取引先の企業から要望があったので、ネーミングの仕事をすることになった。

「画数にこだわりがあるので、必ず11画でお願いします。」

姓名判断サイトをのぞき、ネーミングをし、無事納品することができたのだが。……画数なんかにこだわる人、いるんだなあ。

……ふと、自分の親の名前を占ってみたくなった。
たまたま、姓名判断サイトの占い例の苗字が、親の苗字だったので、試してみたくなったのだ。

……。

唖然と、した。

父親の、姓名判断の結果は、こうだ。

天格は『吉』晩年よくなる。
人格は『大吉』穏やかで周囲を幸せに出来る人
地格は『吉』忍耐力のある人
外格は『凶』詐欺などの不幸に遭いやすい
総格は『凶』全てを台無しにする運命

頑固者で仕事一筋だった父親は、友達がいない。

長年勤めあげた会社を退職した後、趣味の投資をやっていたが、担当者の口車にのせられて退職金のほとんどを無くし、細々と生きることとなった。

晩年という時期に突入した現在、デイサービスでもめ事を起こすこともなく、時折談笑を楽しみながら穏やかに過ごしているが、家の中ではヒステリーを起こす母親に毎日怒鳴られ続けている。

……当たっているな。

長年同じ会社でまじめに勤め上げ。
学歴がなく役職がつかなかったが、大きなもめ事を起こすこともなく。
投資銀行の担当者の言葉を信じ財産を失い。
荒れ狂う母親の罵詈雑言が飛び交い、それを我慢強く聞き流し。

こんなに、当たるものなのか……？

恐ろしくなった俺は、母親の姓名判断もやってみることにした。

天格は『吉』晩年よくなる。
人格は『吉』頭が良くて行動力がある
地格は『吉』真面目で勤勉だがプライドが高く強引
外格は『吉』控えめで芯が強く人の意見に耳を貸さない
総格は『凶』全てを台無しにする運命

唖然と、した。

父親と、同じ総画数だった。

母親は頭が良く、いろんなことを知っているので口答えなどはすべて論破され続けてきた。
自分の意見は絶対で、人の意見を聞くことはまずない。
控えめ…、身内である俺以外と話すことはほとんどない。他人になにか聞かれても、はいとかいいえくらいしかいわない。
気に入らないことがあると、全ていきなり辞めさせるくせがある。

さらに、旧姓で占ってみると。

天格は『吉』晩年よくなる。
人格は『凶』不運の塊、両極端な二面性
地格は『吉』真面目で勤勉だがプライドが高く強引
外格は『凶』孤独運で人間関係に苦しめられる
総格は『特殊格』ヒステリックになる女性にとっては凶

子供の頃父親と死別し、一人っ子として祖母と曾祖母と共に暮らした母親だ。
祖母はいわゆる毒親で、常に周りを巻き込み好き放題していた。
ヒステリーは祖母のいない時を見計らって、俺の前だけで披露されていた。

調べれば調べるほど、当たっている。

旧姓で過ごした子供時代に培った性格を引き継ぎながら、父親の姓になったあとも姓名判断通りに生きている。

名前というのは、こうも人生に影響するものなのかと、驚いた。

……自分の、名前は、どうだろう？
……気になる。

今現在、こんなにも苦労しているのだから、相当悪いとは思うのだ。

しかし、これ以上悪くなる可能性を、知ってしまったら。
完全に、生きる気力を失ってしまいそうだ。
……嫌な汗が、流れる。

……いや、すごくいいかも、しれないじゃないか。
もしかしたら、すべてをひっくり返すような、幸運の持ち主なのかもしれない。それが、今後の、生きる糧となる可能性はあるのだ。

……。

俺の、姓名判断の、結果は。

天格は『大吉』晩年よくなる。
人格は『大吉』温かい家庭に恵まれ周りに信頼される
地格は『大吉』優しく人脈も豊かで才能にあふれた人
外格は『大吉』人間関係の良さは随一、人に助けられて運命を切り開く
総格は『大大吉』すべてがうまくいく、神に選ばれたかのような幸運の持ち主

今、俺は、あまりいい生活を、していない。
むしろ、地獄のような、地獄そのものの生活を送っている。

毎日介護に追われ、思うように仕事もできず、ただただ流されるままに生きていくしかできない、状態。
毎日パソコンの前に座り、簡単な作業をしながら、月に二万程度の小銭しか稼げない。
24時間、両親の要望を叶えるために、個人的な外出は一切しない、できない、したらヒステリーがおきる。
確かに両親と共に暮らしてはいるから孤独ではない。

しかし、会話もなく、毎日毎時間毎分毎秒寂しさを感じている。
もう50も半ばだ。今後温かい家庭を築くことはないだろう。
友達など一人もいないし、無趣味で、生きることに精いっぱいだ。

辛い日々を愚痴る誰かもいないのに、豊かな人脈？
毎日母親の投げつけるなにかを受け止め、傷だらけになっているが、誰も助けてくれない。

良さそうな仕事を見つけても、働かせてもらえない状況にある。
良いと思って行動を起こしても、全てが裏目に出てしまうので耐えるしかない毎日を送っている。

体調も悪いのに親の病院通いが最優先で、通院することも叶わない。
働いていた頃の貯金はなくなり、私物はすべて売り払った。

「……はっ、ははっ、は、ははははは！！」

思わず笑ってしまった。
全く当たっていないじゃないか。

……いや、端から見れば、俺は幸せ者に見えるのか？

24時間、両親と共に暮らしている。
外に出れば、他人の前では、一言も文句をいわない、大人しい母親。
働かなくても生きていけている。
病院にいかなくても、生きていけている。
俺は両親の面倒をみている優しい息子。

……ああ、わかった。

姓名判断なんて、当たってると思わせるような描写で惑わせるだけの代物に過ぎないんだ。

誰だって、いい部分も悪い部分もある。

穏やかで周囲を幸せに出来る人？
そりゃあ24時間噴火しているような人なんかいないだろう。
忍耐力のある人？
ある程度の我慢なんて誰だってするもんだ。
詐欺なんかあちこちにあふれてるじゃないか、額の大きさなんか関係ない。

全てを台無しにするの意義が広すぎる。
作ったご飯をぶちまけたって台無しだ。
車を一台ぺちゃんこにしたって台無しだ。

仲の良くなったヘルパーさんと談笑しているだけで、大事な息子に色目を使った色欲ババアと罵る母親は台無しにするプロだとは思うが、他人からすればただの大人しい老人。

母親と離れさせるためにプランを作ったのに、俺はいいよとすべてを台無しにした父親は台無しにするプロだとは思うが、他人からすればただの大人しい老人。

長い人生において、一部一部を拾えば…、どこかしら当たっているってね。
人の溢れる地球上には、一部一部を拾えば…、どこかしら当たっているって思う誰かはいるってね。

なんだ、馬鹿馬鹿しい。

占いなんて、するもんじゃないな。

──馬鹿が！
──今すぐ死ね！
──はやく！

薄っぺらいドアの向こうで、叫ぶ声が聞こえる。

ああ、また……、母親のヒステリーだ。

俺は占いサイトのページを閉じ、両親の元に向かった。

ええと、私、姓名判断嫌いじゃないですよ…と言ってみる。