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おーい、どこ行った?


 コン、コン!

 重厚なドアをノックして、優しく声を、かけた。

「ここに、本当の私は、いますか?」

 ガチャ

 ドアが開き、まっすぐ私を見つめたのは……、やや緊張した顔立ちの女性。

「ここには、真面目な私しかいませんよ。」
「……そうですか。」

 私は重厚なドアを閉め、別の場所に向かった。


 コン、コン!

 安っぽいドアをノックして、優しく声を、かけた。

「ここに、本当の私は、いますか?」

 ガチャ

 ドアが開いて、明後日の方向を見ているのは……、とぼけた顔立ちの女性。

「ここには、適当な私しかいないよ~。」
「……そうですか。」

 私は安っぽいドアを閉め、別の場所に向かった。


 コン、コン!

 古めかしいドアをノックして、優しく声を、かけた。

「ここに、本当の私は、いますか?」

 ガチャ

 ドアが開いて、まっすぐ私を睨み付けたのは……、憎しみを隠しきれていない女性。

「ここには、荒んだ私しかいねーよ!」
「……そうですか。」

 私は古めかしいドアを閉め、別の場所に向かった。


 コン、コン!

 質素なドアをノックして、優しく声を、かけた。

「ここに、本当の私は、いますか?」

 ガチャ

 ドアが開いて、足元を睨み付けたのは……、絶望を隠しきれていない女性。

「ここには、諦めている私しか、いない。」
「……そうですか。」

 私は質素なドアを閉め、別の場所に向かった。


 コン、コン!

 きらびやかなドアをノックして、優しく声を、かけた。

「ここに、本当の私は、いますか?」

 ガチャ

 ドアが開き、いきなり私を抱き締めたのは、ごてごてにド派手なメイクをした女性。

「ここには、ハイテンションの私しかいないぴょん☆」
「……そうですか。」

 私はきらびやかなドアを閉め、別の場所に向かった。


 コン、コン!

 一般的なドアをノックして、優しく声を、かけた。

「ここに、本当の私は、いますか?」

 ガチャ

 ドアが開き、丁寧に頭を下げたのち、こちらに目を向けた穏やかそうな女性。

「ここには、他人行儀な私しかいないんです。」
「……そうですか。」

 私は一般的なドアを閉め、別の場所に向かった。


 コン、コン!

 血濡れのドアをノックして、優しく声を、かけた。

「ここに、本当の私は、いますか?」

 ガチャ

 ドアが開き、私を見ずに呟いたのは……、どす黒いオーラに包まれた女性。

「……ここには、あんたの求める誰かは、いない。」
「……そうですか。」

 私は血濡れのドアを閉め、別の場所に向かった。


 コン、コン!

 鏡張りのドアをノックして、優しく声を、かけた。

「ここに、本当の私は、いますか?」

 ガチャ

 ドアが開き、私に対峙したのは、老いた女性。

「ここには、模倣する私しかいないけど。」
「……そうですか。」


 どこにもいない、本当の私。

 どこに行ってしまったのか、本当の私。


 途方に暮れる私の目の前には、たくさんのドア、ドア、ドア、ドア………。


 この、ドアの分だけ、偽られた私がいるというのか。

 この、ドアの分だけ、本当の私は逃げ出したというのか。

 この、ドアの分だけ、誰かのためにワタシが生まれたというのか。


 ようやく、自分自身と向き合える気になったというのに、本当の私が見つからない。


 誰かを優先させていたら、自分が逃げ出してしまった。

 誰かに合わせていたら、自分が薄くなってしまった。

 誰かに従っていたら、自分が表に出られなくなった。


 おーい、本当の私、どこ行ったー?


 探したいなあ。

 探せるかなあ。

 探せないかもしれないなあ。


 おーい、本当の私、どこ行ったー?


 探したいなあ。

 探せるかなあ。

 探せないかもしれないなあ。


 おーい、本当の私、どこ行ったー?


 探したいんだけどなあ。

 探してもいいのかなあ。

 探したらどうなるんだろう。


 おーい、本当の私、どこ行ったー?


 探せないなあ。

 探してもなあ。

 探したところですぐに隠れちゃうんだろうなあ。


 本当の私、どこ行った?

 本当の私、どこ行った?

 本当の私、どこ行った?


 本当の私、いたのかな?

 本当の私、いないのかも?


 途方に暮れる私の目の前の、たくさんのドア、ドア、ドア、ドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドアドア………。


 開けても開けても、本当の私が見つからない。

 開けても開けても、ドアが減っていかない。

 開けても開けても、終りが見えない。


 もう、ドアを開けるのを止めようかと思って、立ち止まった。

 ……目の前にあるのは、穢れたドア。

 こんなドアの向こうに、本当の私がいるはず、ない。

 ドアノブに手を伸ばすことすらせず、ただ、じっと待つ、私。

 ギギ、ギィイ……。

 ドアが、突然、勝手に、開いて。

 まぶしい、光が。

 ……眩しい、光が。

 ……。

 ……ぃ。

 ……だい!

 い…で……だい!!

「いつまで寝てんだっ!!!起きろ!!起きやがれ!!!このぐずがっ!!!」


 ……まぶしい。

 ……ああ、母親が……、懐中電灯で、私の、顔を、照らして、いる。


「朝は五時に飯を炊けと言ってるだろうが!!!本当に怠けることしかしないねえ、あたしゃ四時に起きて掃除してるのに!いいねえ、ゆっくり寝れるのんき者は!!何の心配もしないで平気でサボって親不孝ばかりしやがる!あーあー、あたしゃ本当に不幸だよ!こんな娘しかいないなんて!!……何ぼさっとしてんだ!早く…起きんかっ!」

 ……ああ、そっか。

 ……こんな…母親に会いたくないもんね。

 そりゃあ、本当の私なんか、顔、出すわけ、ないよね。

 顔を出した途端に、罵倒されて叩き潰されてあっという間に、消滅しちゃうもんね。


 私は、本当の私に会えない理由を悟り。


 黙って、布団から起き上がり。

 朝食の準備を、始めた。


どこかに行ってしまったと思えるだけ、まだましなのかもしれない。


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