035-セシルの週末

035 真璃子「セシルの週末」(1989年)

作詞・作曲:松任谷由実 編曲:新川博

僕はカヴァー曲がオリジナルを超えることは滅多にないと思っています。普通は原曲と全く違うアレンジをしたり、全く違う個性の演者が違う解釈で演奏したり。原曲との違いを出すことで成立させることが多いと思うのですが、中には原曲に寄せているのにイイってものもあります。

「セシルの週末」はユーミンが80年にリリースしたアルバム「時のないホテル」の1曲目に収録されていた曲です。不良少女が愛する人を見つけ結婚することになり、変わっていく姿を歌った名曲です。蛇足ですが、同アルバムには「よそゆき顔で」という、これまた不良少女が結婚を機に変わっていこうとしてるんだけど、マリッジブルーというか、まだ少し未練がある様子を歌った名曲もあります。この2人の主人公は同一人物なのでしょうか?(たぶん違う)。

そんな不良少女の歌を、清純派ってわけじゃないけど、シュッとした正しさを身につけたような(性格まで知らんけど)真璃子が歌ったのは意外でした。もともと、アイドルなのか歌手なのか曖昧な立ち位置で活動していた人ですが、レコード会社をフォーライフからポニーキャニオンに移籍して以降は明らかにアーティスト志向にシフトはじめていて、ユーミンの書き下ろしではなく、あえてアルバム曲の、しかもアイドルが歌わないような不良っぽさや結婚というリアルを歌った曲を選ぶあたりに、アイドルのイメージを払拭しようという狙いが見えます。

しかし、これが原曲をなぞりながらも見事にブラッシュアップすることに成功した名演なんです。

アレンジは新川博。ハイファイセットのバックバンドを起点に活動を始め、ユーミンのバックも務めたキーボード奏者/アレンジャーです。中原めいこやカルロス・トシキ&オメガトライブのアレンジのほとんどを担当し、また、80年代半ば以降は、打ち込みを駆使したトラックを完パケで納品(あとはリードヴォーカルをダビングするだけ)するというアレンジ(レコーディング)手法の先駆者となりました。

新川のアレンジの特徴は、キラキラしたシンセとバシャバシャした打ち込みのドラムサウンド、そして、楽曲全体を非常に洗練され、バランス感覚に優れたコンテンポラリーなサウンドに仕上げることです。

しかし、ここでは生音中心の重心の低いサウンドで、この時期の新川にしては珍しいケースといえます。しかも、コピーといっていいほど原曲に忠実なアレンジで、イントロ、リードギターのフレーズ、ハイ・サウンドのハワード・グライムスを思わせるヘヴィなドラムスのグルーヴなど、ほぼ原曲そのまま。しかし、原曲のもっさりした質感は見事にブラッシュアップされ、しかも、原曲のもつ世界観を損なわないという、簡単なようで非常にレベルの高い仕事をしています。

実は新川は、ユーミンの、まさにこの曲が収録されている「時のないホテル」のツアーの時のバンドメンバーで、当時、この曲を何十回も演奏してきた人なのです。この起用は偶然のものかもしれませんが、B面に収録された新曲「虹色の花」を松任谷正隆が書いている(アレンジは新川の)ことからも、必然を感じてしまいます。

対して真璃子のヴォーカルは、もともと丁寧に発声する印象があった人ですが、ここでは少しぶっきらぼうに、語尾を投げっぱなしにしたように歌います。そう、ユーミンの唱法です。ここまで寄せてきたことには驚きましたが、もともとの声質が違いますから、それほど似ている感じでもありません。

少し悪ぶっているように見えても、実は性格の素直さが滲み出ている。真璃子の歌からはそんな表情が読み取れます。これは狙ったものではなく、真璃子の歌の元々の性質が、たまたまこの曲の主人公の心情と合致した、そんな偶然があったのではないかと思います。

この曲は2000年代に入ってからaikoもカヴァーしているのですが、こちらは歌詞の世界観とはほど遠い仕上がりだったと言わざるを得ません。時代が過ぎ、不良のイメージが変わったのかもしれません。

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