いない 26 水路の上/石と犬と人の好きは違う
「幼馴染の女の子」は、私よりも一年か二年先に、小学校を卒業した。
「幼馴染の女の子」は、祖父の家のそばにある「用水路のもと」「水のもと」と呼ばれている場所で、私に言った。
「用水路のもと」は、農道の端の地表部にある、水が出てくるはじまりのこと。
小学五年生の私が四人、膝を抱えて座る形で収まるくらいの大きさの、正方形で、枠の部分を、コンクリートで囲われている。
囲いの上面には、鉄か何か、重い格子がはまっている。
重い格子の下には、深さは知らないが、田んぼに回すための水が、溜まっているか、流れている。
地表部のコンクリートは、格子の下、地下へと続く。
地下への壁の途中には、正方形の3辺に、塩化ビニルか何かでできた、楕円形でねずみ色の、横へずらして動かす蓋がある。
祖父の家を回る垣根の、農道脇のトタンの部分に、形は、ひらがなの「し」の、縦の部分を長く伸ばしたような、専用の針金が、掛けてある。
農家の「水番」の人や、田んぼに水を回したい人が、必要な時にこの針金を取り、格子の間から差し入れ、コンクリートの壁にある蓋を、開けたり閉じたりして使う。
格子の隙間から、石を落として耳を澄ましたりすると、ものすごく怒られる。
「幼馴染の女の子」と、私は、重い格子の上に、尻をついて座っていた。
お尻の下に水が流れているのは、離れていても少し皮膚が、ひやひやする。
よその田んぼを回りに行く、始まりの水の出口に、以前、私たちは、水路へ泥を流さないように靴を脱ぎ、裸足をつけて、遊んだ。
用水路は、「いっぱい」の時は、小学生の私のふくらはぎまでくらいの水位で、そうでない時は、足首くらいの深さだった。
水路はコンクリートでできていて、春になり水が渡ると、底と側面が、苔のような何かで、滑りやすい。
「幼馴染の女の子」は、格子に座り、手近な草をちぎりながら、
「いい? **ちゃん。来年には私も卒業して、いないんだからね。今までみたいに助けてあげられないの。**ちゃんは、一人でもしっかりしないと、だめだよ。」
と、私に言った。
私は、「幼馴染の女の子」の、だめだよ、の、だよ、のあたりで、
「わかった。」
と、答えて言った。
「幼馴染の女の子」は、ため息と声を混ぜながら、
「わかってないんだよなあ。」
と、私に言った。
私は、格子の隙間に手の指を伸ばして入れ、指を曲げ、引っ掛けるようにしながら、
「普通だもん。」
と、「幼馴染の女の子」に、言った。
「幼馴染の女の子」は、ちぎった草を田んぼの脇の草むらに、手を広げて落としながら、
「だめだよ。**ちゃんは自分のことを普通と言うけど、おかしいもん。
ちゃんと、自分がおかしいんだって、自覚しないと、だめだよ。いい? たとえば、女の子にするようには、男の子にしてはいけないの。」
と、彼女が卒業後に、私(たち)が気をつけるべき、具体的な話をしてくれた。
私は、
「なんで?」
と、以前「幼馴染の女の子」に聞き、
「**ゃんが、その男子のことを、好きなんだと思われちゃうからだよ。」
という回答を得た。
前に私が「泣いている同級生がいたら、近寄って背中を撫で、話を聞く」という動作を、相手を選ばずに(相手を選ぶ動作項目なんて、私の機械に入れていない)、した。
その時に、周りから「あの子のこと好きなの?」と聞かれ、困惑した私に、「幼馴染の女の子」が、教えてくれた。
「幼馴染の女の子」は、「人間の振る舞い」を、教えてくれる。私の頭が変だから。
人間のように見える気がする人から、私に送られた動作に対し、私(たち)が返すべき、動作。
なぜ、そうするのかは、わからない。
私の「同級生」の間で、
「誰が好き?」
と聞き合うことが、流行った。だろうか。わからない。新しい言葉だ。その時、私は、「幼馴染の女の子」に、
「好きって何?」
と、聞いた。
「幼馴染の女の子」は、
「好きは好きだよ。」
と、私に言った。私は、考えた。私は、頷いて、
「カレンは、目の中と鼻が濡れていて、耳が大きくて、垂れていて、耳の外側の毛は、他の毛より短くて、耳を撫でると、すべすべする。」
と、「幼馴染の女の子」に、言った。
「幼馴染の女の子」は、十段階中三くらいの深さで、彼女の眉間にしわを寄せ、
「犬じゃん!」
と、私(たち)に言った。
私は、
「カレンは、ゴールデンレトリバー。」
と、「幼馴染の女の子」に、言った。
「幼馴染の女の子」は、
「そこじゃないよ。」
と、私に言った。
私は、「幼馴染の女の子」が、何に対して訂正したのか、全くわからなかった。私(たち)は、考えた。私は、
「まちこは、」
と言いかけたところで、「幼馴染の女の子」が、
「猫じゃん。」
と、遮って、言った。
私は、
「まちこは、**ちゃんの近所のお家の、白黒で、首に鈴がついている。おやつをくれるお家を、何カ所か持っていて、踏切より向こうでは、見かけない。範囲があるのかも。」
と、説明をした。
「幼馴染の女の子」は、
「だいたい知ってるわ。」
と、言い、もーーーーーー、というような、音を出した。
私は、
「好き、は、何が、違う?」
と、「幼馴染の女の子」に、聞いた。
「幼馴染の女の子」は、
「普通、考えなくてもわかるでしょ?」
と、私(たち)に、言った。
私は、わからない。「幼馴染の女の子」は、よく、これを私に言う。
普通、考えなくてもそのくらい、わかるでしょ。
私には、わからない。どうして私(たち)は、こんなに頭が悪いんだろう。
私は、考えた。私は、
「石は、」
と言ったところで、「幼馴染の女の子」が、
「違う。」
と、私を止めた。
その後も、私が、ベルーガ、アオスジアゲハ、こでまり、セグロセキレイ、と、最近見たものの名前を挙げた。
だが、ことごとく「幼馴染の女の子」は「違う。」と言った。
私は考えた。
「石の好きと、人間の好きは、違う。」
と、私は言った。
「幼馴染の女の子」は、ため息と共に、押し出すように、
「そうだよ。そこからか。」
と、私に言った。
「幼馴染の女の子」は、
「なんでそんなこともわかんないの?」
と、私に言った。私が知りたい。という言葉は、なかった。
私は、
「石の好きと人の好きとは違う? 何が違う? カレンの耳に触るのと、人の好きとはべつべつ? でも、カレンは尻尾を振る。顔を舐める。カレンとまちこは違う? まちこと人間は違う? 犬と人とは違うの? 犬と石は? 人と石は?」
と、「幼馴染の女の子」に、機械の警報が出たような聞き方をした。
「幼馴染の女の子」は、私の頭を、平手で、軽く叩いた。「幼馴染の女の子」は、
「それ、怖いからやめな、って言ったでしょ。仲間外れにされちゃうよ。」
と、私が、こうなるたび、私を止めて、教えてくれた。
私は毎回、
「なんで? なんで仲間外れにされちゃうの? 仲間外れって何?」
と、「幼馴染の女の子」に、聞き返し、再度、頭を叩いて止められた。
「幼馴染の女の子」は、
「普通はそんな、なんでなんでって聞かないの。」
と、私に言う。
私(たち)は、そうだった。と思い直す。なぜ、そうなのかは、わからない。わからないことが多過ぎる、いいえ、私には、わかることが、ほとんどない。
「幼馴染の女の子」は、
「好きっていうのは。ドキドキしたり、好きな人が自分をどう思っているかなって気になったり、そういうことだよ。わかるでしょ。」
と、私に説明してくれた。
私は、自分の額に力が入り、眉ごと、顔の中心に寄っていくのを感じた。
「幼馴染の女の子」は、
「全くもう。もう**年生なんだから、少しはしっかりして。現実を見なよ。」
と、私に言った。現実。現実を見ろ。
人と石とが違う、のは、「見た目からもう違うでしょ。」と、「幼馴染の女の子」が、教えてくれた。
私は、まぼろしの、まぼろしというのは、実在しないということ? 実在しない、というのは、見たり触ったりできない、ということ?
その意味で、私(たち)が、「人間めがね」と呼んでいる、まぼろしの眼鏡のような空想をすると、なんとか、「人と石とは違う」と、私と呼んでいる機械みたいなこれ、が、区別をする。
人間めがねの空想は、言葉と意味、形と意味とを、くっつける。
まだ習っていないものは、できない。まだ、記録前だから。意味。意味とは、なんだろう。