見出し画像

90年代の音楽を知らないアナタへ その16 BUTTERFLY(97)/MARIAH CAREY 身も心も女になったマライアの最高傑作

5曲目は個人的に大好きな「FOURTH OF JULY」。ここまでマライア自身の声を駆使して音色をなぞるように奏でて魅せた歌はないと思う。当時ほんとうに衝撃を受けた。マライアの魅力はまさにこういう曲が歌える(作られる)ことだと実感。歌詞はストーリー仕立てで、情景描写が秀逸。彼女のソングライターとしての才能がそれまで以上に発揮された印象深い曲。

6曲目は私を含めファンが大好きな、題して「鬱ソング」こと「BREAKDOWN」。ヒップホップ・グループのボーン・サグス・ン・ハーモニーをフィーチャリングに迎えてめいっぱい暗い内容を歌っている。ポジティブオーラ全開だったそれまでのイメージを覆し、「人間」マライアを露骨に表現してみせた衝撃的な内容。離婚問題もあり、スターとしての孤独なプライベート問題もあり、さまざまなことが起きていた時期。陽気に振る舞おうと努力してるけど、ひとりになると泣き崩れることもある。この歌が持つ共感性やソリチュードの精神はポジティブな歌とは違った負のパワーで漲り、根強いファンを作る切っ掛けになったと思う。

7曲目「BABYDOLL」はミッシーエリオットとの共作。マライアのオファーで実現した1曲。ミッシーとのやり取りはユーモアに「溢れて面白いけど、アイデアが奇抜すぎて、それを自分なりの形に落とし込むことが実は大変だったと、後にマライア本人が語ってる。なんか想像つくわ。ミッシーらしいねちっこく、どぎついエロさのある内容だけどマライアのキュートなボーカルでなんとかドロドロにならなくて済んでるラブソング。ある意味女性らしく、マライアのこれまでになかった1面を語るにはぴったりな曲になってると思う。ティンバ系の捻れたリズム健在。

8曲目はアルバム中重要な1曲であり、マライア本人もことあるごとに「BEST OF WORK」にあげている「CLOSE MY EYEYS」。アフリカン・アメリカンと、イタリア系アメリカンの血を引くマライアはその混血故に幼い頃に感じた「疎外感」といまだに折り合いが付けられずにいる。強く生きていくことを人生では学んだが、ふとした時にあの頃の寂しさや悲しさがリアルに蘇ってくる。そんな恐怖におびえる人間的な1面を曝け出した曲。ファンが世界中に多いのはこういった曲にみなが共感しているからであることを裏付ける曲。ファンにとっても重要な1曲になっている。9曲目「WHENEVER YOU CALL」は個人的にあまりハマってない曲なのでほぼスルーで(笑。10曲目は「FLY AWAY(BUTTERFLY REPRISE)」で、アルバムタイトル「バタフライ」をコンセプトにしたリプライズでひと息。11曲目はプリンス御大の「BEAUTIFUL ONES」の美カバー。DRU HILLをフィーチャーしたこちらもクールでダウナーな仕上がり。比較的忠実にカバーはしているけど、男女の差というよりはマライアのアドリブが効いているアレンジで名カバーだと思う。

そして最後が「OUTSIDE」。これ正直いって名曲。歌詞全部を掲載した方が解説するよりも伝わるんじゃないかっていうほど。8曲目の「CLOSE MY EYES」とリンクする、マライアの「心の傷」である生い立ちからの内向的メッセージをあえて心にそのまま向き合いった抽象的な言葉で歌詞にしている。幼い自分から心に消えないモヤモヤがあり、いつも「疎外感」を感じていた。歌い出しが日記のようで「IT'S HARD TO EXPLAIN,INHERENTLY,IT'S ALWAYS BEEN STRANGE(説明しにくいけど、生まれつき、なんとなくずっと変だった)」ていう。このアルバムで言いたかった、見せなきゃいけなかった「素」のマライアを感じ取れる素直な歌詞。「YOU'LL ALWAYS BE SOMEWHERE ON THE "OUTSIDE"」という諦めたようなオチが切なすぎる。

「デイドリーム」の成功で世界の音楽業界を征したマライアがこのアルバムで言わなければいけなかったことは、「一人の女であり、人間なんだ」ということ。お金や名声は活力にはなるけど、結局心持ちが幸せでなければ、それは人間として豊かじゃないってこと。傷つきもするし、女として男を深く愛することもする。ひとたびプライベートに戻ればみんなと一緒。マライアの場合は幼少期に感じた疎外感やいじめの傷があり、それがいまだに棘として心に刺さっているから、幸せを心から感じることが難しい場合もある。「バタフライ」は内容の暗さから「デイドリーム」よりも売れなかったが、マライア自身は出来に満足しているようだし、素晴らしい仕事だったと後に語っている。人々の琴線に触れるアルバムを作れたというのは、アーティストとしてどれだけ誇らしいだろうと想像してみる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?