20160121_校了表紙

「深圳の未来とメイカー運動」 メイカーズのエコシステム から3年

「メイカーズのエコシステム」3年経ってまだ売れてるのありがたい。この本が書かれたのは、藤岡淳一さんと僕がニコ技深圳コミュニティ(スタート当初はニコ技深圳観察会)を立ち上げて1年経った頃、まだこのインターネットプラス研究所や澤田翔さんが参加してくる前のことだ。

シリコンバレーからハードウェアスタートアップが集まってくる生態系や、深圳の影響で日本で起きたイノベーション等の詳述は今も類書がない。
山形浩生さんが解説で書いてくれた中の一部「深圳の未来とメイカー運動」は、その後の深圳を見事に予見している。
(以下の引用は、「4 イノベーションの条件」の一部を含みます)

本書の深圳ツアーでも、一、二年のうちに量産重視だった基板会社が少量多品種生産型に変わっていたりする例が見られた。それぞれの企業は、自動化されたプロセスと人手を使った人海戦術の、必ずしも合理的には思えない組み合わせで生産を行っている場合も多い。が、それが一方ではプロセスの柔軟性をもたらしているようだ。
 こうした仕組みが、さまざまな組み合わせを生み出す。時には冗談としか思えない奇妙なコピーもどき携帯電話、いわゆる山寨電話がその好例だ。その大半はどうしようもないものだが、たまたま成功したものは急激に改良されて先鋭化する。似たような中身を使いつつも、企業ごとのちょっとした差、わずかなノウハウの差が、そうした製品の改良を生み出し、その改良が
受け入れられれば急激に普及する。そして、そうした仕組みがあるからこそ何か別のアイデアーたとえば本書に登場するアクセラレータなどからのアイデアーにもすぐに対応できる。
それが深圳のイノベーション環境とも言えるものにつながっているようだ。
 そして、いまのところそうした活動にはかなりの自由度がある。何かをするのに、いちいちお許しを得る必要はない。思いつきで何でもできる。そうした自由が、必ずしもよいかどうかはわからない。知的財産権無視、安全性無視、労働環境無視、といった面はあり、それは決してほめられたものではない(と一応口では言っておく)。でも、それが活力の源となっているの
もまちがいない。コピー版の電動一輪車やホバーボードも、各種のまねっこドローンも、一年で見ちがえるほどの進歩をとげ、オリジナルを超えたと思えるものさえ出てくる。本書で多くの人々が感激しているのも、そうした融通無碍な自由さだったりするのだ。

5 深圳の未来とメイカー運動

 こうした状況がいつまで続くかはわからない。いまの深圳の状況は、ひょっとしたら過渡的なもので時代のあだ花なのかもしれない。いまのおもしろい状況は、たまたま中国が低賃金量産拠点を卒業して中進国の罠にはまりつつある中で、これまでの量産サポート産業が遊休化し、そうした中小企業が必死で活路を探しているために生まれただけという可能性はある。経済産
業の環境が少し変わるだけで、それらの条件は一掃されてしまうかもしれない。
 また、国が政策的にメイカーズ運動を後押ししようとしはじめたのが、裏目に出る可能性もある。これまでも、中国の産業政策はだいたい失敗している。当初の外資誘致は成功したが、具体的な国内産業振興策である携帯電話やLED産業は、いずれも予定したような成功はおさめていない。補助金をつけると、補助金目当ての低技能企業が乱立して終わりだ。国の肝いりメイカーズ運動も、類似の結果となる可能性はある。
 そもそもメイカーズ運動も、今後どうなるかははっきりしない。最近のメディアの扱いを見ると、当初はファブラボなどがしきりに喧伝され、アルドゥイーノなどのマイクロコントローラによるフィジカルコンピューティングが大きくクローズアップされた。でもそこから近年では急に話がIoTに移行し、まだ大したアプリケーションもない段階でその産業的な可能性ばかりが大風呂敷的に取りざたされるようになっている。その背景のメイカーズ的な活動は、少なくとも一般メディアでほとんど無視されている印象さえある。そして実際に出てきているアプリケーションは、深圳ツアー参加者であるSF作家&メイカー・野尻抱介氏が嘆いていたように、なんでもセンサーつけてデータをクラウドにあげればIoTって安易すぎないか、という状況だ。いずれそうした状況に対する失望が生じ、メイカーズ運動もその余波をくらうことになるかもしれない。
 しかしそれでも、いまの深圳が非常に希有な環境を作り出していることは否定できない。そしてそれがシリコンバレーの資金や起業育成の仕組みと組み合わさることで、他のところには見られない広がりが生まれつつある。しばらくはーたぶん最低でもあと五年はーこのおもしろい環境は続くはずだ。

 そしてその環境は、逆に他の地域のメイカーたちにも刺激を与えているのが本書からはうかがえる。それは別に、深圳と同じことをやろうとするという意味ではない。たとえばシンガポールには、シンガポールなりの焦点がある。でも一方で、他の国、たとえば日本のメイカーが深圳の仕組みを活用するのも、現在では決して難しいことではない。そうした環境があると知る
だけで、メイカーとしての活動の可能性は大きく広がる。たぶん本書の最大のメッセージは、その可能性の広がりなのだ。


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