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バス


バスが、好きだ。
バスが、とても好きだ。

あの、でっかい感じが好きだ。
あの、横揺れする感じが好きだ。

乗るのも好きだ。
見るのも好きだ。

子供の頃から、バスが好きだった。

あの、乗る時にチケットを取る感じ。
あの、少し高い座席によじ登る感じ。
あの、信号待ちの時に両替する感じ。
あの、降車ボタンを構えて押す感じ。
あの、運転手さんにありがとうと言ってバスに別れを告げる感じ。

年に一度ほど、バスの一日乗車券を買って堪能する程度には、バスが好きだった。

気の向くままバスの終点まで乗って行き、おかしな場所にたどり着いてしまったこともあった。
キッチリ時刻表を学んで乗り込み、休日ダイヤルという罠にはまって帰れなくなったこともあった。

若いころから、ずいぶんバスのお世話になってきたのだ。
ずっと、バスのお世話になり続けると、思っていたのだ。

時代というのは、かくも無情なものであると知ったのは、社会人になって二年目の頃の話だ。
贔屓にしていたバス会社が、運行を停止してしまったのである。

大好きだったバスターミナルの飲食ブースがなくなった。
大好きだったバスの待合場所が撤去されてしまった。
大好きだったサビた時刻表の看板が消えてしまった。
大好きだったバスが一台残らず消えてしまった。

バスに乗る機会が、なくなってしまった。

バス好きの私は…移動手段を、楽しみを一つ、失ってしまったのだ。

電車に乗り、タクシーに乗り、路面電車に乗り、バイクの後ろに乗り、車に乗り。

ほとんどバスに乗ることがなくなって、数年が過ぎた。

私は車の免許を取得し、自らの意思で移動するようになった。
大きなバスは、道路を巡る仲間となった。

その大きすぎる姿に、初心者である頃は、ずいぶん腰が引けた。

バスの横を通るたびに、おおきいなあと驚愕し。
バスの前に躍り出るたびに、おおきいのが後ろにいると緊張し。
バスの後ろにつくたびに、おおきいのがいて前が見えないと恐怖し。
バスを見るたびに、ハンドルを握る手が強張った。

だが、そんな私の緊張をほぐしてくれたのもまた、バスだったのだ。

例えば、信号待ちでバスの後ろについた時。
バスの最後部の席から、こちらに手を振る子供を見て癒された。

例えば、渋滞でバスが横に並んだ時。
バスの窓から、こちらを見て笑う乗客を見て気がまぎれた。

例えば、右折でスーパーに入る時。
対向車線のバスの運転手さんがやさしく道を譲ってくれてありがたかった。

今では、すっかりバスの虜になっている。

すれ違うのも好きだ。
並走するのも好きだ。
信号待ちで向こう側にいるのを見かけるのも好きだ。
信号待ちで横に並ぶのも好きだ。
後ろにつくのも好きだ。
後ろにつかれるのも好きだ。

とにかく、バスが好きなのだ。

バス好きの欲目かもしれないが、運転手さんはもちろん、乗っている人たちも、いつもニコニコしていて、とても幸せな気分になれるのだ。

バスっていいなあ、バスってホント素晴らしい。
私もついつい、ニコニコと微笑みを返してしまうのよ。

バスよ、いつもありがとうってね。
バスにお近づきになれた日は、いつだってご機嫌でドライブができるんだもん。

ああ、少し離れた場所に、黄色いバスが見える。
後ろに、つけそうかな?

ゆっくり、バスの後ろに、ついた。

赤信号に変わったばかり。
しばらくの間、大好きなバスのおしりを堪能できる。

…へえ、新しいたこ焼き屋ができたのか。
…あ、小谷さんの会社の広告だ。
…ふぅん、市役所でバザーあるのか。

私、バスの後ろの広告を見るのが大好きなんだよね。
たまに思わぬ収穫があったりするんだよね。

ニコニコしながら、広告を見ていた私の目に、バスに乗る女子高生の姿が映った。

……ニコニコしている。
……ご機嫌で手を振っている。
……うふふ、癒されるなあ。

これは、お返しせねばなるまい。

私は、助手席にシートベルトをして座っている大きなぬいぐるみの熊さんの手をとり、左右に振った。


ぐぉおお…バスの写真を探したけど一枚もなかった…。
あれほど乗ったり遭遇したりしてるのになあ。


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