アンティークテーブル

【お話しカフェ高円寺】 掌編小説

高円寺に「お話しカフェ高円寺」という店があるのはご存じだろうか。

南口のパル商店街を少し外れたところにある古民家を改装した小さな喫茶店だ。店内は古民家にふさわしくアンティークのテーブルや椅子などが並び、棚の中にはティーカップや銀製のスプーンなどが雑然と置かれている。天井からはガラスシェードで飾られた小さなランプが釣り下がっているだけなので昼間でも少し薄暗い。ドライフラワー、革鞄、縫いぐるみ、古い看板、なかには小さな値札が付いている品もあり、銀のティーポットは1920年代イギリス製で28,000円とあるから販売もしているのだろう。店の奥に他とは明らかに違う大きなテーブルが据えられている。緑色の布張りの椅子が大人しく向き合っている。たぶん、ここが店名にもなっているお話しのスペースなのだろう。

さて、このカフェでは、どんなサービスがあるのだろうか。
ネットの書き込みを見ると、どうやら店主は丸眼鏡をかけた白髪まじりの中年男で、ただ、お客の話を聞くだけのようだ。お店でお茶をいっしょに飲みながら、頷いたり、それでと話を促したり、時折なんで?と尋ねる。特段、説教やアドバイスをするでもない。占いのような予言やご宣託もない。サービスらしいことは何もない。それにも関わらず、なんとなくホッとしたという程度から、すごく癒された、果ては、救われたとか人生が輝きはじめたとかのコメントまで寄せられている。

プライスは20分2,000円で特製ハーブティ付きというから、街によくある肩こりマッサージとあまり変わらないだろう。20分を超えると10分につき500円の追加料金がかかることになっている。だが実際は、客のほとんどは20分の中で一気にまとめて話をするらしい。追加料金を払いたくないということもあるだろうが、話したいことを事前に煮詰めてみると、案外20分以内に収まってしまうようだ。それはまたお店にとってもいい結果をもたらしている。結論はあらかじめお客の方が持ってきているからだ。

お客は時間になると、一様にスッキリとした顔で帰っていく。話し足りなかった人は、また来たいと言い、満足した人はもっと他のお話もしたいと言う。2,000円は安い。リピーターになっていく。お店の雰囲気もハーブティもいい。ロゴ入りトートバックやカップもかわいいので友達にも写真を撮って教えたくなる。

話したいことならSNSでも良いのだろうが、わざわざ電車を乗り継いで高円寺までやってくるのは、「SNSでは『本当の本当のこと』は言えないから。人にどう見られるかはやっぱり気になる。認めてもらいたい気持ちもあるから少しは共感が得られるようなことを発信してみたりする。いいね!は多いほうが安心する。でも満たされない。ぼんやりとした不安は堆積していくばかり。ちゃんと人と話したい、向き合って話を聞いてもらいたい。その気持にお応えしたのが『お話しカフェ高円寺』」だとホームページには書いてあった。

なるほど、そういうことか。ほとんどのことがネット上で事足りてしまう時代だからこその商売というわけだ。誰か人と向き合って話したいというのは、人間の本能なのかも知れない。

(その後)

いまではすっかり人気店になった「お話しカフェ高円寺」。
ふらりと来て店主がいれば誰でもお話ができる、確実にお話をしたいのであれば予約をした方がいいよということで始めたが、その予約は数か月先まで埋まっている状態だ。OZ MAGAZINEに取り上げられてからはなおさらのようだ。

店主は困った。稼ぐつもりで始めたわけではないので、申し訳ない気持ちにさえなった。もっとお話を聞くにはどうしたらいいのか、お話を聞く人を増やそうか、もう一つお店をつくろうか・・・。

支店を出すことになった。新しいお店の店長(話し相手)は、常連客の中からこれはという人が据えられた。わたしもお話カフェをやりたいと手を挙げる人は少なくないので、この時代でも人手は困らないそうだ。その人達に少しだけ話の聞き方のコツなんかを教えてからお店を任せるのだ。そのうち中央線の吉祥寺までの各駅に「お話しカフェ」は並ぶことになった。いまは国分寺あたりまでニーズがあるようで足しげく不動産屋を回り物件を探しているという。

店主はこの6月に「お話しカフェ高円寺」の看板の端に「本店」と書き加えた。「お話しカフェ」はチェーン展開になり、店主は社長と呼ばれるようになっていた。またお話の聞き方のコツは各店の店長がブラッシュアップして「お話しカフェマニュアル」となり、広めてくれたおかげでネットで話題となり、いつしか「お話カフェの傾聴力セミナー」として独り歩きを始めた。店主はたまに呼ばれるセミナーの講師もやることになった。

しかし、趣味で始めたようなアンティーク雑貨の喫茶店だっただけに、店主も相当疲れてきた。

今でもたまに本店に顔を出すらしいが、その時は自分のお話をこっそり聞いてもらうためだということだ。これは店主から聞いたから、ネットには書いてない話だ。


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