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おにーさんのお店はわりとかなり適当にオープンするらしい!(後編)

「すんません…連れて、来てしまいました……。」

 間もなく終業時間という、夕方四時半。接待用のお茶の買い出しに行っていたバイト君が帰ってきた。まさかの、……お土産付きだよ、マジか…。

 僕の目の前にいるのは、悪霊を乗っけている、気弱な…マッチョ。

 彼はひょんなことで縁がつながった…うちの店の、頼れるスタッフだ。真冬だというのに海外のごついボンレスハムみたいな二の腕を曝け出し、人としての強靭さをこれでもかと誇示している割に…へっぴり腰なのがなんとも言えない。

 ここで働くようになって二年が過ぎたが、相も変わらず…吸着体質というか、呼ばれるタイプというか、導かれちゃう気の毒な人っていうか…うん、お疲れ……。

 体ばかり鍛えても、乗っかるもんは乗っかっちゃうんだよねえ……。常日頃から肉体を鍛え上げていて、ついこの前120キロを持ち上げたと自慢をしていたけど、そんなことは幽霊どもには関係ないからなあ。むしろ、そういうのに乗っかってマウンティング?俺こんなごつい奴に乗ってんだぜ!すげーだろ的なさあ。現実世界じゃあ小さくなって引っ込んでるくせに、肉体手離したとたんに図々しくなる奴ってのはずいぶんたくさん、いるもんで。

「はいはい、じゃあ取るからね、…はい、いちに、さん!」

 悪霊をひょいとつまみ上げると…ははは、この顔、見たことあるぞ。

 ―――わんわん!あいつ帰ってきた!
 ―――なんだー、結局肉体乗っ取られたんじゃん!
 ―――うわあ…浄化、浄化しよ!
 ―――おお…わらわが浄化してしんぜようぞ…
 ―――ちょwww女神様コスとかウケるんだけど!

 こいつは……、朝一の客だ。

 なじみ深い奴らがやけに騒いでいる、さっき見捨てたばっかなのに……愛着でもあるのかね。

 ―――しょぼいのぅ…なんじゃ、もっと人を楽しめばよかろうに
 ―――おにーさん、そいつ食っていい?
 ―――ダメだって、こんなん食ったら魂が穢れる!!
 ―――つか、近寄ると穢れる!
 ―――おにーさん、はよ、はよ!!なんとかして!!
 ―――え~~~~~~~ん!!怖いよぉおおおおおおお!!!

 なじみのない奴らまで盛り上がってるじゃないか。

 ……そうだなあ、久々の…人堕ちだもんな、わりと一大事だ。通常死んだら肉体から抜ける魂が…生きたまま抜けちゃうってのは、わりとまあ、けっこう珍しいパターンだし。

 おおかた無防備に出歩いてタチのよくない場所に迷い込んだんだな。もともとの不幸ダイスキ体質が守護霊不在で大爆発したに違いない。でもって体をイキのいい自縛霊だか浮遊霊だかに乗っ取られたと。

 どうせ幽霊になって自由にやりたい放題できるなら、何もできなかった肉体なんかいらねーよって考えたんだろうね。こんなつまんねえ人生くれてやるよってさあ。肉体だってそこまで嫌われたら、もう別の魂入れた方がよくね?って思っちまうわなあ……。無気力だったからなあ、そりゃ肉体からはがされるわ。

 ……いいんじゃない?

 どうせあのまま生きてても、いずれ身を滅ぼしてただけだろうし。せっかく健康に生きている体だからね、最後まできちんと生きてもらいたいんだよ、…こっちはね。中身の魂なんて、別にこだわりなんてないんだ。いくらでも入れ替わってもらって結構、けっこう。

 ―――お前のせいで!お前のせいでええええええええ!!!ここで会ったが百年目えええええええ!!よくも俺の人生をめちゃめちゃにしやがったなああああああ!!!食い殺してやる呪い殺してやる苦しめ叫べ泣き喚けえええええええ!!!

 ぶぶ、ブわあああアアアアアアア!!!!

 つまみ上げてる魂から部屋中に広がる、怨念の渦。黒い希薄な靄が中途半端に揺らぎながら、僕の体を包もうと蠢く。

 ……なんだ、無駄の多い雑念だなあ。百年目って何なんだ、ついさっきの出来事なのに。年月の長さなんざ微塵も知らないくせに…イキってんなあ……。こんなショボさじゃ……、そこら辺にいる小鬼の鼻息がかかった程度で吹き飛ばされちゃうレベルだぞ?

「いや、こうなっちまったのは、アンタのせいだけどね。」

「…?なんすか?あの、どうです?取れました…よね?」

 ゴリゴリのマッチョな兄ちゃんのくせに…上目遣いで、こちらを、見るんじゃ…ない!!微妙に瞳がキラキラしているから…ときめいちゃうだろうがっ!

「取れた取れた、…えーとね、もうじきお店閉めるから、お茶の準備しといてもらっていい?えっとね、……三人分。」
「りょーかいっす♪」

 ……今から、派手にきたねえもんが飛び散っちゃうからさ。お気に入りのバイト君には、避難をしておいてもらおう。

 元気溌剌オーラでコーティングされてるとはいえ、お気に入りの子が穢されちゃうのは…忍びないんだよ。
 マッチョ君はさ、実にいい肉体の鍛え方してるんだよね。相当いい感じに、人の心を癒してくれる子なんだよね。

 よし、あっち行ったな。じゃあ次は…目線を、壁の方に、向ける。

 ……君たちも、避難しといて?

 ―――え、なに?
 ―――わんわん!!なんかあるの?
 ―――犬さん!あっち行こ!!ここね、危ないよ!!
 ―――ホレホレ、向こうに行って魂の尻尾焼きでもたべよまい。
 ―――吹き飛ばされかねんでな、マッチョ君の影に隠れとこう。
 ―――ハーイ、皆さーん、あっちの部屋に移動しますよー!
 ―――え、なに、ついて行けばいいの?

 ぞろぞろと移動していった、皆さんを見送った、僕は。

 クソきたねえもんを、つまみ上げ。

 ―――しいいいいいいいいいいねええええええええええ!!!!

 ぶぶぶぶぶぶぶぶ、ブわああああああああああああああアアアアアアア!!!!

 …おーおー、部屋の中が真っ黒だ。

 キッチンに向かったであろうマッチョの姿も、端っこが割れてガムテープで補強してあるガラステーブルも、カバーが割れて裸のLEDがついてるシーリングライトも見えなくなったよ。

 真っ暗で…何も見えないって、思うのかい?
 真っ暗で…何も見えないだろうって、驕るのかい?

「はは…なにも、見えないねえ……。見えないだろうねえ……。」

 ぺらぺらの闇の中に、ぽつり、ぽつりと浮かび上がる…紅い、染み。

 ご…ごごご…。

 染みがつながり、赤い跡になって…増えてゆく。

 闇を染めた赤い土壌に、炎の花が、一輪、二輪、咲き始め。炎の花弁が、一枚、二枚と散ってゆく。炎の渦が、ひと巻き、ふた巻き……。

 ごごごぉ……ごごごごごぉおおお!!

 炎の螺旋に煽られて、燃えてゆくのは。

 ごごごごごごごごごごぉ、ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!

 薄っぺらい、怨念、怨念、怨念、怨念、怨念、怨念………!

 ―――なんだああああああ…?あ、あ、あ…?!

 ……だからさ。
 …見えないくせに、何言ってんのって、言ったでしょ。

 ―――あ゛、あ、あがアアアアア、あ、あ、あ、アアア…ぁ……も、燃えッ…も……

 見えてないのは、お前の方なんだよ。

 たかが凡人ごときが、地獄の業火を纏う、鬼の姿が拝めるとでも?
 つまんねえ怨念で何も見えなくなるようなカスが、地獄の業火を背負う、鬼の姿が拝めるとでも?

 ……ああ、僕の体が…人の姿に鬼の姿が重なって、燃え盛る業火の圧をものともせず……揺らぐ。

 つまんねえもんが、燃え盛る業火の圧にひしゃげて。
 おかしな形になりながら、悶え揉まれて……はじける。

 肉体を焼かぬ地獄の業火は、魂を燃やす。辺りの陰鬱を飲み込み、炎はますます勢いを増す。

 ……こちとら億単位でクソ人間どもの魂を燃やしてきてるんだ、なめんなよ?人間界出張も五年目……、これでも人間好きを誇ってるんだ。

 人間の肉体を無くした魂を、無下にするような奴は……、容赦しないってね。
 貴重な人間の肉体を手放すような魂には……、容赦しないってね。

 きっちり、人の心を持てなかったお前を……、消滅させてやるよ!

 黒い靄が焼け爛れ、赤い炎に焦げてゆく。
 燃えた滓が、赤い炎の勢いで蹴散らされて、床に染みとなってゆく。

 堕ちた魂は、燃え尽きて…逝く。

 目の前でごうごうと燃える怨念の色は…瑠璃がかった山吹色。

 わりと青と黄の混じる感じっていいよなあ……。紅い炎に揉まれていく様が、実にワビサビがある。なんだろうなあ、日本人特有だよな、この感じ。なんでだろう?

 …しかしあれだ、人の感情が焼べられた時の色ってのは…ぼちぼち…良い……♡まあ、一番好きなのは、焼きもちを焼く婦女子のピュアな心の色なんだけどね、ぐふふ!

 鼻の下を伸ばしつつ、染みだらけの床に目を落とすと…淀んだ色をして、ピヨピヨと…蠢いている、ものが。

「やっぱ伸びちゃったか、しゃーないな、もう……。」

 この世に対する未練が、炎に焙られている魂の端っこから伸びているのが見える。
 これは、いわゆる…魂の、しっぽ。往生際の悪い奴ほど長いしっぽができるんだ。…この魂は、どうせこの世で残ったところで悪霊にもなれない、粗末な残留思念でしか、ない。疲れてぼんやりしてる人間に乗り込んで、不定愁訴の種にしかなんないような、つまんないもんだ。……排除一択だな。

 じゅっ!!!

 収まり始めた炎の渦を細く伸ばし、床の端っこに引っかかっている魂の尻尾を切り取る。ちぎれたはずみで勢いよく舞い上がった断面の焦げたしっぱが、僕の手の上に落ちる…、えぐみの詰まったしっぽだな、そこそこの需要がありそうだ。…売るか。

 よーし、あとは床の上に散らばってる染みを燃やしたら、駆除完了だな……、僕はオレンジ色の炎を床に放ち……。

 …かかっ!!
 ぴしゃっ!!
 ドカ、ドカドカドカ…!!!

「アアー!!先生、酷い!!せっかくの怨念、燃やした、燃やしたあアアアアアアア!!!」

 勢いよく引き戸を開けて飛び込んできたのは、…黒いおっさん。ボサボサの頭を抱えて炎を見ている…あ、火が消えた。

 相変わらず鼻がいいなあ、もしかして前世は警察犬だったんじゃないの。
 …絶対来ると思ってたんだよ。

「こんなうっすい怨念、取っといてもうまくないよ。最近の鬼どもはホント舌が肥えちゃって…はい、これ、魂のしっぽね。ちょっと焦げてるけど、まあ、香ばしくていいんじゃない?高く買ってよ?」
「買いますけれども!ああ、もったいない、実にもったいない、薄かろうと美味いもんはウマいのに……、薄くたって需要はあるんです、先生のあたまだって薄くてもひつ

 …なんか、耳触りの良くない、声を…聞いたような?気のせいかもしれないけど、一応出所を塞いでおこうかね……。僕は一撃必殺のアイアンクローをお見舞いし……。

 ミシ、ミシミシッ…ミキ、ミキッ……!!!

「も、もがっ!…な、何でもないでひゅ、活きの良いたまひい・・・ひっぽをありがとうございました、はひ……。」

 おっさんは実体がないからなあ、ちょっと僕が握っただけで、うん、変な形になってる、……元に戻してやるか。そっと手の力を抜くと、人間の器がじわりじわりと現れて…うわ、脂ぎった顔面が出てきた!!慌てて手を離し、皮脂のついた手を煤けたズボンの端に擦り付ける!!!

「ひ、ひい…、しかし先生、やけに騒がしくなりましたね、…あちらの皆さんは?」
「新入りだよ、良かったら連れてってあげて。」

「うーん…そうですね、あとでみなさんお話させていただこうかな?」

 おっさんは名刺を差し出し、自己紹介をしている。相変わらず商魂たくましいな…。

 ―――ギャー何この人、怖い、怖すぎる!
 ―――そうでもないよ、わりとボヤっとしてるし!!
 ―――わんわん!僕、退治した方が良い?!キューン、無理ぃイイい!!!
 ―――ここにいるとたまにいい人間に乗っかれるよ!
 ―――あの人だれ?
 ―――狭間の人だよ、やらかすと食われるぞ!!
 ―――たまに仕事を紹介してくれのじゃて。
 ―――ねえねえ、焼き芋焼けたけど食べる人―!
 ―――アーン、あたしジャガイモの方が好き―!
 ―――わしにもくれい!

 ……ちょ!!誰だよ?!地獄の炎でイモ焼いて食ってる奴は!!

「あ、黒田さん、こんにちは、今お茶入れましたよ、飲んでってください!」

 キッチンからお茶のセットを持って来てくれた、ただの人であるガタイの良いバイト君には、細身の僕と小太りの脂ぎったおっさんしかいないように見えている事だろう。

 ……まあ、見えなくていいんだ、の姿はさ。地獄に行けば、いつか見られるんだから。

 ピ、ピピピピピピピピ……。

 おお、もう…終業の時間だ。人の世界は…あっという間に時間が過ぎるな。

 今日は少々…ツカレタ、かも?いやー、人の姿でいることに慣れちゃってさ、本性引っ張り出すとちょっぴり気疲れしちゃうんだよ。……今日は帰りにアップルパイをワンホール買って帰るか。一生懸命燃やした、自分へのごほうびってね。近所のケーキ屋のアップルパイはさ、それはそれはウマくてさ、疲れが一気に吹き飛ぶんだよね~♡

「おーい、古瀬君!もう店閉めるから、看板下げてきてー!」
「はーい!じゃあお茶、先に飲んどいてくださーい!」

 閉店処理をお願いした僕は、穴の開いたソファに沈み込み。

 …マッチョが心を込めて入れてくれたお茶を、グビリと飲み…、うん?………?!

「…ちょ!!!りょ、緑茶に…ココア味のプロテインは、どうかとっ?!」

 玄関マットを畳んでいるマッチョに、く、苦言を申し立てっ!!!

「えー!うまいっすよ?ねえ、黒田さん!!」
「わりと……ぐび、ぐび…、飲めなくは、ない……。」

「こーゆーのは!!飲めないって言うんだよぉおおおおお!!!!」

 ―――お水飲んだ方が良くない?
 ―――水飲みたーい!わんわん!!
 ―――お茶入れてもらっといてこの態度?
 ―――この人わりと亭主関白傾向があるんだよ
 ―――こんなに薄g…貧弱な感じなのに?
 ―――鬼の姿は怖かったでしょ!!
 ―――今日のお供えがもうないよ!!
 ―――イモ食べちゃったから食べるもんがない!!
 ―――わしはたまには酒が飲みたいのう。
 ―――私はお米が良いです、新米の。
 ―――ねーねー、タピオカ飲みたいからついてっていい?
 ―――口直しが必要じゃな、みんなでいこまい。

 わいの、わいの!!!

 ああ…やけに賑やかな店になっちまった……。ひいふうみい…あかん、いつの間にやら十人越えの大所帯だ、しかも一匹は犬!!今後はお供え物も増やさねばなるまい、ドッグフードも買いに行かねば…ああ、なにげに大赤字だ、今月のマッチョ君のバイト代、払えるかしら……。もう、一円たりとも、無駄にはできまい……。

 ……ため息を一つついた僕は、鼻をつまんで、マッチョ仕様のお茶をゴブゴブと飲み干したのであった。



 夕方、五時。

 中規模都市の幹線道路から一本入った場所にある、小ぢんまりとしたコンテナハウス。

 引き戸の中から出てきたのは…ずいぶん背の高い、体のボリューム満点の、若い男性。タンクトップから出ている筋骨隆々の右腕が、縦長の看板を持ち上げた。

 がっ……!

 所々に雑草が生えた砂利が、ほんの少し飛び散った。看板には、読み取れなくなった、文字の名残がうっすらと浮かんでいる。

「きれいに磨いておくっす!」

 野太い声の持ち主が、看板を抱え込んで手の平で豪快に文字を消し…ぱつんぱつんの短パンの尻で拭った。そして引き戸をそっと開け、中に入っていった。……入り口ドアのカーテンが…勢いよく、閉まる。

 本日のコンテナハウスは、営業を終えたらしい!

 ひっそりとたたずむ店の前のひび割れたアスファルトの向こうには…、陽気にはしゃぐ子供たちの姿が見える。……この場所は、小学校が近いのだ。

 どうやら、本日も……平和な日常を終えることが、できたようだ。

 ……この調子、この調子。


わりと長編構想があるんですけど、マッチョのバイトが書きたくて中編にしてしまったという裏事情がですね…。


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