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ゴミ屋敷博物館

とある田舎町に、ゴミ屋敷博物館がオープンしたのは2ヶ月ほど前のことだ。

敷地面積300坪、20台分の駐車場と軽食販売店を完備しているこの博物館、メインとなるのは、とある町に建っていたごみ屋敷の展示である。

敷地面積80坪に建っていた、およそ60坪の二階建て家屋を完全移築したのち、耐震加工と見学者通路の増築を施した、今話題のスポットだ。

リアルなごみ屋敷の様相を忠実に再現しており、実に見所にあふれた、世界に一つしかない、博物館である。6LDKの家屋は、ゴミ屋敷として建っていたときの状態を完璧に復元している。

残念ながら、ゴミと伸びっぱなしの木々に埋もれていた庭は再現することが叶わなかった。

倒壊した木は、ごみ屋敷周辺の住民による通報で行政により撤去されてしまったのである。
電線の高さを越えた柿の木は、電力会社によって伐採されてしまったのである。
敷地外に進出していた倒壊した塀は、全てきれいさっぱり市の職員に持ち去られてしまったのである。

この博物館は、ごみ屋敷の持ち主の縁者が私財を投じて建築したものである。

どうにかして、ごみ屋敷のものを何一つ廃棄することなく利用したい…、建築希望者の並々ならぬ熱意に応えたものは多くはなかった。だが、怖いもの見たさと旺盛な好奇心をもつ同志が集まり、挫けそうになる度に負けてなるものかという気概が湧き、この博物館はオープンを迎えたのだ。

木造建築に鉄骨で補強を施し強度を上げた、一見するとぼろぼろの崩壊寸前のごみ屋敷博物館。

家屋北側と南側の壁をすべて取り払い、見学者用通路を配置し、住人が住んでいた頃の様子を観察することができるようになっている。
取り払った壁は、軽食販売店横の休憩所の壁面に展示されており、全ての展示可能物をきっちり観覧者に見せつけようという信念がうかがえる。実にごみ屋敷の隅から隅まで、すべてきっちりと展示物として公開されているのである。

博物館入り口横には、入館に際しての注意点が記載してある。

―――ひとつ、館内は禁煙である。
―――ひとつ、館内のものを持ち出してはならない。
―――ひとつ、館内にものを持ち込んではならない。
―――ひとつ、館内における破壊行動を一切禁止する。

館内に入ってすぐの壁には、このごみ屋敷博物館がオープンするに至った経緯が記されている。

―――このゴミ屋敷博物館は、住人である吾味碁未男(ごみごみお)がこの世に生きた証を残したいと強く願ったため、親族が故人の意思を尊重し、開館する事にいたしました。
―――このごみ屋敷を作り上げるまでの吾味碁未男の人生、生きざまも完全公開しております。併せてご堪能ください。

メイン展示となる、ごみ屋敷玄関横にはこの館のかつての住人のプロフィールが展示されている。

吾味碁未男(ごみごみお)19××年×月×日生まれ/血液型B/四人兄弟の次男/女性恐怖症(自称)/性格引っ込み思案(ただしネット上では苛烈)/生涯にもらったチョコレートの数:49(主に母親と料理好きのいとこから)特技:カラオケ(89点以下を出した事がないのが自慢)/HN性豪股力/PNぷよんちょ48/アカウント1:ちらかしがち/アカウント2:極楽院十三郎シャキーン/アカウント:3この世に苦言を申し渡すおじさん/アカウント4:東京都民代表者19…/趣味1:読書(もっぱら口だけ)/趣味2:ゲーム(子供の時に遊んだファミコン)/趣味3:ネットサーフィン(主に動画収集)/趣味4:掲示板書き込み(自称インフルエンサー)/趣味5:独り言(テレビを見ながらつらつらと)/初恋1:幼稚園の美里先生(下着を見た記憶が宝物)/初恋2:隣の家の恵子(のちに黒歴史化)/初恋3:職場の受付をしていた加藤さん(下の名前を知らない)/座右の銘:俺は世界の宝……

予備知識を脳髄に叩きこんだ後は、いよいよお楽しみのごみ屋敷の見学コースに足をすすめることになる。

家の周りをぐるりと通路が囲んでおり、すべての部屋を見学することができるようになっている。ただし、部屋内部は通路部分との境目を透明アクリル板で仕切られており、展示物に手を触れることは叶わない。

間取りは、6LDK、一階には玄関、ダイニングキッチン、リビング、和室、風呂、トイレがある。北側に面しているのは、広めの玄関とリビング、南側に面しているのはリビングとふろ、トイレである。

玄関横には階段があるが、ゴミで覆い尽くされており登ることは不可能である。博物館となった今は、順路にある外階段を上って二階に行くことができるのだが、当時人が住んでいたときにはどのように二階に上っていたのか実に興味深い。皆思う事は同じなようで、ごみ屋敷内に足を踏み入れる直前の場所で人だかりができており、いつも混みあっている。

二階には和室が二間と洋室が二間ある。北側に和室が二間、南側に洋室が二間続いており、階段横には洋室につながる四畳ほどの広さのテラスがある。

見学コースは、ごみ屋敷全体を外側の通路から覗き込む形で全室をくまなく観察できるよう設けられている。透明アクリルの反対側の壁には、ごみ屋敷内で発掘された住人の直筆ラブレター、通知表、テスト、落書き、買い物の納品書に請求書、レシートといった細かいものが所狭しと掲示されている。

見どころは、年頃の女子の筆跡を模した自分あての熱烈ラブレターである。32通にも及ぶ、自分へのあこがれと好意を包み隠さず綴った文面は、実に独身男性の欲望をさらけ出しており、誤字脱字というエッセンスも加わって妙齢男性の涙と女性陣の悲鳴をかっさらっている。

コース始まってすぐにある玄関で、見学者は皆一様に、声を失う。

おびただしい靴、傘、冷蔵庫が二台、ゴミ、未開封の食品、雑誌、服、車のパーツ、干からびた生ゴミ、ネズミのミイラ、ゴキブリのかけら…すべてごみ屋敷住人が過ごしていた頃のままに展示されているのだが、常識を逸したありえない光景に皆絶句してしまうのである。

人というのは、こんなにも物を溜めることができるのか、こんなにも回覧板のバインダーを放置できるのか、こんなにも督促状を積むことができるのか、こんなにも生ごみを放置させることができるのか、通常の人間であれば、躊躇してしまうような放置が、ここにはあるのだ。

通路はアクリル板で完全遮断されており、ホコリの被害を受けることもにおいを感じることも、細菌やカビ、未知なる病原体の源の被害を受けることもない。見学するだけであれば被害は及ばない、だが厚さ一センチの透明アクリル板の向こう側には明らかに人体に毒となる物質があふれかえっているのである。

怖いもの見たさ、興味本位、教訓、学び…、様々な感情を求めて、人々はこの博物館にやってくるのだが、館内に入ってすぐに、目を奪われ足を止めてしまう。少々ルール違反ではあるが、見学の際は、二階から足を運ぶ方が良いのかもしれない。

一階の見どころは、玄関だけではない。

長年にわたってお湯の継ぎ足しで入浴を欠かさなかった、風呂。この家にまだ主婦がいた時に掃除をして以来、およそ20年間一度も掃除をされることがなかった風呂場は、タイルの色がわからないほどに黒カビが蝕み、濁り切った湯の表面には湯の花と間違えてしまいそうなカビコロニーが蔓延っているものの、きれい好きを自称していたこの屋敷の住人が毎日嬉々として入浴をしていた様子をうかがい知ることができる。

脱衣所に無造作に積み重ねられた、バザーでひと箱10円だった石鹸ギフトが天井まで積み重ねられているのも見ものだ。石鹸は腐らないからたくさん買い込んでおけばいい、10円は破格だと、大喜びで買った代物であると、注意書きが掲示してあるのが実に親切である。

そう、この博物館には、丁寧な展示品説明が所狭しと置かれているのである。

天井からつるされていたり、少しのゴミの谷間であったり、見学に支障の出ない透明アクリル板の一部であったり。トイレの棚に飾られている、いい形の物体展示についての記載は、見るものを選ぶこともあるが…おおむね好評をもらっているのである。

また、キッチンも実に見ごたえがある。

長い年月を経て、透明な色を得た、未開封の瓶入り牛乳。およそ何が入っているのか見当もつかない、コールタールのようなものが詰まった漬物瓶。中身のなくなった油に、しょうゆと見間違わんばかりの清酒。卵ほどの大きさに縮んでいるスイカに、昭和の賞味期限が記された高級ハム。腐敗を経験し、カビを経て無の境地に至った豚肉のパック。食べものであったことを完全に放棄した、およそパンであった物体の成れの果て。

食べ物を粗末にする罪の大きさを、これでもかと見せつけられる、究極のステージなのだ。

二階へ抜ける順路の階段には、家主の秘蔵コレクションが展示されている。

いい形の爪、絶妙に太い白髪、信じられない大きさのへその胡麻、瘡蓋コレクションに鼻パックキング豊作ベスト3……理解しがたい収集癖を持つ家主の、誇らしげな顔の写真が涙を誘う。芸術品を博物館で自慢気に見せつけるために、長年孤独に収集に勤しんだ努力が今、こうして白日の下にさらされているのだ。……涙なしには、とても見ることができない。

二階には、より一層の生々しい生活感を感じることができる展示が並んでいる。

家電製品に埋もれた洋室には、昭和初期の頃のアイテムが、ホコリだらけで転がっている。チャンネルの取れているテレビ、蓋ができるラジオ、受話器のない電話、分解されたタイプライター、開けた形跡のない掃除機、座面がぬちょぬちょの金魚運動マシーン、踏む場所のないスカイウォーカー、カビだらけの美顔器、モザイク除去マシン、意味深な大きなくまのぬいぐるみ……。

見たこともないヘルメットの機械は、宇宙人と交流できるものらしい。説明書きによれば、何度も交信をし、そのたびに地球人として絶賛され都度謙遜して事なきを得ていたとのこと。もし彼が地球人代表としてほかの星を訪問していたのならば、今の混沌とした世界はなかったのかもしれないと思うと、実に慎み深かった屋敷の王に歯がゆさを覚えてしまう。

家電博物館としてもかなりの高評価をもらえると思われるのだが、いかんせんホコリだらけで何一つ正常に稼動しないのがネックとなっている。

…おそらく、家電そのものにスポットを当てるのではなく、家電があった時代を懐かしむためのアイテムとして秀逸なのだ。

レトロ家電に見入る男性陣が声高々に蘊蓄を披露する様子は、圧巻だ。横で、所々に配置されているミイラ化した小動物に気付いた婦女子が甲高い声で悲鳴を上げるのが少々気になるが、いつまでも終わりのない知識の押し付け合戦を止める、ブザー的な役割を担っていると思えば我慢もできよう。

西側の洋室は、家主が晩年足を悪くし階段を登れなくなり入室することが叶わなくなった自室である。

自室入ってすぐにある学習机の中には、同級生から借りパクしたものがみっちりと詰まっている。筋肉人形の消しゴム、牛乳のキャップ、ミニカー、オドロキマンのシール、いいにおいの消しゴム、ぷっくりシール、野球ポテチのカード……、自分で収集したもの、弟たちに持ってこさせたもの、兄から奪い取ったもの、母親にねだってバザーで手に入れたもの、同級生に一万円で売ってもらったもの……、幼馴染がくれた手作りチョコレートも、一番奥に隠されている。もったいなくて食べられなかった逸品は、もはや食べることができない、むしろ食べたら即あの世行きの猛毒と化してしまった。

なお、制作者であるAさんは現在三児の母、自宅で文字入力の仕事を頑張っており、週に一度焼き立てパンバイキングに行くことを心待ちにしている平凡な主婦であることが家主により突き止められている。

40年会っていない人物の情報をここまで探るとは、超一流の探偵でも難しいのではないだろうか。屋敷住人の、たぐいまれな才能を見せつけられ慄く女性陣が後を絶たない。

ティッシュのゴミだらけのベッドの横で、常に動き続けているパソコンにも注目したい。

今なお稼働し続ける家主が愛用していたパソコンは、往年のPCユーザーならば必ず胸が高鳴るであろう一品だ。時折エラー音を発しながら、延々とブラウザクラッシャーによる攻撃を受け続けているパソコンモニタの様子は、実に心臓を鷲掴みにし、一度見たら最後、なかなか目を離すことができなくなってしまう。

家主に中途半端にパソコン知識があったために、無駄に繋がれてしまったハードディスクが今なおデータを溜め続けているという、悲劇。パソコンの使い手はとっくの昔に灰になったというのに、健気にいかがわしいデータをダウンロードし続けるファイル共有システムに、CPUの執着のようなものを感じて目頭が熱くなる見学者も多い。

家電やパソコンに興味のない若い女性たちに人気なのは、おびただしい数のビールの空き缶で埋め尽くされたテラスであろうか。

みっちりテラスの柵いっぱいに埋まるビール缶は、テラスの床部分がさびて抜けてしまっているのに崩落しないという、ミラクル状態をキープしている。懐かしいカクテルやビール、チューハイの缶を見つけて大はしゃぎする中年女性が割といる。バブルの時代に毎日飲んでいた記憶が呼び覚まされるのであろう。
うず高く積まれた缶がいつ崩れるのか、どの一本を引き抜いたら一気に崩れるのかというワクワク感がたまらないという見学者も多く、話題になっている。

ベランダから南側の和室に向かう順路の壁には、ごみ屋敷住人の名言集が展示及び放送されている。

貴重な故人の肉声を延々流し続けているのだが、一度聞くと病みつきになると、一部で大ブームを巻き起こしている。MADアニメまで作られ、動画の再生回数は百万を越えた。

「それ!食べるやつだから捨てんなよ!」
「知らねーよ、勝手にくたばれ!」」
「にーちゃーん、金ちょーだい。」
「ぼくちんおかねなくなっちゃったんでちゅ、めぐんで、めぐんでー!」
「ホント頭悪い奴ばっかだな。」
「俺が働きたいと思えるレベルの会社がない」
「明日からがんばるわ。」
「俺が大臣になればこの国は安泰なんだよ」
「めちゃめちゃ反省した、許してください。」
「ここには宝しかないんだけど!」
「俺の財産捨てたら損害賠償請求するからな!」
「あの傘一本五万円だったんだ、今すぐ弁償して。」
「俺の考えた話小説にしてよ、大ヒットするからさ。」
「俺の十八番、ちゃんと録音してる?♪~」

自慢の美声をこれでもかというほど順路に響かせることができて、さぞや本人も満足している事だろう。

残念ながら声の録音が叶わなかった名言は文字になって展示されている。

欲望と本音の塊を躊躇の欠片なく他人に投げつけた、己を一切隠さない発言は、周りを気にして本音を隠してしまう現代人の胸に実にひりひりと沁みて、弱音を吐けない、言いたいことが言えない現代人を勇気づけると話題になっているのだ。

・俺以外みんな不幸になれ
・世話好きのおにゃのこはよ移転して来い
・女は二十年生きたらババアだ、老化が移るから出てってくんない?
・俺をおっさん呼ばわりするな、まだ50になってないんだぞ
・賞味期限を越えてこその人間だ
・汚いという考え方こそが汚い、俺は汚れていない
・俺の言葉をありがたく授けてやる
・小遣いも渡せないくらい貧しいの?
・いいの、俺に本気出させて?あんた地獄見るよ・・・

名言集は外の売店で販売しているのだが、常に品薄となっているので、予約をするのがおすすめだ。

南側にある二間続きになっている和室。東の比較的モノの少ない和室は、かつてこの家に存在していた家主の母親の部屋である。

母親が生きていた頃のままに、およそ20年にわたって一度も手を入れることなく放置されている。母親をこよなく愛した家主は、母親の面影を消すことをきっぱり拒絶したのだ。

敷きっぱなしの布団、その上に散らばる下着、脱いだネグリジェ、飲みかけの薬に愛読していた女性週刊誌、たべかけのどら焼きに南部せんべい、飲みかけのお茶。すべてにほこりがかぶり、小動物の生きた証が散乱している。布団の横にある鏡台は、鏡部分にホコリが付着しており姿を映すことは不可能で、化粧品はどす黒く変色している。
その横には大きなタンスが二つ並んでいるのだが、あちらこちらをネズミにかじられており、悲壮感が漂っている。また、内部に侵入したネズミが一時期爆発的に増えたようで、母親の愛用品や秘蔵の着物などには一面に捕食と排泄の痕跡が派手に散らばっている。
タンスの上に並んでいる手作りのぬいぐるみも、布が古くなって所々泡を吹いたようにわたが飛び出しており、見るものの涙を誘う。

変わり果てた母親の部屋の様子をみて、幼い日の思い出をまぶたの裏に浮かべ人目を憚ることなく涙していた、家主の豊かな想像力にはただただ感心する事しかできない。

押し入れの中には、布団とザブトンがみっちりと埋まっている。
説明書きによれば、親戚が多いため、いつだれが泊まりに来ても対応できるように備えていたとのことだ。

昔の人は、葬式や結婚式の後、ホテルに泊まることなく一般家庭に宿を借りていたから…、30枚のザブトンも、30組の布団も、必要な物であったに違いない。20年前に母親が他界した時、弟にすべて手配させた斎場でひらかれた葬式に集まった親戚の数は5人であったようだが、またいずれ30人集まる日が来るに違いないと、家主は手放すことを拒否したとのことだ。

30人泊まれる広さを誇る家屋ではあるが、人が一人立つ場所さえ確保できない状況で、どのように30組の布団を敷くつもりだったのか?見学者たちの疑問に答えるものはいない。博物館を建てたからには、きっちりと模範解答を掲示するよう懇願する意見書が連日届いている。

西側の和室は、かつて家主が万年床を築いていた場所である。

一度も干されることのなかったせんべい布団は茶色に染まっており、中央部分が大きくへこんでいる。

ぎ、ぎぎい……。

この博物館で唯一の、稼働する展示物である、せんべい布団。
15分ごとに上昇し、人体に汚染されて溶けてしまった畳の様子を観察することができる。人の体温が、人の湿気が、20年かけて畳を溶かすという事実を目の当たりにすることができる。あまりのえげつない光景に、落ち着き払って見学をしていた肝の据わった人々でさえ堪えきれずに悲鳴を上げることが珍しくない。

ド派手なアトラクションの人気の影になりがちだが、押入れに詰まっているビデオテープも見ものだ。すべてきっちり爪の折ってある、押し入れにみっちり詰まっているビデオテープの、山、山、山、山…。
迫力に思わず息を飲むものは多い。だが、この区画の一番の見どころは、そこではなかったりする。

植木の植え方のビデオテープとお笑い番組1~35のテープの後ろに、おそらく記入した本人のみが解読できる文字列の並ぶビデオテープが何本も収納されているのだが、これが実に一部の人々の探求心をそそるのである。

収録内容をごまかそうと頑張った様子が手に取るように分かる、通常であれば絶対にさらけ出したくないであろう、恥部。それをすべて包み隠さず展示するところに、博物館運営者の男気を感じざるを得ない。記入されている文字、数字がくまなくキッチリ観察できるよう、一部拡大して展示しているのが実に観覧者にやさしい。この博物館を建てる事を決意した人物の、余すところなくすべて公開するのだという気概を感じ、感服してしまう。

また、一部の見学者達は、ここで喉から手が出るほど、部屋の中を触りたいと願う。ベッドまわりをくまなく埋め尽くした、ティッシュのゴミを生産し続ける糧となった映像が、ここにはあるのだ。レンタルビデオを開始してほしいと願うものが後を絶たないという。4月5日、6月9日、9月2日、モグモグシリーズ、いいやつ、これ、これよりいいやつ、DN、SN、AN、20190721、201919、48-1~48、3.141、1192、369、82×82、60721、1010、8383、1151935174……、ビデオテープ背面に記されたメモはやけに似たような文字や数字が多く、意味のないものに見えることもあり、ただの見物者は軽くいなしてしまいがちだ。しかし、謎解き目的でこの場を訪れた者はしっかと心を鷲掴みされてしまい、暗号解読という沼にハマって抜け出せなくなってしまうのだ。

この屋敷の住人の趣味嗜好を探る重要なポイントを軽視することは許されないと、謎の使命感が芽生えてしまうのだと、とある見物者は語っている。
謎解きに自信のないものは、その内容を明らかにするために写真を取り、仲間の協力を仰ぎつつ日々家主の秘密を暴くために挑戦し続けている。

そう、この博物館は、写真撮影が可能なのである。この博物館を訪れた人々により、毎日毎時間毎秒、ごみ屋敷に住んでいた吾味碁未男という人物の残した功績が拡散され続けているのだ。

押し入れ横には、ごみ屋敷の家主の兄が幼い頃から愛用していた学習机が展示されている。兄が地方の大学に行った時に譲り受けた、使い古された机は、引き出しをオープンしてあり、中身をすべて見ることができるようになっている。
この机の中に入っているものはすべて吾味碁未男のモノである。しかし、家族親戚には、兄貴の机だから、俺のモノは入っていないと断言していた。おそらく、己の失態を兄に擦り付けようとしていたに違いない。

なぜならば、この机に収納されているものはすべて…一般常識として、所持することが憚られる代物だったからである。

引き出し一段目に入っているのは、明らかにゴミ屋敷住人のものではない、他人の名前の記入された(一部修正加工済み)リコーダー、21.5センチの記名(一部修正加工済み)ありの上履き、ストローが48本、ティッシュがいくつか、桃色のハンカチ、およそ家主が着用するはずのない、下着が三枚とブルマー。
二段目の引き出しには、鉛筆、消しゴム、自分のものではない生徒手帳、自分のものではない作文、書道、水彩画、牛乳瓶、ゼリーのカップ、髪の毛の入った瓶が三つ、水の入った瓶がひとつ。
三段目の引き出しには卒業アルバム、クラス写真、自分の映っていない大量の写真(一部修正加工済み)、チラシの裏に描いた絵など。

机の上にはゲームソフトが298本。自分の名前ではない記載があるものが半分ほど。ブラウン管のテレビに接続された、茶色く変色したゲーム機本体には、お気に入りのRPGソフトが刺さっている。机の足元には、分解されたゲーム機本体や、ボタンのつぶれたコントローラーが山となって積まれている。怪しげなピストルやキーボード、ロボットなども一緒に積まれており、一部コアなゲームマニアがこぞって写真をとってはSNSに投稿している。ここには、誰も手を出さなかったクソゲーが溢れているのだ。

順路の最終コーナーを曲がると、そこにはメッセージコーナーが設けられている。
ごみ屋敷を見学し、この屋敷の住人の人となりをくまなく見学して下さった皆様に、一言残してもらうべくペンと紙が用意されているのだ。

同じ趣味を持つものとして励ましの言葉を残すもの、同世代として思う事を素直に残すもの、生存していたら仲良くなれたに違いないと記すものがたくさんいた。

一方、ペンを取ろうともしない人は少なくない。この博物館に入って不愉快な思いをしたものは、ペンを取り自分の痕跡をこの場に残そうと思わないのだ。
結果としてメッセージコーナーにはいい言葉ばかりが並んでしまい、どんどんこの施設を擁護・支持する流れが加速し、更なるブームを呼んでしまっている。

ごみ屋敷博物館を出ると、小さな売店がある。

ここには、ごみ屋敷の主の名言集やブロマイド、健康診断結果のコピー、美声を収録したCDなどのお土産をはじめ、軽食も用意されている。

・家主の愛した薄い乳酸菌飲料
・家主の愛したご飯のマカロニのせ
・家主の愛した柿マヨネーズ
・家主の嫌いなキュウリの一本漬け
・家主の嫌いな手作りホットケーキ
・家主の嫌いなミックスジュース

乳酸菌飲料はコップの向こう側が見えるくらい薄く作れと怒鳴り付けた家主自慢のドリンク、ダブル炭水化物が至高と信じた家主の究極レシピ、熟して庭に転がっていた柿に賞味期限の切れたマヨネーズをトッピングしたスペシャルメニュー。家主お気に入りのメニューには、「愛した」がついている。
裏庭のキュウリを勝手に収穫した四男の嫁に殴りかかって警察を呼ばれたときにわざとらしくかじった思い出の味、賞味期限切れの小麦粉を勝手に使われて憤慨した憎々しい味、わざと腐らせていたバナナを勝手に賞味期限前の牛乳と合わせて作られ腹立たしさしか残らなかった忌々しい味。家主が許せないメニューには「嫌いな」がついている。

なお、この軽食は、すべて賞味期限前の、食べても何ら問題のない食材が使われており、意外にも人気となっている。
この度、ホットケーキのコンビニ販売が決定したというから恐れ入る。第二弾はマカロニごはんかミックスジュースにするかで意見が二分しており、開発が止まっているらしい。

この、ごみ屋敷博物館。

世界各国からも、取材の申し込みが殺到しているという。
管理者は、海外への移設も検討しているとのことだ。

熱烈なラブコールを受け、管理者はずいぶん前向きになっている。

ゴミ屋敷博物館が日本国内で展示されるのは、あとわずかなのかもしれない。

……世界で唯一無二の、かけがえのない、施設。

国内に存在しているうちに、ぜひとも訪れてみてほしい。


※こちらのお話とも連動しております※
オカルト要素がありますのでご注意くださいね…

いやあ、ゴミ屋敷って大変ですよね(他人事)。



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