いない 20 妖怪とおばけの話

(※性暴力の描写があります)(つらそうな方はどうぞ無理せず)













 家では祖父が、これの胸肉を揉んでいた。
 「小学生ともなれば」、「第二次性徴」で、「乳腺が発達」して、「おっぱいが張って痛い」から、おじいちゃんが、「マッサージして、治してやる」。揉むと、「おっぱいは大きくなる」。「おじいちゃんが、大きくしてやる。」「恥ずかしくない乳に育ててやる。」と、祖父は言った。
 
「こんなことしてくれるのは、おじいちゃんだけだぞ。よその家では、こんなに手厚く、将来を見越した手当てをしてくれないぞ。」
 祖父は、私の、私の? 私の? ? わずかな胸肉を、まるく持ち上げ、肋骨から浮かせるように揉んだり、私の? とは? 乳首を、祖父の指でつまみ出そうとしたりしながら、言った。

 「なあ見ろよ。台所でな? おばあちゃんがな? おまえのことを見てな? おっかねえなあ。あの目。見ろよ。おまえに嫉妬してんだ。あれ。
 おばあちゃんのおっぱいはな、もう垂れ下がっちまっててな、おじいちゃんに吸ってもらえねえからって。
もう、おばあちゃんはな、女としては、おしまいだからな。おまえのことがうらやましくて憎たらしくて、たまらねえんだ。哀れになあ。
 ああなっちまえば、女のゴミだよ。おまえも、そうなるんだぞ? こんなに構ってもらえるのは、今のうちだけだぞ? 覚えておけ。
 おばあちゃんのおっぱいはなあ。今でこそ、紐みたいに伸びてるがな。昔は本当に子どもみたいで、ほとんど胸なんか、なかったんだ。
 結婚してからな、おじいちゃんが育ててやって、あんなに垂れるほど膨らんだんだ。胸ってのはなあ、揉めば大きくなるんだよ。おじいちゃんが念入りにな、面倒を見てやった。
 おじいちゃんは、本当は、おばあちゃんの生家みたいな、貧乏小屋のクソ百姓の家になんか、婿に来る予定じゃなかったんだ。
 俺のことを見込んだ**家の血統がな、そこのお嬢さんとの縁談を持ってきてくれたんだがよ。おじいちゃんの生家の兄姉どもがな、おじいちゃんをやっかみやがってよ。

 無理もねえ、あの家でまともに出世したのは、俺とすぐ下の弟だけだ。
 俺は七人きょうだいの下から二番目でな、俺が稼いで、弟を、大学まで出してやった。一番上の十四歳上の兄貴は、戦争に行って早くに死んじまったがな。あとの連中は、ゴミだ。
 
 そのゴミどもがよ。ろくでなしの親戚どもと徒党を組んで、なにか仕組みやがってよ。あれよあれよと、おばあちゃんと結婚することになっちまった。とんだゴミクジを引いたと思ったね。だってよ、あんなの家じゃねえよ。棒と屋根だ。
 俺はもともと、あんな貧乏百姓の娘と結婚するはずじゃなかったんだがよお。まあ、おばあちゃんもざまあねえ立場でよ。
 ろくでなしの親父は早くに死んで、あとは母親のキチガイババアしかいねえ、借金まみれのボロ百姓で、田畑もバカ親父が騙されて取られ、ろくな場所が残ってねえ、まだ下の妹も嫁に出さなきゃいけねえ、となるとよ。こんなゴミクジ、他の誰が嫁にもらうんだよと思ってよ。
 はめられたもんはしょうがねえ。断ることもできたがよ。俺がやるしかねえと思って、おじいちゃんが、来てやったんだ。

 今の家は、おじいちゃんが40代の時に建てたんだ。周りには、40代で家を建てるような甲斐性のある人間は、誰もいねえ。
 踏切向こうの線路脇のよ、お化け屋敷みたいなボロ小屋あんだろ。あれが、もとのおばあちゃんが育った家だ。

 なあ。立派なもんだろう。おじいちゃんが来たおかげで、キチガイババアも、おばあちゃんも、汁飯こうこ(方言。しるめしこうこ。汁、米、漬物のこと)しか食えなかったもんが、卵や鶏肉を食えるようになった。
 いっそ、ない方がいいんじゃねえかっつうようなボロ壁も、おじいちゃんが婿に来てすぐ塗り直した。濡れた煎餅みたいな布団も、買い替えてやってよ。

 俺が生活水準を上げてやったらな、ババア、おばあちゃんの母親だな。
 ババアの方が狂っちまってよ。あのババア、
 『客用のお座布団がなあちゃおいねえよう(お客様用のお座布団がなくてはなりません)、お座布団がなあちゃよう(お座布団がなくては。)、お座布団買っておくんなよう(お座布団を買ってください)』ってよ。なんで座布団なんだよ。
 
 知らねえけどよ。ボロ小屋が家らしくなったら、キチガイババア、今まで金がなくて何も買えねえから放りっぱなしでいた押し入れの、中身がねえのが、気になったらしい。気になったら、もう、ババア止まんねえ。

 朝昼はもちろん、夜中もよお。
 寝ているおじいちゃんの枕元に、ババア、小ちぇえ体で座ってよお。『お座布団買っておくんな(お座布団を買ってください)よお。お座布団買っておくんなよおお。』ってよお。言うんだよ。俺はノイローゼになるかと思ったね。
 『お座布団買ってくんな(お座布団を買ってください)』ったって、呼ぶような客いねえじゃねえか。
 俺も言ったんだがよ。キチガイババア、聞きゃあしねえ。『お座布団がなあちゃおいねえ』って、そればかりだ。誰が来て、誰が座るんだよ。あんな趣味の悪い金糸の座布団。美的感覚というものがねえ。
 しょうがねえから、買ってやったがよお。あまりにもあまりなデザインだからよ。この家を建てた時に、全部捨てて、買い換えてやったわ。妖怪ババア。ざまあねえ。

 そんな妖怪ババアと、小学校しか世間を知らねえ、クソ百姓の長女だろ? お前のおばあちゃんはよ。
 初めな、夫婦が床で何するのかも知らなくてよ。ぶるぶる震えて、どうしようもねえ。おっぱいもちっちゃくてなあ。汁飯こうこじゃ、しょうがねえわな。おじいちゃんが、卵や肉を食わせるようになって、やっと、膨らんできてよ。おばあちゃんは布団の中でな、」
 と、祖父は祖母の、布団の中での様子を、説明した。

 「おばあちゃんは、初めは怖がって何もできずにいてよ。
 でもどんなもんだ、しまいにゃ、おばあちゃんの方から、これを求めてよ。泣いて自分から俺にむしゃぶりついてきた。ざまあみろ。
 それで、おばあちゃんは、あんなに小さな体から、伯父さんとお父さんを生んだんだよ。すごいだろう。なあ。
 
 今は女のゴミだな。お風呂で、おばあちゃんのお股を見たことがあるだろう。真っ黒で爛れたお化けみたいだろう。怖いなあ。怖いなあ。
 おまえのも、今にああなる。今にな。ケツまで毛が生えて、黒ずんで、二目と見れたもんじゃないような様子になる。いいか? 今だけだぞ? おまえもすぐにババアになる。その前にまあ殺されんだよ。

 おまえみたいなな。おまえみたいな白痴はな。自分がどうしたらいいのか、おじいちゃんがいなきゃあ、わかんねえ。バカだなあ。おまえは本当にバカだなあ。バカ。なあバカ。おまえのことだよ。なあ。」

 と言いながら、祖父は私のこめかみを、祖父の中指と親指で、中指の爪先が私のこめかみに食い込むやり方で、弾いた。もう片手では、何かの胸肉を揉んでいた。

 私は、居間の、祖父のあぐらの中に私がいるコタツテーブルの向こう、電源の消えたテレビ画面を見ていた。黒い画面の中には、祖父が映っていた。
 画面の中の祖父のあぐらの中の、****と、目が合った。****の顔は、眠そうな顔に見えた。眠そうでないのなら、やる気のない顔に見えた。

 これの頭の上から、祖父の呼吸が降っていた。これは、腹と腰と膝を折り畳み、祖父のあぐらの中にいた。腕だけのおばけみたいだった。これの頭は、祖父の呼気で、湿るような感じがした。

 祖父は、何かの胸肉を揉みながら、喋る時と、黙る時とが、あった。喋る時の内容は、だいたい、同じだった。
 祖母を女のゴミと言い、祖母との「なれそめ」を語り、これがすぐに「誰にも相手にされないババア」になる前に「殺されるのが先」だという、だいたいの流れがあった。

 私、と呼んでいるこれは、祖父のあぐらの中から、首だけを台所に向けた。
 台所の裏口を上った端、こちらからは祖母の額が見えるか見えないか、祖母からは、こちらのコタツテーブルの下が見えるか見えないか、ぎりぎりの位置に、祖母は、座っていた。私(たち)は、祖母の目を見たと思う。

 祖母は、そら豆の皮むきとか、さやえんどうの筋取りなどだろうか。生ゴミバケツを、祖母の座った膝の間に置いて、何か作業をしているように見えた。わからない。私(たち)は、祖母と目が合っていた気がする。私(たち)は、同時にテレビの画面を見ていて、だから、どちらかが、嘘かもしれない。

 私(たち)は、祖母が私を「すごい目」で「睨んでいた」と、脳みその紐で、記録している。本当は、わからない。
 
 本当は、祖母は、驚愕して固まっていただけかもしれません。祖母は、ただ、動けなくて、顔の筋肉も、こわばっていただけで、私のことを睨んでいたのではないのかもしれません。

 と、今の言葉の私が、ミーティングの時に言った。おばあちゃんは、もしかしたら、と言いかけて、今の言葉の私は、声が止まった。音にできなかった。
 もしかしたらおばあちゃんは私を嫌いじゃないのかも、
 、