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白い馬に乗った王子様(3)

 目の前に広がるのは、果てしなく続く空、白い雲。
 都会のせせこましい風景のない、ただただ青い、空間。
 穏やかな風が流れ、どこからともなく水のせせらぐ音が聞こえる。
 時折チュンチュンとさえずるのは、小鳥だろうか?

 ……ここは、王子様の、お住まい。

 昨日、地上で信じられない大パニックを巻き起こしてしまった王子様は、私と共に警察に赴くことになりましてですね。身元確認と事情聴取、一通り済ませたのち釈放されたのだけれど、警察署の前には…人だかりがですね。

 一般人の野次馬、テレビ局、よくわからない怖そうな人たち、ヤンキー、ユーチューバーに外国人…、警察官に付き添われて玄関を出た時はさ、空間が開いていたんだけどさ。

 王子様が入り口のところにつないである馬のところに行った時に、ピンと張りつめていた均衡がぶっ飛んじゃったんだよね。一気に人が押し寄せて、馬は暴れるわもみくちゃになるわ、警察官が警察署からわらわらと出てくるわ、もうね、これなんのパニック映画って感じ。

 余りの圧に、気を失いそうになったところで王子様がキレちゃってさ。

──僕の薫に何をするんだ!
  やなかしへらま!

 よく分からない魔法を使い、土の塊を空に出現させ、居住空間を構築し…、馬を引き連れマンション上空へと移動をした訳ですよ。

 地球上の物質を利用して異世界の暮らしを再現したというこの場所には、芝生と木と石と砂、水、湯気、炎等が溢れておりましてですね。

 ……溢れてはいるが、ビミョーに、いや、おおよそ自分の知らない物質であるのが、なんとも混乱を巻き起こしましてですね!!!

 やけに堅い水、触れる炎、しゃべる砂に空を飛ぶ雲の塊、崩れる癖にキチンと壁になっている土…、地球というのは、本当に地球人のすむ場所なんだなと再確認しましたとも。地球の常識は、地球人にしか通用しないものだとよーくわかりましたとも。

 異世界では…、地球上の物質などまるで違った要素で感覚で状況で利用されている訳ですよ。そりゃパニクりますとも。理解?そんなのできるわけ……ない!

 ──……じゃあ、どうしても、薫は家に帰ると?
 ──仕事も有りますし、一度家に帰って頭を冷やす時間を下さい。

 渋る王子様に別れを告げ、自宅マンション入り口に送ってもらってみれば。

 マンションのエントランスで囲まれ三時間の拘束、部屋に帰ろうとすればマスコミにもみくちゃにされサンダルが行方不明、なんとか部屋にたどり着いたもののひっきりなしにピンポンが鳴り、電話が鳴り、気が休まるどころかささくれだっていく一方、空気でも入れ換えようと窓辺に立てばドローンが飛び交い接触しては墜落を繰り返すのが目に入り、ベランダに積み重なっていく浮遊物の成れの果てに手を差しのべようと窓を開ければ拡声器でインタビューの怒鳴り声が届く始末。

 あれよあれよといううちに再び警察が出動し、どうにか静かになったところで日が沈み、ようやく静かに落ち着けると思いきや、天井の点検口から黒服のゴリマッチョが出てきて捕まって、変な外人と細いおっさん、若い兄ちゃんが続々と部屋に侵入してきてさ。王子様を呼んだら助けてやるとか脅されたから王子様呼ばさるを得なくなってさ、呼んでみたらいつの間にか王子様が横にいてさ。

──薫!ようやく僕の事を呼んでくれた!昔からさらわれたり捕獲されるの好きだったの知ってるからずっと見てたよ、すごいなあ、迫力満点だ!じゃじゃーん、正義の味方、見参!……どう?僕カッコいい?!

 音もなく突如現れた王子様に怯むことなく、侵入者の皆さんは実に落ち着いた様子で淡々と用件を話しましてですね。

──我々の話を聞いていただけるのであれば、薫さんは無傷でお返しします。聞かなければ……。

 み、みしっ……、ぶきっ、ぎゅぎゅぎゅ……!

 後ろ手を取られ、圧迫感と恐怖と混乱と痛みと焦りとごちゃごちゃになったワタシ。

──ぉお王子様、この人たちの、話聞いて!

 お風呂上がりの、眉毛のない顔でみっともなく涙をぼろぼろこぼしながら叫んだわけですよ。

──へぇ、屈強な荒くれものに捕縛されるとこんな感じなんだね。身動き出来ないの?見所続きだ!でもね、僕、ちょっと不満があるよ。そんな王子様なんて呼び方、やめて欲しい!昔みたいにもっと切ない感じでアレクって呼んでよ!そう、君がつけてくれた僕の名前だよ!いつも君はベッドの中で僕の名前を呟きながら呼びながら叫びながらぜ
──アレク!ああアああありがっありがとう、あのねこの人たちの話を、話を!

 王子様は実にニコニコしながら、地球乗っ取り作戦や特定の国滅ぼし計画を全てお聞きになりましてですね。まさかの夜通し、気がつけば外が明るくなっておりましてですね。

──話はこれで全部?

 王子様が何をどう理解して聞いたのかはわからないけど、おそらく侵入者の言っている台詞をおとなしく聞いただけであることは間違いないといいますか。

──ええ、あとは王子様が我々と共に星を動かすだけですね。さあ、まずは力を見せつけるために首都を破壊し愚かな人類に宣 戦  布


 なにか言っているおじさんの姿が薄くなったなと思ったら、この空中庭園にいたってわけですよ。


 こんな常識のない場所しか、自分のいられる場所はないのだと、なくなってしまったのだと、ガックリ肩を落としたわけですけれども。

「どう?おちついた?おちつけるでしょう?だってここは僕と薫が昔暮らした場所だもん。」
「はあ!?あたしは王子様と暮らした事なんて……」

 独り暮らしももう25年、他人のいる生活なんか、久しく送った試しがないんだけど?!

「思い出して?薫が構築した世界を。囀ずる声に、雫の落ちる音、ちぎって使える炎に捏ねることができる水、歌を歌う砂に柔らかな芝、そして…愛をささやく、僕。昼夜を問わずに熱を分け合い共にかいか
「わ、わわわ私が構築!?」」

 なんと、この常識を逸脱する空間、私の産物だったらしい。

 現実の世知辛さをみじんも知らぬ、小娘であった頃の自分が構築した世界。

 ソーダ水の噴水、わたあめの雲、柔らかな芝、食べられる甘い壁に土に花に電気に空気、見晴らしのいい場所に場違いなノッキングチェア、鳥の陽気な歌声にハモる砂の竜巻、ハイジのブランコにスリリングスライダーのある丘、24時間入れる露天風呂にグルメ大喜びのメニューが飛び出す自動販売機、一粒たべたら病気の治るブドウの生る木に各種ベッドルーム……、こんな常識のない空間なんかとても居られないと飛び出した私が、まさかの元ネタ製作者?!

 完 全 に 、 ブ ー メ ラ ン で し た 。


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