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「みんなの声」をどこまで信じるか

「お酒?好きですよ。好きなビールの銘柄はキリンのラガーですね。え?意外ですか?ワインもたまに飲みます。何を基準に選ぶか?うーん。専門の人から薦められない限りラベルのデザインですかねぇ。味の違い、わかったら面白いんでしょうけど」

いつも髪を切ってくれる美容師さん(30歳・爽やかイケメン)の話です。

ふだん、いわゆる「界隈の人」と接することが多い分、市井の声を知るひとつの手立てとして、こんな風に美容師さんと会話を楽しみながらさり気なく自分の関わっている業界のことを聞いたりしています。

別にタクシーの運転手でも、いきつけのスナックのママでもいいのだけれど、とりあえず自分の「業界」ではない人からの「生の声」を聞くことでバランスを取ろうとするようなところがあるようです。

正直に打ち明けると調査というものが僕はどうも苦手なんです。

〇〇を好きな人は全体の〇〇%です、そのうち〇〇%が、その理由を〇〇にあると言っています。

とか、

今まで〇〇%だった我々のブランドへの好意が今回の施策によって〇〇%に上がりました。

とか。

これを読んでいる方は僕と同じような立ち位置の方もいて、調査をふだんの仕事の中でも活用している方もたくさんいると思います。勘違いしないでほしいのは、その手法を否定しているわけではなくて、どうも僕には調査結果には気持ち悪さが伴うということなんです。

もっと正確に言えば、ひとつの声を拠り所にしてコトを進めることに違和感を感じるということです。

声。

ここで語られる「声」は3つあると思っています。ひとつはファンの声、もうひとつは利用者の声、そして最後に世の中の声です。

「ファン」とはつまり愛用者のことです。競合他社の商品に流されず、サービスやプロダクトの持つ「何か」に強く愛着を持って使い続けてくれている人たちのことであり、まわりの人に薦めてくれるエバンジェリストでもあります。

「利用者」とは使ったことのある人のことです。ファンほどの愛着はないにせよ、何かしらのメリットを感じた上で使ってくれたことがある人であり、他の商品にメリットを感じたなら乗り換えができる人でもあります。

「世の中」とは、とてもざっくりしていますが気運であり流行です。サービスやプロダクトとの関わりの如何は問わず、ファンや利用者の周辺に流れている兆しのようなものです。

さらに重要な点を付け加えると、それぞれの声はひとりの中に共存しているということです。つまり、ファンの中にも利用者の声はあり、世の中の声の中にファンになる(もしくは離れる)要素があるということです。

これら3つの声を並べた上で次の打ち手を考えること、これが僕にとっては「声を聞く」ということだと思っています。

いきなり抽象的で結論的な話になりました。ここからは具体的に僕が以前プロデュースしていた「旅メディア(web)」でやったことを紹介します。

僕がプロデュースをし始めた「旅メディア」は元々出版物として人気のあった女性向けのガイドブックで、webメディアを始める前から定期的にwebアンケートや市場調査はしていました。

その調査において、ポジティブな声の多くは「表紙がかわいい」「女子旅に重宝しています」といったものでした。

しかしながら僕をそれを眺めて、プレゼントや景品をぶら下げたアンケートではポジティブな声が出てくるのは当然だと思っていましたし、そういったインセンティブをぶら下げて「答えてくれる人」は利用者であってもファンではないと思っていました。

さらに言えば、世の中を見渡せば類似のガイドブックは増えてきていたし、まとめサイト(もはや懐かしい)が隆盛を帯び、Instagramが上陸してきた頃でもありました。

そんな状況を見て、この調査のポジティブな声に則ってメディア運営をしていたら、早晩違うサービスに代替されるという危機意識が僕にはありました。まとめサイトはクオリティは外に置いたとしてもそこそこ利便性は高く、Instagramには人を軸に置いた「これからの雑誌」になりうる勢いを感じていました。

そこで僕は実際に読者の方に会って話を聞くことにしました。それも一般的な読者の方ではなく、コアなファンの方に絞って会うことにしました。

ただコアなファンとのつながりを持っていませんでした。書籍由来のメディアでうまく囲い込めてなかったんですね。

そこで、読者同士で「好きな旅先」を交換できるコミュニティ(投稿アプリ)を小さく始めました。

そしてその中でも特に積極的に発言をしてくれている人をファンとしました。おそらくECサイトであれば「よく買ってくれている人」だったり、webメディアであれば「SNSでよくシェアしてくれている人」だったりするのでしょう。

ともかく会いました。お会いしたのは20人程度だった気もしますが、おひとり大体1時間半から2時間くらいかけて、じっくりと聞きました。それは僕が携わっていたサービスのことだけではなく、ふだん見ているモノや、今好きなコト、世間話に近いような話まで多岐にわたりました。

結論として出たのは、先述した内容とはかなりかけ離れていました。

熱心なファンほど、いろんなメディアを見ては調べ、天秤にかけながら旅先を充実させようとする「旅愛」がありました。見ているものの中には「同じような旅好き」が発信するInstagramの声もありましたし、まとめサイトを見ているという人もいました。

反面、InstagramなどSNSには「開かれ過ぎていてリアクションが怖い」というネガティブな声や、まとめサイトには「全然まとまっていなくて結局自分で選ばなくてはいけない」という不満がありました。

僕らが提供していたコミュニティには「同じような感覚でいる人がいるから安心して投稿できる」「そんな皆さんの情報だから間違いがない」というポジティブな声があがりました。

とはいえ、世の中のWebメディアの情報量と並べてしまうと、情報量が足りない点と、ポジティブな声であったはずの「女子旅」という言葉に代表される「型にはまった提案」に飽きているという声も(明確に言葉にせずとも)感じました。

これらの声から、「情報量」を担保しながら「安心感」を作ることを軸に置くことと、型にはまらない新しい提案をすることを、一番ボリュームのある利用者のポジティブな声である「かわいさ」を真ん中に置きながらやっていこう、そういう結論に至りました。

そうして、編集部側が提案するメディア機能とファンの方の声が集まるコミュニティが合体したサービスに転換していきました。さらには新しい提案として、同じ「価値観」をもつローカルに根差したメディアなどとタッグを組み、コンテンツを拡張させることにもつなげていきました。

実際に今振り返ってみて、すべてが成功したとは思っていません。本来的には「声」に向き合うことはずっと定期的にやっていくべきだったのですが、しっかりとやれたのは一時だったようにも思います。

また付け加えるなら、この事例はあくまで前述した状況に置かれたブランドにおけるやり方であり、サービスやプロダクトの置かれた状況によって、どこに重点を置くかは変わってきます

ブランドとしてある程度世の中に認知されていれば、新しい打ち手に重点を置くかもしれないし、まだブランドつとして未成熟ならファンと一緒に世界観を作ることに重点を置くべきかもしれません。要はやるべきことは都度変わっていくということです。

大事なのは、ひとつの「声」は万能ではないということです。様々なレイヤーの人たちと時に膝を突き合わせ、時に外に出て声を集めることがスタートであり、そのスタートを疎かにすると「続かない」サービスになるということです。

幾分泥臭さも伴う作業です。とはいえ、僕にとってはここがあらゆるサービスの「真ん中」にあると思ってもいます。

もっと端的に言えば効率的にできることはそんなにない、ということです。これからサービスを始める方に少しでも参考になれば。



ありがとうございます。 サポートって言葉、良いですね。応援でもあって救済でもある。いただいたサポートは、誰かを引き立てたたり護ったりすることにつながるモノ・コトに費やしていきます。そしてまたnoteでそのことについて書いていければと。