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56枚目 浜田麻里「In The Precious Age」(1987年)/浜田麻里に見る90年代への視線

超ひさしぶりに書きます。

浜田麻里さんは今年でデビュー35周年。デビューの時が20歳ですから、今年で◯歳とかそういうことはいいんですが(笑)、あのパワフルな歌唱とハイトーンが今でもまったく変わらないのは驚愕です。

いわゆる”ジャパメタ”といわれるジャンルは、91~92年頃を境に失速していきます。そんな中で人気を高めていったのが(JAPANが付く前の)Xと浜田麻里でした。どれもヘヴィメタルらしさという点では王道ではないスタイルを選び取ったことによって、生き残っていきました。

浜田麻里は、88年にNHKのソウル・オリンピック公式テーマソングとなった「Heart & Soul」がオリコンシングルチャート7位に、89年の「Return To Myself」はカネボウ化粧品夏のテーマソングになったことで、シングル、アルバム共に1位を獲得し、メタルというカテゴリーを飛び出して、ファン層を一気に拡大していきます。<脱メタル宣言>などとも言われましたが(本人は否定している)、メタル的なサウンド感覚を持ちながらもよりポップな感覚と幅広い表現方法を取り入れていったわけです。

浜田麻里はもともと、ラウドネスと同様、B-ingの長戸大幸の元、83年にデビューしています。この頃は初期ジャパメタの典型であるズンドコなメタルサウンドだったのですが、5枚目のオリジナル・アルバム「Blue Revolution」(85年)から事務所を移籍。この頃から表現が少しずつ洗練されていきます。

転機は、87年の「In The Precious Age」でした。LAに3ヶ月半も滞在し、マイケル・ランドウ、ダン・ハフ、ジョン・ピアス、ジョン・キーン、マイケル・ポーカロ、ジェフ・ポーカロら現地のミュージシャンたちと作り上げたこのアルバムには、これまでになかったポップ感がありました。

プロデューサーはマイク・クリンク。このアルバムがリリースされるわずか10日前にリリースされたばかりのガンズ・アンド・ローゼス「アペタイト・フォー・ディストラクション」を作り上げたプロデューサーですが、実質的にガンズがブレイクしたのは、88年のシングル「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」がきっかけでしたから、浜田麻里のアルバムに取り掛かった時、マイクにとって一瞬の静けさを取り戻したタイミングだったのかもしれません。

何が変わったのか。それはこのアルバムの1曲目「Voice Of Mind」を聴けば分かります。ダークでヘヴィなメタルサウンドとは真逆の開放感。ヘッドバンギングではなくステップを踏みたくなるようなダンサブルなリズム。これをLA録音だからだよ、なんて片付けてはいけません。ポイントはシンコペーションとバックビートです。

ベースとベードラがシンクロして強力にシンコペーションしたビートを作り出し、ウラのタイミングの空いたスペースにタメを効かせたスネアを叩き込む。その隙間をハイハットの16ビートが埋めています。これによってギターの低音弦の刻みが不可能になり、いわゆるメタル的なメソッドから外れた仕上がりになったのでしょう。この曲はLA側で用意されたもので、もともと英語の歌詞が乗っていたことからも、完成されたデモがあったことが想像されます。おそらくその原曲にすでにこういったノリがあったのだと思いますが、これまでにはない冒険した楽曲をアルバムの1曲目に持ってきたということは、仕上りにそれなりの満足感があったからではないかと思います(もちろん新境地のアピールもあるでしょう)。

この前作「Promise In The History」(86年)はなかなか難産だったと言います。その理由は分かりませんが、ここまでの経緯を見る限り、これまでのある意味”手クセ”的なメタルサウンドに満足できなくなっていたのではないかと思います。だからこそ、何か新しいものをと探っていたのでしょう。

もう1つ、浜田麻里を語るときに避けて通れないのがバラードです。もともとバラードにはこだわりを見せていた一面もあり、「Hearty My Song」(85年)、「Crime Of Love」(86年)などは、ヘヴィメタル的な方法論とは違う感覚がありました。このアルバムの最後には「Fall In Love」という、マイケル・ランドウのアコギのみで切々と歌われる英語のバラードが入っています。これはこれで新境地なのですが、注目すべきはこちらではありません。

重要なのは「Self-Love」という壮大なバラードで、いまでもファンからの人気が高い名曲です。楽曲自体はそれほど新しい感じはしないのですが、違うのはやはりリズムなのです。この曲の気分はどこにあったのか。しかし、このスタジオ・ヴァージョンでは分かりにくいのです。その本質が現れているのは、このアルバムの半年後にリリースされたシングル「FOREVER」(88年)のB面に収録されたライヴ・ヴァージョンです。

このヴァージョンではなんと7分にも渡って演奏されるのですが(シングルでは45回転のままでムリヤリ詰め込んだせいか、音量のレベルが低い・笑)、とにかく遅い! このドラムスのバックビート感がすごいんです。とにかく後ろへ後ろへ引っ張っていこうとする。そのせいか、曲が進むにつれテンポが遅くなっていく印象があります。ロックのライヴでは、スタジオ録音よりもテンポが速くなるというのはよくあることですが、遅くなるというのは珍しい。実はこれ、ソウル・ミュージックのスロウナンバーによくある現象なんですね。ここにも歌をどんな風に聴かせたいと思っているのかが見てとれます。

このバックビートというのはクセモノで、歯切れよくハネたいか、ひきずりたいかで随分印象が違うのです。日本人はバラードになるととにかくタメて歌いたいという傾向があります。これはやりすぎると演歌的になります。では、ここでの浜田麻里はどうだったのか。これが重要なポイントです。

その結論は、次のアルバム「Love Never Turns Against」(88年)からの先行シングル「Call My Luck」を聴くと分かります。この曲のリズムは完全に「Voice Of Mind」の延長線上にありますが、ビートは確実に軽くなっています。モータウンビートの変種といってもいいほどです(90年代の作品ではモータウンビートを取り入れています)。メタルなドンシャリサウンドのまま軽やかにハネたグルーヴを作り出す。このアイデアは、実は革命でした。

実は、音楽の指向性というのは、表面的なサウンドよりもリズムによって好みが左右されるものです。この頃の浜田麻里は、サウンドこそドンシャリなメタルサウンドですが、ヘヴィなリズムから離れたい気持ちがあったのではないでしょうか。ではどこに向かおうとしていたのか、それはAORです。

LA録音に参加したミュージシャンたちは、こういったサウンドの指向性を狙って揃えたものではないでしょう。しかし、その影響は非常に大きかったのだと思います。「Call My Luck」のB面には「Sailing On」というバラードが収録されているのですが、実はこれ、LA録音の常連メンバーに混じって、ディヴィッド・フォスターと、当時シカゴを脱退したピーター・セテラの後任だったジェイソン・シェフ(おそらくデイヴィッドが連れてきたものと思われる)が参加しているのです。

どうやらアルバムのレコーディングが大方終わった後に録音されたものらしく、そういった経緯からかアルバムにはCDのみのボーナス扱いで収録されているのですが、どうやらこのレコーディングは浜田自身が望んだもののようなのです。「In The Precious Age」から「Love Never Turns Against」の間、浜田はデイヴィッド・フォスターをいたく気に入っていたようで、このレコーディングは念願でした。この路線はよりポップ性を持ちながら拡大されていき、「Return To Myself」(89年)でそのスタイルは完成します。

ではなぜ、そういったメタルサウンドとAOR的な感性、ハネたビートの融合が革命的だったのか。それは、メタルサウンドが応用できるという可能性を示したからです。

90年代以降、J-POPのシーンにはメタル的なサウンドが当たり前のように入り込んできます。Every Little Thing、Day After TomorrowなどのAvex系のユニットにはメタル出身のバカテク・ギタリストがいましたし、90年代のB-ingはサウンドこそメタル的ではありませんでしたが、楽曲の構造はメタルの応用系でした。

この背景には、下火になったメタルシーンから、そこにいたプレイヤーたちが90年代Jポップシーンの裏方(バックバンド)へと転身していったという影響があり、そのインフルエンサーとして、89~91年頃の、ヒットを連発していた頃の浜田麻里の存在感があるのだと思います。

2000年代以降は、その方法論が再びメタルに還流し、ドンシャリ(バカテク)メタルサウンドなのに歌はポップというスタイルが出てきます。また、水樹奈々など、メタルサウンドとグルーヴするリズムというスタイルがアニソンを中心に増えていきます。これらすべての先駆けとなったのが、この87年の浜田麻里なのです。

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【収録曲】
A1. Voice of Minds
A2. Fire and Ice
A3. 999~One More Reason~
A4. Lovelace
A5. In the Precious Age

B1. Front Page
B2. My Trial
B3. Self-Love
B4. Saturation
B5. Fall in Love

Ain't No Angel(CD Bonus Track:再発盤に追加)

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