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夢語りシリーズ 2

【トイレのなかには】

そこはリゾート地に建つ高級ホテルだった。フロントでチェックインを簡単に済ませると、ポーターと一緒にエレベーターで上の階に昇った。エレベーターの扉が開くと、手足の深いベージュ入りのカーペットが引き詰められた長い廊下が見渡せた。廊下の左右には部屋が並び、木調のドアが同じ顔つきで並んでいる。

ポーターは私のボストンバックを持ち先に進むが、あまりに薄暗いので、時折その姿を見失いそうになる。廊下に漂う白檀ような香りに満たされながらポーターの後姿を追いかけていく。

一番奥の部屋の前でポーターは立ち止まり、「こちらのお部屋になります」と、無表情に言うとドアを開け、中に案内をしてくれた。

部屋に入ると想像をしていたような、窓からはパーンと海を眺められるような開放的な明るさはなく、廊下と繋がっているかのような暗さ。スタンドランプが点いているので、白い壁と什器は薄いオレンジの乳白色に染まっていた。大きなベットが部屋の窓側に据えられ、レースのカーテンが風でかすかに揺れている。右手の奥にバスルームがあるようだ。そこだけは妙にはっきりとしている。

ポーターの方に振り向くと彼はもうそこにはいなかった。いつの間にいなくなったのだろうか。ドアは音もなく閉まっていて、その横に荷物だけが忘れ物のように置かれていた。

独り部屋に取り残され、改めて部屋の中を点検するように見渡すと、やはりバスルームが気になる。引き寄せられるようにして、私はバスルームの方に向かい、そっとドアに手をかけ開けてみると、ひんやりとした空気が一瞬吹き抜けた。そこはバスルームではなくトイレ部屋だった。蛍光灯の青白い光線に照らし出された部屋の中に、ホテルのロビーにあるような清潔なトイレの個室が右手に3つ並んでいた。いずれもドアは重厚な木目調で、ドアは半開きになっていた。

どの個室に入ってもいいのだろうか。私は手前二つを横目で見ながら、一番奥の個室の前に立った。半開きのドアから中は見えない。

ドア扉を指でそっと押してみる。ドアは何かに当たったかのように反動をつけて、ふっと戻ってきて元の位置で止まった。今度はドアを押し広げるくらいの力で押してみた。すると今度は入れた力の分だけ早く戻ってきて、ドアはパタッと閉まった。

気になる。中が見たい。
ドアノブに手をかけ、私は中に押し入るつもりで思い切りドアを開けようとしたが、重くて開かない。内側から私が込めた力と同じ圧力で押し返された。それならば、今度は両手でドアノブをつかみ、さらに体重をかけてドアを全身で押した。しかし、ドアはさらに抵抗して、閉まりかけては開き、また閉まりかけてはの押し問答を繰り返して、私は汗が吹き出てきた、瞬間、力が抜けた。

ドアが一瞬、勢いよく開いたかと思うと、その反動でドアは戻ってきて、そのまま大きな音を立て閉まった。

静まり返ったトイレ部屋の中、私は荒くなった呼吸を整えながら、じっとドアノブを見つめていた。すると、「空き」の青いマークが、カチャッ音をたて「使用中」の赤いマークに変わった。

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