら、
自分なりにできるケアはしなければいけない。

そういった周りへの配慮を
めんどくさいししんどいから
黙っておいて適当にやり過ごそうとしてたから
罪悪感が積もって余計にしんどくなった。

恥ずかしい、どうせ理解されない、
そういった思いもこの病気を隠す理由だったけど
【自分が他人にかけてる迷惑】を
見て見ぬ振りするためでもあった。

実際今回のカミングアウトで
恥ずかしい、どうせ理解されないという気持ちよりも
今までの接し方について嫌悪感を抱かれないか?
その不安が大きかった。

友達の家に上がったり
友達のものを借りたり
友達の子供を抱っこしたり。
汗をかいた状態のことが幾度となくあったから。

そしてその場面で、
多汗症ということを公表していないがために、
靴下を履き変えたり
ものを触る子供を抱っこする前に
手を洗ったりという行動をしなかった。

そういう【変】な行動をしたら
多汗症ということを言わざるを得なくなってしまうから。

嘘に嘘を重ね、人間関係に虚無感が生まれ、
次第に人と接することが億劫になった。
罪悪感だけが募るから。
でも自分が悪いわけじゃないというモヤモヤもあるから。
スッキリした感情で人と接することができない。

多汗症であるということ以上に、
多汗症を隠すということが
対人関係に影響を及ぼしていたんだと思う。

もう罪はバラした。
白状した。

これからは多汗症を隠さず生きる。
恥ずかしさや気まずさはあるけれど、
その分汗をかいたときに説明ができたり
隠さなくていいから安心できたり
温度調節など状況を変えることも可能だろう。

振り返って考えてみると
「ただの汗っかきと思われたくない」のに
「病気なんです」と言えなかったのはなぜだろう。

多汗症という病気の認知度が低くて
そもそも多汗症というもの自体が
ただの汗っかきと思われているからか…?

「病気なんです」と言っても
「そんな大げさな。」と軽視される、
この状況が多汗症という病気を打ち明けられない
原因の1つにもなっている。

でも知らないものは知らないし
想像できないものは想像できないからね。

実物(滴り落ちる汗)を見ないと分からないよね。
「これが下手したら1日中続くんだよ。」って。

そう説明しても周りの人には
想像しかできないからそれでもふ〜ん程度。

周りに辛さを理解してもらう
ってほんとに難しいことだと思う。

その難しいことに執着するのは時間の無駄かもと思う。
人生は限られているので。

ただ自分の罪悪感は消せる。
それはカミングアウトして、自分なりのケアはすること。
恥ずかしさも消せる。
これは…病気なんだから仕方ない。それに限る。
ハンデを負った体なんだから周りに合わせてもらう。合わさせる。合わせてくれないなら関係を断つ。

それくらいして自ら
自分の人生を生きやすいように変えていかないとだ。

つい3日前ようやくカミングアウトした私が
もう語っちゃってるよ。

多汗症の認知度を上げるため
顔も名前も出して活動されている
守矢奈央さん、ほんまこさん、
2人を見習って私もなにか行動を起こしたいと思いました。

この病気だから出来ることって
同じ病気の人が少しでも明るく生きられるよう
行動することだと思う。
それに尽きるのではないか?

汗でなにか作れたり
汗で人を喜ばせたりできるなら
それもこの病気だから出来ることですけどねぇ…
ないやん、そんなこと…

汗ってやっぱ気持ち悪いもん…
周りにゴメンって感じ…
これからはしっかりケアするので。
今まで多汗症であることを隠して
一応遠慮しながらも触れてきた物たち、友達ゴメンね。

そして今後も私の汗や臭いで
不快な気持ちにさせてしまったらすみません。
先謝っとく。

けどこれだけ言わせて。

「病気なんだから仕方ない。」

2019.5.3 22:00

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?