43枚目 山下久美子「1986」(1986年)/大きな波と変化が起きる前の静かなる前兆

#jrock #80s #山下久美子 #布袋寅泰 #BOOWY

最近、忙しすぎてなかなか更新ができません。

前回のシナロケからの繋がりで山下久美子いきましょう。ベースの浅田孟とドラムスの川島一秀が参加している「1986」です。おまけに、ジャケットの写真を撮影したのも同じく鋤田正義。布袋寅泰が山下久美子のプロデュースを担当した3枚のスタジオ・アルバムの最初の1枚で、モノトーンのジャケットに象徴されるように、クールでノスタルジックなサウンドが印象的な作品です。

布袋と山下の出会いは、山下のアルバム「BLONDE」(85年)でした。ここで意気投合した2人は、年内に結婚。この時の2人の立ち位置は、山下の方がBOOWYより遥かに上。アルバムへの参加もゲストではなく、完全にバック・ミュージシャンという扱いでした。しかし、その相性の良さは抜群で、例えば、「星になった嘘」のシンプルなギターソロは、布袋の長いキャリアを通しても5本の指に入るほどの名演といっていいでしょう。

さて、「1986」は布袋色が強いとか、ここから一気に変わったと言われるアルバムですが、実は布袋はあまり冒険せずに慎重にサウンドを見極めて制作に臨んだように思います。その理由を書く前に、山下久美子の経歴を軽く振り返っておきましょう。

山下久美子は80年のレコードデビューからルイードでの伝説的なライブを重ね、82年に細野晴臣が作曲した(実際にはスタジオセッションに近い形で仕上がったらしいです)「赤道小町ドキッ」で大ブレイクを果たします。以降は<学園祭の女王>や<総立ちの久美子>と言われその地位を確立する一方、レコードでは「アニマ・アニムス」ような実験的な作品を経て、少しずつロック化を進めてきました。そして、「BLONDE」では多少旧態依然としたポップス感を引きずりながらも、山下久美子の可憐で個性的な声に合ったポップなロックの完成形に到達しました。「BLONDE」の録音現場にいた布袋は、そういった流れを汲んで、その路線を引き継ごうと決めたのだと思います。そこに自分の色を少し持ち込むだけで、いいものが作れると感じたのではないでしょうか。また、布袋自身、アルバム丸ごと1枚のプロデュースは初めてでした。そのプレッシャーたるや、かなりのものがあったでしょう。しかも、86年だけでもBOOWYは「Just A Hero」「"GIGS"JUST A HERO TOUR 1986」「Beat Emotion」と3枚のアルバムをリリースし、37本の「Just A Hero Tour」で全国を回るなど、自身が多忙を極める中、あまり冒険する余裕はなかったのだと思います。

それは、「1986」に先駆けて出た、布袋プロデュースの初作である12インチシングル「FLIP FLOP & FLY」に読み取れます。適度なノスタルジーとレイドバック感。これは「BLONDE」にも共通する点です。そこにBOOWYにも通じる、マシーン的な8ビートとグラムロック風(というか、トニー・ヴィスコンティ風)のストリングスを被せたのがこの曲です。そして、この曲のサビは、「BLONDE」のB面最後に収録された「Color My Life」のイントロからの引用なのです。また、そのB面には「BLONDE」収録曲「Living Together」のライヴ・ヴァージョンが収録されていたことも、地続きの印象を与えます。ちなみに、ジャケットの写真も、「and Sophia's Back」のアンニュイさ加減、「BLONDE」でそれが少し色を失い、「FLIP FLOP & FLY」ではモノクロのソフトフォーカスに、「1986」でモノクロの中にハッキリと輪郭を打ち出してきたというように、流れがあるのです。そういう意味では、本当に変化したのは「POP」の時でしょう。

「1986」はそういった流れを引き継ぎなから、コード進行をシンプルに削ぎ落とし、エッジを立たせることでサウンドの輪郭をハッキリさせ、布袋らしいロック感を引き出した作品です。1曲目の「REINCARNATION」のXTC「Wake Up」の丸パクリ(というより引用か)のイントロはご愛敬としても、「WALKIN' IN MY SLEEP」や「STOIC DRUNKER」は楽曲的に「BLONDE」の路線を引き継いだものだし、「LUCKY MAN」のレイドバック感も「BLONDE」からの延長線上のものと考えていいでしょう。形を変えて今井美樹にまで引き継がれることになる「笑ってよフラッパー」のノスタルジー路線や、モータウン"恋あせ"ビートをハネない2ビートに作り替え(歌詞に"恋はあせらずに"というフレーズが出てくるくらいですから)シングルにもなった「SINGLE」、ニューウェーブを経由したシック(というか、ナイル・ロジャースか)とでもいうべきファンクの変種の「うたたねチャーリー」など、斬新なアイデアをシンプルなサウンドで表現した布袋らしい楽曲もあります。そして、ルー・リード的な静けさとドイツ的な退廃を感じさせるスローナンバーの「On Sunday's 1986」でアルバムは幕を閉じます。

そんな中で注目すべきは「Nomore Rumour」や「Angel Beat」のようなタテノリ8ビートの曲です。これらはBOOWYの「DREAMIN'」に始まり、BOOWY用の楽曲と同時進行的に発展させたものと考えられますが、一見イケイケに思えて突っ込み気味なアクセントになりがちなこれらの曲も、ドラムスは非常にタメを効かせています。ここが次作の「POP」との最も大きな違いです。「Nomore Rumour」はBOOWYのリズム隊である松井恒松と高橋まことが(「SINGLE」のリズムもこの2人)、「Angel Beat」はシーナ&ロケッツの浅田孟と川島一秀によるものです(松井-高橋が担当したもの以外は全てこの2人が担当)。もともと布袋のリズム感は、クラフトワークのジャストなタイム感やファンク・ミュージックのグルーヴに影響された節があります。これ以前のBOOWY作品においても、リズムが前のめりになる曲は意外と少なく、この「1986」でもそれはあまり変わっていないように思えます。それが、BOOWY「BEAT EMOTION」、山下久美子「POP」と、どんどんリズムが前のめりになっていったのは、布袋の中でいったい何が変わったのでしょうか。何にせよ、流れの中で少しずつ変化を始め、大きな波になっていく前兆、最初の1歩であることは間違いありません。

山下にも変化がありました。それは、歌詞を書くようになったことです。布袋と組む以前の山下は、<歌手は歌う人で、歌詞を書く必要はない>というようなスタンスであったらしく、これ以前には数える程度しか歌詞を書いていませんでした。「1986」では4曲を単独で、1曲を共作で書いていますが、これ以降は自分で書くことが当たり前という感じに変わっていきます。これも布袋の創作に触れることで起きた変化なのかもしれません。ちなみに、布袋も「REINCARNATION」の歌詞を書いているのですが、これがナルシスティックというか手前味噌感全開の何とも気恥ずかしくなってしまうような内容で、この傾向は今井美樹の時代に全開になります。まぁ、このくらいでないとトップアーティストの座は務まらないのかもしれませんが。

ミックスを担当しているのは、マイケル・ツィマリング。BOOWYの「BOOWY」以降、日本に根付いて活動してきましたが、ここでも非常にダイナミズムを上手く捉えたミックスで、大きな貢献をしています。

【収録曲】
A1. REINCARNATION
A2. LUCKY MAN
A3. Nomore. Rumour
A4. SINGLE
A5. 笑ってよ フラッパー
B1. WALKIN' IN MY SLEEP
B2. ANGEL BEAT
B3. うたたねチャーリー
B4. STOIC DRUNKER
B5. On Sunday's 1986

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Takashi Ikegami

JAPANESE ROCK 80's 名盤選

79年から93〜94年頃までの日本のロックを盤単位で紹介。 音楽的な側面から検証・紹介していきます。
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