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聞きたい言葉

 ……聞きたい言葉が、あった。

 聞きたい言葉をもらいたくて、声を出した。

「私ブスだからさ!」

 私が欲しいのは、否定の言葉。

 ―――よくわかってるじゃん!!
 ―――あたしの方が不細工だってー!目も小さいしデブなんだよ?!
 ―――お化粧変えたらかわいくなるよ!!
 ―――もの好きはどこにでもいるから安心しろって!
 ―――……。

 もらえなかった、「そんなことないよ」という、一言。


 ……聞きたい言葉が、あった。

 聞きたい言葉をもらいたくて、声を出した。

「どの色が似合うかな?」

 私が欲しいのは、決心につながる言葉。

 ―――全部似合わないなあ!!
 ―――好きな色を着るのが一番いいんじゃない?
 ―――俺紫が好きなんだよね~
 ―――白はないわ~、ソバカスが目立つし!
 ―――……さあ。

 もらえなかった「これが似合うよ」という、一言。


 ……聞きたい言葉が、あった。

 聞きたい言葉をもらいたくて、声を出した。

「どう?エビピラフ作ってみたの!」

 私が欲しいのは、うれしくなる言葉。

 ―――俺の好みではないな!
 ―――もっと油少なめにした方がよくね?
 ―――真由のチャーハンが絶品なんだよ、教えてもらえば?
 ―――なんかエビ入れ過ぎじゃない?
 ―――……ごちそうさま

 もらえなかった「おいしいよ」という、一言。


 ……聞きたい言葉が、あった。

 聞きたい言葉をもらいたくて、声を出した。

「今仕事が忙しくて…」

 私が欲しいのは、労いの言葉。

 ―――俺なんかもっと忙しいんだぞ!!
 ―――あはは、社畜乙!
 ―――そうなんだ!全然見えないね!
 ―――えーもう辞めちゃえば?!!
 ―――……大変だね

 もらえなかった「がんばってて偉いね」という、一言。


 私が望んでも、私の欲しいと思う一言はもらえない。

 私が望む言葉を求めても、いつだって私に差し出されるのは、聞きたくない言葉。


 違うの、私が聞きたいのは、その言葉じゃない。
 違うの、私が聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。
 違うの、私が聞きたいと思ったのは、そういう言葉じゃない。


 ……聞きたい言葉が、あった。

 聞きたい言葉をもらいたくて、声を出した。

「少し、体調が悪いの」

 私が欲しいのは、いたわりの言葉。

 ―――ええ?そんなふうに見えないけど!!!
 ―――食べ過ぎじゃないの!
 ―――じゃあさ、一緒に運動しようよ、健康になるよ!!
 ―――俺なんか血液検査も引っかかって胃潰瘍で…
 ―――気のせいでしょ!!
 ―――遊びに行けば治るって!!
 ―――……お大事に

 もらえなかった「ゆっくり休んだら」という、一言。


 聞きたい言葉をくれる人は見つからなかったけれど。

 聞きたくない言葉を、言わない人がいる事に、気が付いた。


 ……聞きたい言葉が、あった。

 聞きたい言葉をもらいたくて、声を出した。

「私、誰からも必要とされてないんだよね」

 私が、欲しいのは。

 ―――必要とされるような人間になれよ!勉強不足だな!
 ―――そういう事言うから嫌われるんだって!!
 ―――いつかきっと必要としてくれる人が現れるよ!
 ―――そんなこと言わないでよ…悲しくなっちゃう
 ―――ハイハイ、かまってちゃんね!!
 ―――俺、女ならだれでもOK!!
 ―――……僕には必要かも?

 聞きたい言葉をくれる人は見つからなかったけれど。

 聞きたい言葉に近い言葉を、聞かせてくれる人が見つかった。


 無口で、ぶっきらぼうで…、何を考えているのかさっぱりわからない人。


 聞きたい言葉は、なかなかもらえなかったけれど。


 ―――……無理しなくていい

 聞きたい言葉がもらえる日が、ちらほらと。


 ―――……大丈夫か?

 聞きたい言葉がもらえる日々を、過ごすようになって。


 ―――……いつも、ありがとう

 聞きたい言葉があふれる日々に、幸せを感じて。


 ―――……、……。

 ……聞きたい言葉を、もらえなくなって。


 聞きたくない言葉でもいいから、聞きたいと願うようになって。


「これはどっちがイイかねえ?」
「美味しいまんじゅうなんだけどねぇ」
「最近調子が悪くなって……、えっ、よっこらしょ」
「ありゃま、うっかりしてたよ、薬、薬……どこにあったっけ??」

 時が止まった、無口な人の写真の前で……私は気ままに、おしゃべりをする。

 無愛想な表情のこの人は、私の声に言葉を返してはくれないけれど。

 私の中に、大切な人の声があるから。
 私の中で、大好きな人の言葉が思い出されるから。

 私の中の、また会いたい人への想いがあふれだすから。


 私……、もう、聞きたいと願う言葉なんて………。


「おばあちゃん、いつもだれとお話してるの?」
「じいちゃんのお写真に向かって、お話してるんだよ!」
「うふふ、おばあちゃんはね、昔からこういう感じなんだよ!」
「父さんが無口だったからなあ、その分母さんがうるさくなっちゃって!」
「かーさん!!それ俺が好きな抹茶味だったのに!!」
「も~、パパ大人なんだからおばあちゃんに譲ってあげなさいよ!!」
「ばあちゃん、おはなしきかせて!!」
「お義母さん、洗濯ものは私が取りこむって言ってるのにー!!」
「バーちゃん!!俺の家庭科の宿題勝手にやっちゃダメ!!」
「兄さんいつこっち帰ってくるのさ!!予定教えてくれないと困るよ!!」
「……二か月後」
「アーン!!!おじさんがあたしの折り紙踏んだ―!!!」
「も~!!あんた何やってんのよ!!」
「こんにちはー、注文してあった牡丹餅もらいに来ましたー!」

 聞きたいと願う隙が無いくらい、いろんな言葉が飛んで来るのよ。
 聞きたくないと思う余裕もないくらい、あちこちから言葉が飛んでくるのよ。

 無口なくせに……賑やかな場所が大好きだったあの人が残したのは、たくさんの宝物。

 私にそっくりな、おしゃべりな娘が二人に、息子がニ人。
 旦那にそっくりな、無口な息子が一人。

 人が集まる、お茶の飲める和菓子屋さん。
 旦那が育てた職人さんに、長年御贔屓にして下さっているお得意様たち。

 美味しそうな甘いお饅頭を見るたびに、旦那の苦い顔を思い出す……。


「なに、ばーちゃん疲れた?」
「あ、こっちに座椅子あるよ!!」
「かーさん、もういい歳なんだから無理しないでよ?!」
「……寝た方がいい」
「ちょっとアンタたち!!おばあちゃんのベッドから降りなさい!!」
「あたしもおばあちゃんと一緒にお昼寝する!!」
「ねーねー、晩御飯みんな食べてくんでしょ!」
「パパー、注文の事で聞きたいことあるって藤島さんが

「そう言えば子供会のさあ……
「あ、聞いてない、電話してみる……

「そろそろ……

「……


 たくさんの言葉があふれる中……。

 私は、幸せを、しみじみと……。


 ―――……迎えに、来たよ


 ああ、私が。

 そろそろ聞きたいなと、思っていた、言葉………。


 ……ふふ。


 ……おとうさん、ありがとう

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