もの語り「日本創生」〜縄文時代②

素人目にだって、比べて見れば土器の形や文様の違いなんて難なく見分けられる、ただしその「系統的類別」となると、その分別には相当な訓練を要するみたいだ。

以前と言うか昔と言うか若い頃、「葉っぱの違いで知る樹木の名前」とか言うガイドブックを手にしたことがある、葉の付き方が対性か互性か、葉脈の数や流れ方はどうか、葉っぱの縁がギザギザか否か、などなど、順を追ってチェックしていくと観察対象の樹木の名称の候補が次第に絞られていくという、そんな優れものだった、どうだろうか、同じ様にして「君にもできる縄文土器型式検索ガイド」なんてのが、やっぱ、無いよね。

さて、旧石器時代に石器編年があったように、縄文時代にもそれはある、「土器編年」である。やはり縄文土器にも時期により、また地域によって特徴的な違いがあり、そこからは一つの類型を見出すことができるという、そしてこの違いを「型式」として分類、さらに年代的、地域的にそれらを配列して全体的に組み上げたものが土器編年であり、この土器編年区分によれば、縄文時代は大きく6期に分けられるという。

①草創期( 約1万6000年前〜4000年間)-- この時期の最初は、ほとんど文様のない土器のカケラが、東北ー関東ー九州それぞれの地で終末期の旧石器と共に出土してくる、その後草創期中頃には、隆起線文という帯のような文様の土器群が日本列島における主役となって定着する。

②早期( 約1万2000年前〜5000年間)--この時期の前半には、列島各地に根付いた土器文化は地域色を出しながら大雑把な分布圏を形成、すなわち押型文系土器群は東北ー西日本に、縄文・撚糸文系土器群は関東甲信越に、貝殻文系土器群は九州に圏域を広げる。その後、次第に関東甲信越を中域にして、貝殻文沈線文様系土器群が東日本を、押型文系土器群が西日本を包み込むかのようにその圏域を広げ、東西の土器文化圏が形成される。

早期後半には、条痕文系土器群が土器編年の変革期を起こす、それは貝殻の縁で土器面を引きづるという施文方法と、胎土に繊維を混ぜ込むという手法を特徴とする土器群であり、九州を除くほぼ列島全域を分布圏と成したものである。

③前期( 約7000年前〜1500年前)--この時期の縄文土器には、形や文様の多様化が起こり、日本列島各地で地域色豊かな土器群が花開く。

④中期( 約5500年前〜700年間)--この時期には、関東甲信越を中心とした地域で、あの偉大な芸術家をして「何じゃコリャ!」と言わしめた土器が誕生、それは極めて隆起性に富んだ装飾文様でもって「豊満は善なり」と言わんばかりに、これでもかと埋め尽くされ土器の出現である。

⑤後期(約4800年前〜1500年間)--この時期は、縄文中期という一つの、偉大なバブル期の後に位置する時代であり、東日本の土器群は精巧な文様を発達させ、流動・躍動をその均整の内に閉じる傾向へ、西日本のそれは無文様化の傾向へと、その進行を強めていく。

⑥晩期( 約3300年前〜300年間)--縄文時代最期を色どる日本列島6地域の晩期土器群の代表型とは、すなわち北海道土器群の幣舞型、東北土器群の亀ヶ岡型、関東甲信越土器群の安行型、西日本土器群の磨研型、九州土器群の黒色磨研型、そして沖縄土器群の、ん?その型名とは?しょーがない俺の命名だよ、じきに総合力に溢れた学徒の現れの日を念じて、「港川ウチナー型」かな?

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

タカッチ

もの語り「日本創生」

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。