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おにぎりころりん、 ばちゃばちゃぎゅちゅびちゅぬちゅにちゅぐちゅびっちびちびちばっちゃばっちゃ……!

 ずいぶん気候が良くなったので、おにぎりを持って大きな公園に出かけることにした。

 朝もはよから米を二合炊いて、せっせと握って、リュックに背負って。
 うっかりお茶を持ってくるのを忘れてしまったけれど、まあ…自販機で買えばいっか。

 今日は仕事も休みだし、久しぶりにのんびりとした自分時間を楽しもうじゃありませんか。

 歩いて60分の公園までの距離を、頭の中をすっからかんにしながら、歩く、歩く、歩く、立ち止まる、歩く、歩く、メモをする……、あ、信号が点滅してる、ちょっと走るか。

 やらなきゃいけない事、考えなきゃいけない事、めんどくさい事に、目を背けている事。普段狭苦しい脳みその中でごちゃごちゃになっているものを潔くポイと放り出して、ただただ足を前に進ませ、景色を見やる。

 へえ、あの廃墟更地になったんだ。
 うわ、あのタバコ屋つぶれてる。
 ムム、犬がいなくなってる。
 あれ、こんな車あったっけ。

 景色が知らぬ間に変わっていることに気がついて、こんなにも周りを見る余裕がなかったのかとやや愕然としつつ……久々に足を踏み入れた公園内を、ぐるりと散策する。

 ふうん、子供用プール、潰したのかあ。
 おっと、新しいトイレができてる、綺麗だな。
 おおお、ベンチが増えたみたいだ。
 あーあ、木製シーソーがなくなってる、古かったもんなあ。

 一周回った頃にはうっすらと汗が浮かんで、おなかもいい感じに空いてきた。……そうだな、お茶を買って、そろそろお昼にしよう。尻ポケットの小銭入れを探り探り、大きな屋根付きの建物の中にある自販機に向かい、飲みたいお茶を探し……ムム、ちょうど麦茶が売り切れてる、くそう、ほうじ茶にするか……。

 さて…どこでおにぎりを食べようかしら。

 噴水の所がイイかな?
 花壇の所がイイかな?
 小高い丘の所がイイかな?
 チビッ子遊園の所がイイかな?
 展望台のベンチの所がイイかな?
 釣り堀横の休憩所がイイかな?
 グラウンド横の休憩所がイイかな?
 管理センターのウッドデッキがイイかな?

 む゛~、む゛~!!!

 池のほとりで、ウシガエルの泣く声がする。

 少々遠い位置にある水門のちゃぷちゃぷバックミュージックも重なって…実に田舎まる出しでいい感じだ。……よーし、今日は天然のソロライブを聞きながら白米パラダイスを堂々開催しよ!!!

 どこかに見晴らしのいいベンチはないかな、そう思って辺りをきょろきょろ見回すが…柔らかそうな芝生が広がるばかり。……芝生は乾いているな、よし、このままここに腰を下ろして、ワイルドに行こう!

 池のほとりすぐ横の、勾配のきつい芝生の上に座り込む。ふわふわとした座り心地、緑の爽やかな香り、大自然と触れ合う充足感…食欲が増すかどうかは分からないけど癒し効果は高そうだ。

 穏やかに吹く風に、水面をほのかに揺らす……濁った水。都会の公園で光を浴びてキラキラと輝く池は、間近で見るとぼちぼち…そうだな、自然だもんね、作られたような透明で清潔できれいな水なんて、そうそうないもんね。

 アメンボも枯草も変な藻も浮いている、実に飾られていない気取らぬ水を見ながら、リュックを下ろしてふたを開け、腹を満たすべく食料を取り出した。

 さて…どれからいくかな。

 海苔と醤油の、素朴なくせにくせになる…ややべちょっとした食感がたまらないやつにするか。
 ただただ白く輝く…腹の中にすっぱいハートを抱え込んだこいつに齧り付くか。
 洒落た装飾を決め込んだ、中身のない…平凡なただの飯粒の凝縮を噛むか。
 焼け爛れたサケの腹部を貪欲に米の中に閉じ込めた、おむすび界の超一流から手を付けるか。
 表面に泥パックのような味噌を塗られた挙句、焦げるまで火あぶりにされた憐れな奴から救ってやるか。

 ……そうだな、最後は一番うまいもので口の中を締めたい。初めにふりかけおにぎり、次にしょう油おにぎり、そのあと焼きおにぎり、梅干しおにぎり、最後にしゃけおにぎりにしよ!!!

 カラフルなおにぎりのラップを剥がしにかかると、ムム…ふりかけがごはんからはがれてくるぞ。せっかくの風味、白いご飯粒の表面にすべてこすりつけて、余すところなく味わいたい。

 おにぎりの底を手のひらの上にのせ、ラップにくっついてるたっぷりのふりかけをごしごしとやると……。

 ……げえ!!

 浅ましくふりかけの一粒までも米に移そうと深追いしたのが祟ったらしい!うま味のうま味たる美味しさの美味しさそのものが!!手の上から転がり落ちて!!真緑の絨毯の上を、軽快に……転がってゆくがな!!!!!!

 私の握るおにぎりは、実に転がりやすい丸型で!
 腹をすかせた私は、実に俊敏さに欠ける状態で!

 あ、あああ!!!

 あっちゅー間に、大事な大事なおにぎりがああああああアアアア!!!

 ……ぼちゃん!

 なんとも小気味のいい落下音とともに、その、派手な姿をおおおおおおおおお!!!

 濁った水の中にいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!

 ……って、ハイ?

 …ばちゃ、ばちゃチャチャチャ!!!
 ぎゅちゅ、びちゅちゅちゅちゅ!!!
 びっちびちびち、ばっちゃばっちゃ!

 ショックに浸る間もなく、私は目の前で繰り広げられている生々しい光景に…ドン引きした。

 なんと、川の住民と思われる生き物たちが、一斉におにぎりに群がっているではありませんか!!!ええと、これはフナ?!なんかカメもいる、でっかいのが跳ねた、あれがウシガエルか?!アヒル…いや、これは鴨か!なんか、魚の背中のうねうねが蛇っぽくて気持ち悪い!!ちょ、なんか濁った汁がこっちの方まで飛んでくるんですけど?!

 ばっちゃばっちゃとけたたましく辺りに鳴り響くのは、命を繋ごうと必死にもがく奪い合いの戦のリアルな衝突音!くんずほぐれつ絡み合っておにぎりに群がっている皆さんを見て……動揺が!!心からドン引きしているのに、目が、目が離せないイイイイイいい!!!

 ……ちょ、鳩まで飛んできた、なんかデカいのが…って、あれはカラス!ヤバイ、奴らは信じられないくらい人の飯を堂々と奪いにかかってくるんだよ!この場所は……今から、戦場に、成る!!!

 慌てて食料をリュックにしまい込みすっくと立ちあがったところで、遊歩道からこちらを伺う見知らぬ老夫婦と目が合った。……よもや、エサやりをしていたと、思われてはおるまいな。

 ニタニタと引き攣った顔を向けつつそそくさとその場を立ち去る私の耳に、いくぶん落ち着きを取り戻した水の揺蕩う音が聞こえたわけですけれども。

 こんなに肥沃を窺わせる大自然丸出しの池の住民達は、こんなにも飢えているというのですか……。
 公園内にたむろしている空の覇者たちは、こんなにも貪欲に食料を奪いに来るほどに飢えているというのですか……。

 なんだかとってもげっそりしてしまった私は、センターハウス内にあるピクニックコーナーに向かう事にしたわけですけれども。

 足元に、猫のファミリーが、実にフレンドリーに近寄ってきてしまってですね。

 結局、作ったおにぎりを家に持ち帰って食べたという、お話ですよ……。

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