見出し画像

謝り癖

 ・・・私が初めて謝ったのは、いつのことだったかな。

「何で勝手に触ったの?!
「ごめんなさい、もうしません」

 保育園に入る前だったかな?

「なんでケイちゃんあかいふくきてきたの?!あやまって!」
「えっ・・・ごめん、ね?」

 保育園に入った頃は、毎日謝っていたような。

「ケイちゃん!あたしとおべんとうたべようっていったのに!」
「あっ・・・ごめんね・・・?」

「ケイちゃんあたしのすわりたいところにすわらないで!」
「ごめん・・・」

 小学校に入っても、毎日謝っていた気がする。

「ちょっとー!だれ、この黒板消したの!」
「ごめん、消しといてって言われたから」

「おい!テストの答案見せろよ!」
「ごめん、私はそういう事は・・・」

「ねーねー、ケイちゃんってなんでそんなにムカつくこと言うの?」
「ごめんなさい・・・」

 中学校に入っても、毎日毎日、謝って。

「飯田さん、もっとニコニコできないの?見ていて腹立つんだけど!」
「ごめん・・・」

「飯田さんはもう少しお友達のいう事を聞いてあげましょうね」
「すみません」

「飯田ぁ!お前そんなんで部活やめる気か!」
「すみません、母が辞めろというので・・・」

 高校に入ったら、さらに謝る機会が増えた気がする。

「飯田さん僕と付き合って下さい!」
「ごめんなさい・・・」

「飯田マジウザい!モテてるからってチョーシ乗んなよ!」
「ごめん、なさい・・・」

「もっと上の大学狙えるのになんでだ!!」
「すみません、母が、専門学校に行けというので」

 専門学校時代は、ずっと謝りっぱなしだった。

「なんだよこのバイトはよお!謝り方も知らねえのかよ!」
「大変申し訳ございません」

「なんであたしは試験落ちてアンタだけ受かってんの?!信じらんない!」
「ご、ごめん・・・」

「ちょっとおばあちゃんの面倒見れてないじゃないの!何やってんのよ!」
「ごめん、バイトと試験勉強が・・・」

 就職して、実家を離れても、謝る日々は続いていた。

「ちょっと!もっと優しくやってよ!痛いじゃない!」
「す、すみません・・・」

「もう一時間も待ってるのにまだ診てもらえないの?!」
「すみません、受付に行って確認してきます・・・」

「バイタルチェックしたのは誰だ!頻脈なめんなって言ってんだろ?!」
「す、すみません、すみませんっ!!!」

 自分がやったことも、人がやったことも、全部全部、私が謝って・・・。

「ねえ、なんでいつも謝ってるの?」
「あ、気に障ったならごめんなさい・・・」

「僕には謝らなくていいよ!もっと気を楽にして、ね?」
「あ、は、はい・・・・・・」

 謝り疲れたころに、謝らなくてもいい人と出会った。

 謝らなくていい人は、とても明るい人で、見ているだけで幸せになれた。
 謝らなくていい人は、とてもおおらかな人で、いつも周りを笑顔にさせた。

「僕と結婚してください!・・・え、なんで泣いてるの?」
「ご、ごめん、うれしくて・・・」

 結婚した私は、謝る代わりに、ハイと言うようになったんだった。

「ケイちゃん、おにぎりの中に梅干し入れないでって言ったのにー!これからはやめてね!」
「ごめ・・・じゃない、うん、その、はい・・・」

「ケイちゃん、いよいよ僕たちもパパとママだね!一緒に頑張ろうね!」
「は、はい!」

「ケイ!僕転勤になったんだ、仕事辞めてついてきてー!」
「は、はい・・・」

「おーい!僕の代わりに町内会の委員会でといてね!」
「は、はい・・・」

 ハイって言わなくなったのは、いつ頃からだったかな?

「ちょっと!PTAの役員会議出てくれって言ったじゃないか!」
「で、でも、ゆうちゃんが熱を出して・・・ごめんなさい」

「僕出張だから代わりに夏祭りの運営やっといて!」
「ごめん、そんなこといきなり言われてもできないよ」

「やろうとしないからできないの!」
「わ、わかった・・・やって、みる・・・」

「ねえ、何やってんの?!夏祭り大失敗したの、お前のせいだからな!」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」

「奥さん!旦那さんが嫁に頼んどいたって言ってたけど、聞いてる?!」
「え、ごめんなさい、聞いてないです」

「困ったなあ、誰も町内会長やってくれないとなると!!」
「ごめんなさい」

「いいや、サポートするんで、奥さんやって!書類出しとくわ!」
「ごめんなさい、むりです!!!」

「もう無理だから腹くくってって言ったじゃん!!何やってんの!!責任取れよ!!会場で全世帯の代表者に頭下げろ!!」
「この度は、私の不注意で、ごめんな…申し訳ありませんでした……」

 外面の良い旦那に振り回されて、体調崩して、入院して。

「あのさあ!あたしがジュン君の奥さんになるから出てってくれない?」
「ごめんなさい、意味が・・・」

「こんな弱い嫁じゃ困るからさあ!離婚しよ、離婚!」
「パパー、僕マミちゃんと一緒にいたーい!」

 心身共に弱り切っていた私は、言葉を返す事すらできなくて。

 一人ぼっちで、謝りながら、生きたんだった。

 生きていてごめんなさい。
 生まれてきてごめんなさい。
 家庭を守れなくてごめんなさい。
 子供を手放してごめんなさい。

 親が老いて、実家に呼ばれて、叱られて。

「なんでもっと気の利いたことが言えんのだ!」
「タダ飯ぐらいのくせに言いわけしようっていうの?!」
「ごめんなさい」

 介護に追われる私は、働くことができないから。

「お前の介助はへたくそすぎるわ!風呂ぐらい満足に入れることができんのか!」
「人の年金で食べるご飯はおいしいでしょう?…もっと働け!掃除しろ!」
「ごめんなさい」

 謝り続けて、十年。

「もう少しお母様の様子を見に来て差し上げてください」
「すみません、仕事があって」

 ようやく、働けるようになって。

「飯田さんミスが多いですね、気を付けてください」
「すみません・・・」

 長年のブランクが、ミスを呼んで。

「これ飯田さんだよね?!」
「す、すみません!!!」

 ミスをする人というイメージが、職場に浸透して。

「この度は、我が病院で人工心肺装置の操作ミスがあり・・・」
「大変、申し訳ございませんでした」

 ミスをした覚えなどないのに、事実だけが存在して。

「困るなあ!1か月も経つのにまだレジ打ちできないの?!」
「すみません、すみません!!」

 慣れない仕事をするようになって、ようやく安定したころ、元旦那と息子がやってきて。

「久しぶりー!家なくなっちゃってさあ!祐也と一緒にここ住まわせて!」
「お母さん!会いたかった!!」

「ごめんなさい、ここは女性専用アパートだから無理で・・・」

「も~さ、急に家追い出されて何も食べてないんだよねー!」
「パパー、食べ物あるよ!!食べよ!!」

「それは一週間分の食料なの、ごめん、食べないで!」

「買って来ればいいじゃん!お金持ってるんでしょ!てかスーパーで貰って来れば?」
「母さん、僕パソコンやりたいんだけど、このロック外してよ!」

「すみません、申し訳ないけど、今すぐ出てってください!」

 追い返しても、追い返しても、私の家に押しかける、元旦那と、息子。

「あの二人、飯田さんの家族?!困りますね、試食をすべて食べつくすし、入り口で寝てるし!」
「すみません、すみません!!」

 パート先のスーパーに来て、問題を起こす、元旦那と、息子。

「あの、ここ、女性専用アパートって知ってますよね?」
「すみません、ご迷惑をおかけして・・・!」

「事情は分かりますけど、困ります!!!」
「ごめんなさい、すぐに出ていくよう言いますから!」

 管理人さんに怒られて、ひたすら頭を下げて。

「ダイジョーブだよ!あたしパパ子よぉ~♡なーに、ここの大家は、マイノリティ差別すんの?」
「母さん!僕…ネカフェで暮らすことにするから!お小遣いだけちょーだい!」

「なにいってるの?!今すぐ、出てって!!!出てってくれないと……っ!!!

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・、確か、私は、元旦那と、息子に。

「飯田恵子さん、あなたは人生を終えて、天国にやってきました……」

 ああ、私は…死んでしまったのか。

「大変な人生でしたね、お疲れさまでした……」

 私に声をかけてきたのは…男性とも、女性とも言えない、中性的な…白い、人。

 周りを見ると…雲のようなものが、たくさんある。

 足元が透けて、私のアパートで騒いでいる人たちが見えた。

「あの人たちの行く末を見守ることもできますが、どうしますか……?」

 見る必要は…ないかな。

「そうですか、では扉は閉じてしまいましょう……」

 ふわふわとした雲が集まって、足元が塞がった。

「それでは、今から生まれ変わりの準備に入りましょうね…あなたはどんな人に…成りたい、ですか……?」
「すみません…私、もう、人に生まれたくないので、お断りさせてください」

 謝り癖のついてしまっている私。
 …ついつい、謝ってしまった。

「じゃあ……、ここで僕と一緒にいてください、ませんか……?」
「ごめんなさい、ちょっと意味が…」

 やっぱり、謝ってしまうみたい…。
 死んじゃっても、生きていた時の癖って、抜けないものなんだね…。

「あなたの謝る癖がなくなるまで、僕が甘やかしてあげるから……ね?」
「ご、ごめんなさい!!私そういうの、慣れてないので!!!」

 どうしても、謝ってしまう私…っていうか、なんか、えっと…。

 気のせいかな、物語の流れが、ぐるっとおかしな方向に、変わったような…?

「いくらでも謝ってくれていいよ、それだけ僕は…ずっと君といられることになるから♡」
「え?!ちょっと待って、何この展開、すみません、無理がありますよね?!」

「いやー♡傷ついた魂との恋愛、してみたかったんだよね!大切にするよ♡僕のことは『みきゃえるたん♡』って呼んでね♡
「いや、無理です、何これ、あたしは58歳で…って!!若返ってる!!ウソ?!ご、ごごごめんなさい、無理、ヤダ、ヤダってば!!」

 こんな状況になっても謝り続ける、私、私イイイイイ!!!

「だいじょーぶだいじょーぶ♡痛くないよ楽しいよ気持ちいいよ♡あ、君の事は『がぶたん♡』って呼ぶね♡」

「ちょ?!何勝手にっ?!無理、ムリムリ、ちょ、どこ触って?!ぎゃああああ、ご、ごめんなさい、許してええええええ!!!」

 ……謝り癖の染み込んだ私は。

 死してなお、天空の彼方で謝り続けているという、お話です……。


どうしてこうなった…。

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/