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Book Review: The Art of the Deal (ドナルド・トランプ自伝)

 2016年に最も衝撃を受けた出来事は、天皇の「生前退位したい」お気持ち報道でもボブディランのノーベル賞受賞でもピコ太郎のPPAP大流行でもなく、アメリカ大統領選挙でした。ドナルド・トランプ。ポスト・トゥルースの時代を象徴するアメリカの不動産王は、その抜群の宣伝力で、オバマ政権下の経済停滞にうんざりしたビジネス界と、虐げられたアメリカ人を自認する低所得白人層を中心に支持を集め第45代大統領に就任したのでした。その彼が今年、令和最初の国賓としてやってきますね。何やら縁の深いような浅いような、日本国民としては不思議な距離感を感じつつ、興味を持ってみております。
 かなり前ですが、トランプは1987年に自伝を出しています。その名もThe Art of the Deal。直訳すれば「取引の芸術」。とても興味深い読み物だったのでシェアしたいと思います。特に以下のモチベーションがある人におすすめです。

・ 米国大統領の人となりに興味あり
・ 起業、あるいは新規事業を考えている
・ 英語の勉強をしたい、特にReadingを強化したい

 それぞれ説明していきたいと思います。

1. 米国大統領のひととなりに興味あり

  自伝を読む時のモチベーションはまず、その人の歩んできた人生を知りたい、だと思いますが、トランプの自伝はその要望にきちんと答えています。自分の生まれ、幼少期の原体験、青春時代、ビジネスマンとしての失敗そして成功と、彼の半生のハイライトシーンを、まるで王道少年漫画のように、誰にでも分かりやすく楽しめる展開で描かれています。
 自分がもっとも印象に残ったのは親子関係でした。父親は低所得者向けの住宅建設・販売で財を成した不動産会社の社長で、彼の仕事に対する姿勢は基本的にこの父から引き継がれています。高校卒業と同時に働き始め、腕一本で叩き上げた「アメリカ的な」成功者で、トランプは10代のころから父親について周り、業者との交渉から建設現場の監督まで父の背中を見て学んだようです。
 一方、選挙以来ずっと彼が注目される理由になっている、あの派手な発言や政策はお母様譲りのようです。

 母はドラマチックで壮大なことが好きだった。ごく平凡な主婦だったが、自分を超えた大きな世界観も持っていた。エリザベス女王の戴冠式の時、スコットランド人である母はそれを見るためにテレビの前に釘付けになり、一日中動かなかったことをおぼえている。

 二親から受け継いだ能力を十全に発揮して、彼は今のポジションまで上り詰めたのだということがわかりました。その他にも兄弟との関係や、仕事を通じて形作られていく人生観など、読み応えのある内容になっています。

2. 起業あるいは新規事業を考えている

  アメリカ有数の不動産王であるトランプは、もちろんビジネスマンとして優秀。彼のビジネスロジックはとてもシンプルで、いいものを安く買い、その魅力を最大化して高く売るというもの。例えばかの有名なトランプタワーは、Tiffanyの本店の隣、ニューヨーク5番街の超一等地に建っているのですが、彼はその土地に目を付けてから3年間も待ち続け、当時の所有企業の経営が厳しくなるやいなや、すぐさま交渉に出て市場価格の数分の1で買い納めたのでした。その上は皆さんご存知の通り、あのギラギラで露悪的な、でもほのかに美の香りする、現代最高峰の商業施設兼マンション兼トランプのオフィスであるトランプタワー。彼がこの建物から得た利益は5千万ドル(現在の価値に換算すると15億ドル)です。ちょっと意味がわからない金額ですね…
 その他にも「優秀なヤツとだけ組め」とか、「リスクヘッジは重要」とか、当たり前のことばかり書いてあるのですが、彼の強みはそれを徹底して実践していることなのではないでしょうか。ちょっと大げさな例えではありますが、孫子の兵法のように(※2)、実践から引き出された理論を語るようなリアリティがありました。

3. 英語の勉強をしたい、特にReadingを強化したい

 ドナルドトランプのもう一つの強みは「誰にでも分かるように喋れること」

一時期話題になったトランプ v.s. オバマのツイート比較

 だから自伝もすごいわかりやすくて、日本の高校英語にちょっと毛が生えたくらいのレベルです。英語の長文を読んでみたい方にはオススメです。僕も過去、ハリーポッターを読もうとして挫折したことがありますが、これはスイスイ読めました。時おり不動産の専門用語が出てきますが、Kindle使うとさっと辞書で調べながら読めるのでさらによいでしょう

 ちなみに、トランプがとにかく嫌いだ、という方にはあまりオススメできません。理由は多分もっと嫌いになるから(笑)自伝の中で彼が自分の非を認めることはほぼないです。Wallman Linkというニューヨークのアイススケート場を改修したプロジェクトでは、下請け会社に利益なしで仕事をさせた上で、メディアに対して全くその貢献をアピールしてくれなかった(と、下請け側は語っている)ようです。他にも、自分の嫌いなタイプの人間は徹底的に叩くし、失敗したプロジェクトは全て他人が悪かったかのように語ったり、良くも悪くもトランプワールド全開です。

 今年はイギリスのEU正式離脱が予定されていて、世界情勢が大きく変わりそうですが、”Make America Great Again” の標語のもと、トランプがどう活躍(?)するのか、とても楽しみですね。

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※1 彼があれほどパフォーマンスに熱を入れるのは、どこかに母親を喜ばせたいという気持ちがあるのではないではないか、と自分は思います。父親は逆にこういう派手なことは嫌いだったようで、その夫婦生活の中で満たされなかったであろう母の思いを、自分が代わりに実現しているというような。

※2 孫子のリアリズムについては、岩波文庫の「孫子」の訳者、中村元が下記のような考察をしています。
- (孫子の)現実に対する微細な観察とそれから出発して踏みはずすことのない徹底した現実主義的な立論とは、やはり特筆すべきことである。行軍・地形・九地などので戦場の様相を区別してそれぞれに応じた処置を説き、あるいは「衆樹の動く者は〔敵の〕来たるなり、 鳥の 起つ者は伏〔兵〕なり、 塵 高くして鋭き者は〔戦〕車の来たるなり、」(行軍 六)などと敵情観察の法を説くことばなどは、実体験の深さをそのままに示すものである

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