伝説の編集者による「ベストセラー十か条」

 神吉晴夫という人物をご存知でしょうか。

 光文社の二代目の社長であり、かんき出版の創設者。「カッパブックス」という戦後の出版の歴史にのこるシリーズを立ち上げ、ベストセラーを連発した伝説の編集者です。

 神吉氏が手がけた『英語に強くなる本』は140万部超、『頭の体操 第1集』は260万部超。作家の松本清張を発掘し、代表作『点と線』は100万部超。小松左京の『日本沈没』は上下合わせて400万部超、とクラクラするような部数を連発しています。(もちろん全体的に本が売れていた時代なので単純に比較はできないけれど、それでもすごい数字です……。)

 さて、そんな神吉氏が昭和30年に「日経広告手帳」という雑誌に寄稿した「ベストセラーの作法十か条」なるものがあります。今日はそれを紹介しようかなと思います。いま見ても古びていないので、コンテンツづくりやマーケティングに少なからず参考になるのではないでしょうか。

①コア読者は20歳前後
 読者層の核心を、二十歳前後に置く。二十歳を中心にして、上は二十五、六歳から下は十五、六歳までをねらう。
②読者の心理、感情に訴えるもの
 読者の心理や感情のどういう面を刺激するか。その刺激の性質によって、大ヒットする可能性もあれば、どう宣伝してみたところで、中、小ぐらいのヒットで我慢しなければならぬというものもある。つまりテーマ(題材)の問題である。
③時宜を得たテーマ
 テーマが時宜を得ているということ。読者の心理は、一種の流行を追うようなもので、去年大いに歓迎されたからといって、今年も、夢よもう一度と願ったところで、そうは問屋がおろさない。
④はっきりしたテーマ
 作品のテーマが、はっきりしていること。なんとなく良い作品、つまり問題性のすくない作品は、宣伝の演出がしにくい。ピタッと来るキャッチ・フレーズが見つけにくいからだ。
⑤新鮮さがあること
 作品が新鮮であること。テーマはもちろん、文体、造本にいたるまで、「この世で、はじめてお目にかかった」という新鮮な驚きや感動を読者に与えるものでなくてはならない。
⑥文章が読者の言葉であること
 文章が「読者の言葉」であること。つまり、二十歳を中心にした読者層が、日常使う言葉で話しかけること。書かれている内容について、予備知識がなくても、読んでみたいという気さえあれば、すらすら分かるものでなければならない。
⑦モラルがあること
 芸術よりも、モラルが大切であること。ベストセラー読者は、小説を読んでいる時でさえ、文学を鑑賞するというよりも、むしろ、そこから実生活の生活信条を引き出そうとする。登場人物の生き方を自分自身の生活に引き比べて、いろいろと考え巡らすものだ。
 その意味で、「生きる」ということを根底に持ったものであることが必要だ。どんな思想の持主にも共通した、この問題を狙っていくことだ。二度とないこの人生を、もっと幸福に生きるためには、どうしたらよいか。それを具体的に追求して行く。
⑧正義があること
 ベストセラー読者は、正義を好むということ。世の中のあらゆることが、不釣り合いであればあるほど、読者は不義を憎み、不正を正そうとする。そういう読者の心からの願いを代弁してくれる作品は歓迎される。
⑨著者と読者が同等であること
 著者は、読者より一段高い人間ではないということ。専門家が、専門の知識について書く場合は別である。しかし、人生問題を語る場合は、著者と読者の間に、人間としての上下はないはずだ。
 著者はすでに読者の胸の中にモヤモヤと存在している「あるもの」を意識して、作品の中に「形づくる」のだ。企画者と著者と読者の三者が、作品を通じて共感共鳴する――という私の主張は、ここから出てくる。
⑩編集者がプロデューサーであること
 ベストセラーの出版に当たっては、編集者はあくまでもプロデューサー(企画、制作者)の立場に立たなければいけない。「先生」の原稿を押し頂いてくるだけではダメである。編集者が分からない原稿は、分かるまで、何度も書き直してもらうこと。<中略>(編集者が)読者の一人として感動した作品でなければ、どんなに巧妙に宣伝したところで、読者を感動させることはできない。

 どうでしょうか。時代も違えばメディア環境も違うので、この通りに受け止めてはいけないとは思うけれど、本質の部分は変わるものではないでしょう。「いま神吉さんが生きていたらどう考えるかな」と思考を巡らすのもおもしろいです。

根底に流れる「読者至上主義」

 神吉氏の哲学の根底にあるのが「読者至上主義」です。とにかく読者が喜ぶもの、感動するものを提供しようという信念があるのです。

 カッパブックスを立ち上げた当時、出版界は「先生から玉稿を賜る」といった時代でした。つまり、先生から原稿をありがたくいただいたら、大きく書きなおさせたり、ましてや編集者が書き直すようなことはご法度だった。神吉氏も何度も「失礼だ!」「邪道だ!」と叱られたと言います。それでも氏は怯みませんでした。

「編集者がわからないものは読者もわからないはずだ」「編集者が感動しないものが読者が感動するわけがない」と。とにかく「読者のため」を追求したことがこれだけのベストセラーを生み出すに至ったのでしょう。

 ちなみにこの神吉氏に傾倒しているのが『嫌われる勇気』や『君たちはどう生きるか』の編集で知られる柿内さん。……納得です。柿内さんは編集者になりたてのころ神吉氏の存在を知り、以来「師匠」と仰いでいるのだそう。たしかに柿内さんの手がける本は、若い人にも届き、生きることをテーマとしていて、多くの人の心に届き、感動させるものばかりです。

 読者(ユーザー、生活者)目線でモノを考える。本当に感動するものを届ける。あたりまえだけど忘れがちなことを、上記の十か条を読み返しながら、胸に刻んでおきたいと思うのでした。

 ……仕事に戻ります。

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コメント2件

編集者がプロデューサーである必要性は増したのではないでしょうか。今や「この編集者の本を買う」という買い方が出て来ていますよね。ぼくは竹村さんの本は必ずチェックしていますよ!笑
ありがとうございます!そうですよね、やるべきことはどんどん増えてる気がします笑
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