いない 21 この世に存在しない対等

(※性暴力の描写があります)(どちらかというと性教育寄りです)(つらそうな方はどうぞ無理せず)

















 一カ所目のカウンセリング機関に通っていたころ、何かの話の流れで、これは、
 「いやあその時おじいちゃんが私のおっぱい育てていたのでははは。」
 というような発言をした。
 
 その時の心理士さんは、
 「待って。」
 と、私に言った。私は、他の話に流れようとしていた。

 心理士さんは、
 「待って**さん。今、すごく大事なお話だったと私は思います。おじいちゃんが? **さんの? 胸を? さわった?」
 と、私に聞いた。私は、さっきとは反対側に、首をかしげた。私は、
 「はい。というか、おじいちゃんが、育てていたので。」
 と、心理士さんに言った。心理士さんは、
 「何を?」
 と、私(たち)に聞いた。私は、何か答えて言った。

 私は、心理士さんの眉間が中心に寄ったように見えた。
 そしてこれから怒られる、つまり、机の上の時計とかを投げつけられるのではないか、と察知した。
 私は、うるさいのは嫌なので、場を和ませようと思った。思ってはいない。私が何か思う前に、へへへ、という音が、喉から出た。
 
 心理士さんは、
 「私は今、とても怒りを感じています。」
 と、私に言った。私は、心理士さんの背後に一つしかないドアを見た。私は、顎から耳の周りが痺れて、ぞぶぞぶした。心理士さんは、
 「**さんに対しての怒りではありません。おじいちゃんに対しての怒りです。」
 と、私に言った。

 私は困った。困る、という言葉は、なかった。私は、
 「いやでもおじいちゃんは別に。教育だって言ってたし。木刀とかの話もしたけど、おじいちゃんが本気で殴ったら、私の頭なんか、簡単にかち割れているはずで。今、私の頭は割れずに両方くっついているから、おじいちゃんは手加減してくれて、めでたし。おじいちゃんは優しいんですよ。」
 と、早口で、心理士さんに言う途中で、心理士さんに、名前を呼ばれた。

 心理士さんは私に、噛んで含めるように、ゆっくり言った。
 「**さん。それは、おじいちゃんが、異性の孫に、絶対に、してはいけないことですよ。」
 でも先生、異性じゃないかもしれないの。
 私は、言いかけた言葉を、飲み込んだ。かといって、同性でもない気がする。先生、これは、何ですか。

 そして、異性の孫だからいけないんですか。同性の孫になら、していいことになるんですか。
 私は言葉を飲み込んだ。私には心理士さんが、「教育」をしたいように見えたから。

 私は、「微笑んで頷く」という動作をした。そして、ひとつだけ言った。
 「でも私、後半は、自分から行ったから、合意の上だと思うんですよ。」

 心理士さんは、ごうい、と、口を動かしてから、いいえ。と、声に出して言った。心理士さんは、
 「いいですか。**さん。それは、**さんが、どんなに合意で自分の意思だと思っても、合意とは、いわないんです。合意というのは、お互いが、お互いが、ですよ。」
 と言い、心理士さんの両手を、心理士さんの両肩の高さに沿わせるように上げ、それぞれの手のひらを、天井に向けた。

 心理士さんは、お互いが、と言いながら、両肩のあたりで両手のひらを何度か握ったり開いたりさせ、私の顔を見て、続けた。
 「お互いがね。これから、何をするのか、知っていて。その行動が、自分にとって、どんな意味を持つのか、知識を持って。それをしたら、どんな変化が自分にあるのか、予測でき、理解した上で。
 自分がどうしたいのか、したくないのか、自分の感覚も持って。
 その上で、お互いに、対等な関係で、私はそれをしませんと言っても、安全が確保されていて。
 やってみたら嫌だった場合に、途中でやめますと言っても、安全が確保されていて。
 お互いに、安全な状態で、初めて、判断とか、合意とかは、成り立つんですよ。」
 と、心理士さんは、私に言った。

 私は、言葉を飲み込もうとして、
 「でも先生。対等な立場というのが、この世に存在するのですか。」
 と、出てしまった自分の声を聞いた。

 間違えた。という言葉は、なかった。

 「先生」は、「先生」の顔をしてくれたまま、何秒か、静かだった。

 私は、
 「見たことないけど。」
 と、説明を足した。

 心理士さんは、ゆっくりと、机の上に両手をまとめ、
 「**さんが、そういう疑問を持てるほどに回復してくれたのが、よかったなあ。と思います。」
 と、私に言った。

 先生、対等な関係というのが、どこかに存在するのですか。